第14話 華菜枝

幼い頃から華菜枝は沙那恵に強い憧れを抱き何時か自分も沙那恵のように誰からも愛され美しく羽ばたける日が来ると心から願っていた。


――――あの時まで。


幼き日の記憶――――厳格な母 紗夜サヨと物静かで気弱な父 和修カズオミそして人懐っこく可愛い双子の妹の沙那恵。華菜枝にも家族で暮らし笑い、仲睦まじく過ごしてきた記憶が、薄らと残っている。


――――家族と過ごした短い幸せな時間トキみんな笑顔だった、あの僅かな瞬間は今も鮮明に瞼の裏に焼き付き、美しいセピア色の世界を作り上げている。


幸せだと感じていた家族4人での生活に暗雲が立ち込め、華菜枝の不安は的中し永遠に抜け出すことの出来ない長く苦しい階段を登り続けることになる。


母が父が妹が大好きだった――――。


誰よりも大切で、愛しくて彼らを守りたいと思った。思っていた…あの頃。


――――それは、ほんの一瞬の出来事で華菜枝は事の顛末テンマツを、ただ、ただ静かに堪え忍ぶぐことしか出来なかった。


その日、華菜枝は朝から具合が悪く元々、出掛ける予定だった。家族水入らずで過ごす久しぶりの旅行が延期となってしまったことで、心待ちにしていた沙那恵は子供ながらに必死に華菜枝と両親に気を遣い姉を心配していた。華菜枝は、そんな妹を不憫に思い、申し訳のなさから、母と父に沙那恵を遊びにでも連れいってほしいと頼んだのだった。


母も父も華菜枝を心配していたが、妹思いの姉の優しさに数時間だけ出掛けることを了承し、家を留守にすることになった。


幼い頃から病弱だった華菜枝は、自分が人と違うことを知っていた。沙那恵よりも遥かに劣っていることを自分なりに理解し周囲の反応に凄く敏感だった。


「お姉ちゃんごめんなさい…」


沙那恵の表情が曇った。


「帰ってきたら沢山お話聞かせてね」


華菜枝は沙那恵に笑顔を見せ優しく微笑み頭を撫ぜた。平静を装い3人を送り出すと涙が零れた。


「ほんとは私も…」


首を大きく振り邪心を振り払う。ヤキモチなんて醜い――――心の中では、そう分かっていても感情は素直に表れる。


同じ双子――――でも·····華菜枝と沙那恵は違いすぎていた。一卵性双生児。顔も姿も瓜二つなのに雰囲気や立ち振る舞い、そしてパッと鮮やかに咲いた一輪の花のように愛らしく美しい沙那恵。


そんな沙那恵とはコトなり華菜枝は物静かで引っ込み思案。見た目は沙那恵と大差はないが自信のなさから猫背になり弱々しく見られた。その姿はまるで枯れた花のように暗く薄気味悪いと陰口を叩かれるほどに。


華菜枝は覚えが人より遅く、上手く物事の善し悪しを理解することに疎かった。若干の知能遅れもあり成長過程に問題が生じることは紗夜も察し不安に胸が詰まった。


2人が生まれ数ヶ月が経った頃。本家の年寄り方より諭された。華菜枝を育てていくにあたって人の何十倍以上の努力を重ねない限り、この子の未来はないと。この弱肉強食の結月家で生きていくことはおろか己の居場所を築きあげることは万に1つのも難しいだろうと。並大抵の努力では済まない――――まだ間に合う。そなたは、まだ美しい、使えぬ子は始末して夫との間に新しく子を作り結月家へ貢献するべきではないか·····と子を沢山、産めば産むほど結月の利益と子孫繁栄に繋がる。


結月家でな女はみな子を産む道具·····そして作った子供から序列順位が決まる。


『この子は、わたくしが自ら腹を痛めて産んだ子です。命を粗末に扱うことは絶対に許しません!!それが·····誰であろうと』


紗夜は結月家の長女としてではなく一人の子の母として娘を華菜枝を守りたかった。


子を産むための道具ではない人生を我が子にはおくらせたさった。何不自由なくとはいかない辛い生活の中でも、心の底から愛する人を見つけ本当の幸せを、この子には手に入れて結月家の呪縛から抜け出してほしかったのだ。


『――――紗夜よ·····。そなたも分かっているだろう。もしその子が結月家に害なす者となった時、如何なる手段を取ろうとも我々は、我々の信念の元に身をテイして結月家を守る。代々、受け継がれてきた先祖様達との約束を果たすのみ――――しかも肝に命じで子育てに励むが良い·····健闘を祈っているよ』


年寄り方達の言葉の重圧は、とても重苦しく挫けそうになる紗夜だったが、負けん気の強さと娘への、一途で、ひたむきな愛の力は真っ直ぐ2人の子供へ向けられた。涙を見せず常に気丈に振る舞い笑顔を絶やさず、沙那恵と脇隔てなく育て続けた。













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