第27話 主人公

Side ルフラン


 桜色の雷光と唸りを上げる黒炎が空中で弾け、ぶつかり合う中。

 怪鳥の巣という盤上を、付かず離れずのまま攻防を繰り返していました。

 ステータスを力に変えた超身体能力のまま、決死の度量を経てわかったことが少しだけ。


 スピードは私が上。

 パワーは怪物ルクステリアが上。


『ルフラン、MPの消費にも目を配るのだぞ』

「わかっています」


 この戦闘が成り立っているのは、『桜』と『雷』という二つ複合属性による身体強化魔法が前提です。

 驚異的なステータス補正は、しかしその代償に、決して多くない私のMPをみるみると飲み込んでいきます。

 振り払われた魔人の腕を掻いくぐりながら、私は短期決戦を決意しました。


「ちょっとだけ無理します!」

『死ななければ許す!』


 アリシアさんの了解を得て、私はルクステリアの攻撃の間合いに踏み込みました。

 この怪物は、賢い。

 幾分の攻防を得て私が学んだ二つ目の事実です。

 戦いの中で学習する、とでも言いましょうか。

 一度躱された攻撃をもう一度当てられるとは思わない。

 確かな一撃を与えるため、攻撃の中にフェイントを混ぜ込むようになりました。


 眼前。

 こちらへと振り下ろす左腕は本命のための布石。

 私がこの攻撃を躱した後に見せた隙を用いて、黒炎が集まっている右膝の蹴りを放つつもりでしょう。


 故に――私は避けない。


 囮と言えど、膨大なステータスの加護を得たルクステリアの攻撃が肩へと直撃。

 骨が軋むような音を上げ、血液が逆流する錯覚を覚えながらも、私はその場に踏み止まります。


『堪えろ、ルフラン!』


 激痛の全てを噛み殺しながら、右脚を振り上げました。

 イメージするのは師匠に初めて喰らった暴虐の一撃――天貫てんつう蹴り。

 天空を貫かんとばかりに振り上げた右足に桜色の雷光を纏わせながら、ルクステリアの顎を打ち抜きました。


『グガァアァッ!?』


 予想外の攻撃に驚嘆の声を漏らすルクステリア。

 のけ反った隙だらけの腹部に向かって私は追撃します。


「アリシアさん!」

『任せろ!』


 私の意志に呼応するよう、右脚に纏っていた桜電おうでんの光が右拳に移ります。

 左足で大地を踏み抜き、解き放たれる前の矢のように後ろへと引き絞られた右拳が――発撃。

 捻じり込むように放った掌底を、怪物へと叩き込みました。


『グガァッ!?』

「ぐぅうッ!?」


 相対する敵の攻撃に呻きを上げたのは――双方。

 完全なる隙をついて放ったと思った攻撃は――しかし同時に身体を捻って蹴り上げられたルクステリアの回し蹴りと相打ちとなりました。

 爆発めいた轟音を立てて、私たちは反対方向へと吹き飛びます。

 石壁を叩きつけられても、衝撃と痛みを無視して直ぐさま起き上がりました。

 舞い上がる土砂の中、反対方向で同じように立ち上がった魔人の赤い瞳と目が合います。


 同時。

 私とルクステリアは地面を踏み砕いて、相対する敵に突撃しました。

 開いたばかりの間合いすらも煩わしいとでも言うかのように、お互いの距離が縮まります。

 構えた桜雷の拳、構えられた黒炎の拳。

 重心を前へと投げ出して、速さを、重さを、その一撃の強さへと変換しながら。


「――ッッ!」


 ルクステリアの振り払いをさらに地面へと這うことで上へとやり過ごしました。

 すれ違いざまに脇腹を殴り、距離が離れます。

 身をひるがえし、再び突撃。

 二度、三度、四度と、交錯が繰り返されます。


 無数の攻防を刹那の中に刻みながら、私はやはりと歯を噛みしめました。

 桜雷おうらいを纏ったとしても、火力の未熟を拭えない。

 虚を突いたならまだしも、倒すべき敵と認められたルクステリアの強靭な耐久を削り切るには、どうしようもなく手詰まりです。

 どうしたものかと、顔を歪めますが――。


『ルフラン、一分だけ凌げるか?』

「アリシアさん?」


 突如と出された提案に、私はその心意を尋ねます。

 ちらりと確認したMPは残り僅か、強化魔法はあと一分半ほどしか持たないでしょう。

 その状態で一分もの時間を消費するメリットは何かと問えば――。


『欲しいのだろ? アイツを倒す必殺の一撃が?』


 私の中のアリシアさんが、にやりと笑った気がしました。

 だから私も極限状態でありながら、不敵に笑って見せました。


「無茶に無謀を重ねたような賭けですよ?」

『嫌いではないだろう?』

「お見通しですか」


 不意に、私を纏う雷光から桜色がなくなりました。

 アリシアさんが必殺の一撃のための準備に入ったのでしょう。

 がくり、と身体が重くなり、見えていた世界がより曖昧な速さを取り戻します。


『ガァアアアァアァァッッ!!』

「!?」


 拮抗していたパワーバランスが崩れます。

 ルクステリアの突進が目で追えなくなり、どうにか捕えた風を切る音。

 無意識にも近い反射で後ろに跳んだ私の腹部に襲い掛かる衝撃の感触。

 殴打の一撃を受け止めた私は石壁に叩きつけられました。

 もし咄嗟に後ろに跳んでいなければ、いまの一撃でHPを削り切られていたでしょう。

 HP消失ゲームオーバーを掠めながら――でもまだ生きているのならば。


「足掻くことは美学です!」


 ――命を賭けて戦え。

 ――命を削って戦え。


 胸の内に踊る感情は興奮へと変わり、私を動かす機動力へと変わります。

 無理を、無茶を、無謀を――。

 成し遂げてこそ英雄だと――その先にこそ栄光があるのだと。

 必要なのは憧れと羨望。

 無邪気なまでに望んだ『最強』への道は。

 この臓腑を焼くような興奮の先にあるのだと、一片の迷いもなく確信します。


 敗けない、敗けたくない、敗けられない。

 子どもの頃に開いた本の中で、主人公たちはどのような戦いを繰り返していましたか?

 数多の傷を背負いながらも、無数の絶望に心を傷つけられながらも。

 足掻き、もがき、立ち上がり、立ち向かい、勝利を掴んでいたではないですか。


 逆境こそを力に変える不遇な英雄体質。

 その名前を私は知っています。

 苦しみの中で笑える彼らのことを、そう――主人公ヒーローと呼ぶのだと。


「私も主人公ヒーローになりましょう」


 ルクステリアの攻撃を、決死の覚悟で回避します。

 魔人は動きを鈍めた私を見て好機と見たのか、一気呵成いっきかせいに畳みかけてきました。

 黒炎が生き物のように辺りを泳ぎだし、その炎熱だけで肌が焼けていきます。


「がはッ!?」


 大炎上する舞台の中で、黒翼を広げたルクステリアの一撃を避けきれず私は再び吹き飛ばされました。

 血を吐きながら、HPがもはや線でしか残っていないことに気付き――。

 それでも、私は、笑います。


『待たせたな、ルフラン!』

「女性を待つのは紳士の心得です」


 雷光が桜色の輝きを取り戻します。

 否――ただそれだけには収まりません。

 空間を埋め尽くすほどの稲妻が奔りまわり、それがまた一カ所へ収束。

 無数のエネルギーを溜め込んだ桜電おうでんが右拳へと集まりました。


 全てを集約させた最後の一撃。

 文字通り、決着が定まる審判の拳を前にして、ルクステリアはなんと笑みを浮かべました。


 ――来るなら来い、英傑よ!

 ――悪鬼羅刹を宿し黒炎で受けてたとう!

 ――貴様を討ち滅ぼし、我が復讐の掲旗とする!


 命を賭けて戦った相手だからこそわかる意志疎通。

 ルクステリアの瞳に込められた感情は、復讐と、悪であることに対する絶対の誇り。

 だが、そのことすらを意識の中に閉じ込めたまま、最大の一撃を放とうと黒炎を拳に集めます。

 それはきっと怪物ですら覚えてしまった、戦いへの興奮。

 悪を誇るが故に英傑を討ち滅ぼさんとする、運命の悪戯。


 もしかしたら、出会う場所が違っていれば。

 ルクステリアとは友だちになれたかもしれませんね。


『行こうか、ルフラン』

「行きましょう、アリシアさん」


 地を蹴りつけ、雷光に身を溶かします。

 桜色の軌跡を刻みながら、縮まる距離。

 燃える魔人の眼光が、私の眼差しとかち合い、激突の合図となります。


「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッッッッッッ!!!!!!」

『ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッッッッ!!!!!!』


 炸裂。

 桜色と黒色に網膜を焼きながら、無数の衝撃を一瞬に昇華して。

 空間に埋め尽くされた極光が、波引くように消えた時。

 勝敗を告げる声が私の中に響きました。


OOMオンリーワンモンスター翼を持つ復讐鬼ルクステリア』を討伐】

【OOM討伐特典が進呈されます】

【装備『復讐残滓の外套ルクステリア』を入手】


 私の周りに弾ける蒼いエフェクトは、きっと魔人の果ての姿。

 文字通り全てを出し尽くした私は、呆然とその場に立ち尽くしました。


『やったな、ルフラン!』

「ええ、やりまし、た……」


 その返答を最後に、私は意識を喪いました。

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