第5話 習慣を辞められない理由
再び「どんっ」と心臓を殴りつけて正気を保つ。
笑顔だけじゃなく、こういう言動も、
やめてよ癒乃ねぇ......。
その攻撃は俺に効く......。
昔から、癒乃ねぇは身の回りの男子たち、特に、想い人が居なくて癒乃ねぇの魅力に抗えない男子たちの心臓を止めてきた。
もちろん、癒乃ねぇが望んでそうしてきたわけではない。
むしろそういう事があるたびに泣き喚いて、俺が慰めるという構図になることがほとんどだった。
そんなことを繰り返す内に、いつからか癒乃ねぇは男子たちにできるだけ冷たく接するようになった。
基本的に笑顔は見せない、話しかけない。話しかけられても極力塩対応。
だけど本質的に優しい人だから、親切にされたりふとした瞬間に軽い微笑みが漏れることがある。
昨日の3年生の先輩男子の心臓が止まった事件も、どうやら癒乃ねぇが落としたノートを彼が拾ってくれた際にふと微笑みかけてしまったことが原因らしい。
不意に出た微笑みだったらしい。
癒乃ねぇの不意の笑顔は、文字通り、天使の微笑み。
艶のある黒髪に輝く天使の輪に加えて、背後に天使の羽と後光を幻視させるその姿にやられてしまうのだ。
好きな女性やパートナーがいる男子なら、その相手に心を奪われているため、ダメージを受けることはないらしいのがせめてもの救いだ。
そんな癒乃ねぇは、昔からずっと一緒にいる俺にだけは今でもフランクに接してくる。
俺が癒乃ねぇの魅力に慣れていて抗えていると思っているらしい。
実際にはまったくそんなことはない。
さっきのように、微笑みの爆弾1つで俺の心臓は止められてしまうわけだ。
むしろ昔から癒乃ねぇのことが好きで、これまで長年の思い出がある分、そのご尊顔を直接目にしなくても、その妖艶な声を聞くだけで過去の思い出がフラッシュバックして、心臓が止まる寸前まで高鳴ってしまうのだからたちが悪い。
本当なら毎朝起こしに来るというのも、やめたほうが良いのかもしれない。
いつドキドキに殺されるかもわからないギリギリの死線をさまようような場面に、毎朝踏み込んでいるようなもんだ。
それでも毎朝起こしに来ているのは、癒乃ねぇのお母さん、
断らないのは、ひとえに俺が癒乃ねぇのことが好きで、なんとしてでも繋がってたいからに他ならない。
それを続けるためにわざわざ目を閉じて生活する術も身につけたし、心肺蘇生法も習得した。
普段ならさっきみたいに、癒乃ねぇの部屋で目を開けるなどという、わざわざ死にに行くような愚かな真似はしないというのに......。
朝一起きた時は疲れなんて残ってないと思ったけど、どうやら昨日、先輩の心肺蘇生を行ったのが意識の外のレベルで身体に疲れを貯めていたのか、判断を鈍らせたのだろう。
ともかくそんな常にギリギリの戦いの最前線にいる俺に対して、文字通り心臓に悪いセリフを、心臓に悪い声音で吐かないでほしいものだ。
なにが「癒乃ねぇのことをトイレだと思っているのか?」だ。
思いたいわ!
まぁ、妄想の中ではほとんど毎晩トイレ扱いしてる節もあるけども!
リアルでは絶対そんなことはしない!
だって命が惜しいから!
「ねぇねぇ〜、
あぁ、多分、癒乃ねぇ今ニッコニコの笑顔なんだろうなぁ。
ドキドキする心臓の高鳴りを力ずくで抑えつつ、息を整えて、あたかも落ち着いていますよという
「はぁ......。まったく癒乃ねぇは......。そんなわけないでしょう。俺が癒乃ねぇでそんなこと考えるわけないじゃないですか。バカなことも休み休み言ってくださいよ。そんな自殺行為みたいなことしませんよ」
ふぅ、言ってやりました。
まぁ、嘘をついたわけなんですけどね。
「むぅ、そこまで言わなくてもいいじゃない......」
なんかぶーたれてるけど、そんなこと言われても、仕方ないですから。
俺の本当の気持ちを打ち明けたりして、それこそ癒乃ねぇから今以上のアプローチなんて喰らおうものなら、とんでもない。
心臓が止まるだけじゃなくて、体中の血液が沸騰して蒸発してミイラになってしまうところまで想像できる。
「ま、まぁ、そんなことより、癒乃ねぇ。そろそろ起きてもらえますか?このままだと学校に遅れちゃいますよ?」
気づけば
この良くない話の流れをぶった切るためにも、学校に行く準備に取り掛かってもらうこととしよう。
「ぶーっ。話を反らしたぁ〜」
「はいはい、反らしました反らしました。ごめんなさい。だから速く準備をしてください?」
「んー、わかったぁ。じゃあ、着替えさして?」
「..............................んへぇ?」
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