第30話 2つの質問

 姫香にプロフェッサーの介抱をお願いすると、僕はバステトと向き合った。

 試練を乗り越えた僕たちを見て、バステトはひどく上機嫌のようだった。


「面白いのです! 特にそこの男、内包にゃいほうしている紙片カードの量が他の人間とは比べ物ににゃらにゃいほど多いのです」


 バステトは興味深そうにこちらをジロジロと見てくる。


「素晴らしいのです! 人間! にゃんでも質問に答えてやるのです!」


 なんでも質問に答えてくれるというのなら、疑問は沢山あった。

 カードとは何か。ダンジョンとは何か。神とは何か。

 神は何の目的があって、僕たちに試練と祝福を与えているのか。


 しかし、僕がこの場で聞くべき質問はたった1つだ。

 すなわち、上杉スチルの病を治す方法はあるのか、だ。


 ――たった1つだったはずなのに。


 気付けば、僕は2つの質問を口に出してしまっていた。


「1つ、僕の妹、上杉スチルが魔力欠乏の病にかかっています。2つ、そこにいる松本まつもと呪蜘蛛しゅくもが呪いのユニークカードを外せなくて生活に支障をきたしています。この2人を治療する方法を教えて欲しいです」


 シュクモが驚いたようにこちらを見た。

 僕だって驚いているのだ。なんだか色々な人の影響を受けて、徐々に自分の中の優先順位がズレつつある気がする。


「んー? そんにゃことで良いのですか? まず、そこにいる青髪の少女のユニークカードの件ですが、普通に使わにゃければ良いのです」

「普通に使わない? ユニークカードは外せないのでは?」


 バステトは「え? 人間まだそこ?」と呟いた。


「人間、お前だってステータスカードで攻撃力が上がって超常の筋力を得ているはずにゃのに、普通に歩いて普通に物を掴めているのです。それはつまり、魔力を流さにゃいことでパッシブスキルの出力を抑えることが出来ているのです。そうですね?」

「それは……そうかもしれませんけど……」


 言うは易く行うは難し、だ。

 身体を循環している魔力量を調整することで肉体のステータスを調整することは出来るが、完全にオフに出来る訳ではない。ましてや、特定のパッシブスキルのみに流す魔力を0にするなど、人間技ではない。

 僕の考えを悟ったように、バステトはさらに説明をする。


「それはただの思い込みにゃのです。紙片カードとは、人間が最も扱いやすい形でわらわたちが与えた祝福にゃのです」


 ここまで言うからには、出来るのだろう。

 デッキ内の特定のパッシブスキルに対する魔力操作。

 訓練は必要かもしれないが、シュクモの呪いは解けるのだ。


「治るのですか? わたくしめは……」


 シュクモは震えた声で呟くと、目から少しばかりの涙が零れ落ちた。

 そのまま僕に抱きつくと、僕の胸に顔を埋めてスンスンと泣き出した。

 シュクモの青い髪を優しく撫でながら、心底良かったと僕は思った。これであの同棲生活も終わると思うと少し寂しいが、出会いがあればいつか別れの日も来るものだ。


「それと、お前の妹のほうもわらわが直接診てやるのです。今度連れてけにゃのです」

「ええ、是非……え? 今度?」


 僕が戸惑っていると、バステトがポンッと小さい黒猫の姿に変化した。

 そのままスルスルと僕の身体を登り、肩に乗っかると頬にすり寄ってくる。


「お前のようにゃ逸材が他の連中に取られたら癪にゃのです。しばらくわらわが面倒見てやるのです」

「まあ、僕はスチルを診てくれるなら構わないですけど。テトちゃんのエサ用にキャットフードを帰りに買いますね」

「お前マジで不敬にゃのです!」


 猫じゃらしも買っておこうかな。

 それにしても他の連中、ね。暗に神様が複数いることが判明したのが不安だが、まあ会うことはないだろう。


「それにしても、神の試練を乗り越えたというのに、謙虚にゃヤツにゃのです。もうちょっとわらわに何かして欲しいことはにゃいのですか? 10年前に■■■ドが叶えたように、日本中のモンスターを強くしてやる程度にゃら、わらわが叶えてやってもよいのですよ?」

「いやあ、僕はそういうのは遠慮しときま…………は?」


 10年前に日本中のモンスターを強くするという願いを叶えた?

 僕が混乱しているところに、プロフェッサーの補足が入る。


「事実である。10年前、若干15歳だった少女が東京マザータワーを制覇した際、空を仰ぎ見て、マザータワークリア階層のリセットとモンスターの強化を願ったことは記録に残っているのである」


 姫香に回復を施されたプロフェッサーが、いつの間にか起き上がっていた。


「結果、攻略済みだったマザータワーは蘇り、マザータワー周囲のダンジョンは活性化し、強化されたモンスターに対して我々は後手を取り、モンスターがダンジョンの外に溢れた。日本中で同時多発した未曾有の大規模ダンジョン災害である」


 姫香とシュクモが静かに息を呑む。


 10年前の災害がフラッシュバックする。

 燃え盛る街。モンスターが我が物顔で闊歩し、人々を襲っていく。

 僕とスチルの目の前でその生命を散らした両親。


 ――あの地獄が人災だった?


「唯一無二のランクSハンター、鋼崎こうさきいわい。上杉ハガネ、この女には絶対に関わるな。一部のハンターにしか知られていないこの話をしたのは、貴様たちを信用したからである」

「……分かってますよ、プロフェッサー」


 固く握りしめた拳から血を滴らせながら、僕は殺意を押し殺した。

 これはきっとプロフェッサーのほうが正しい。


 それにしても、願ったのが人間なら叶えたのは神だ。

 他の神が叶えたというのなら、肩の上で伸びをする黒猫本人が悪い訳では無さそうだが、妙に小憎たらしい。

 僕自身、ダンジョンのランクがBに上がっていたこと、バステトの子の試練、今日だけで2回も死にかけている訳だし、ちょっとだけ腹が立っていた。


 ――今日のキャットフードは1番安いやつを買ってやろう。それでチャラだ。

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