②ー③ え?なずなさん?

「おはようございます。」


そう、小さな声で言って、俺と日奈は教室に入った。挨拶はしないといけないけど、さすがに大きな声だと、恥ずかしいからね。

ついさっき、『なずなさんともうまくやっていく‼︎』と、心の中で宣言したばっかなのだが、俺はそんなに早く切り替えができるような人間ではないので、まだ、心の中では『なずなさんの隣じゃありませんように。まだ、なずなさんがきていませんように。』と、願っていた。

しかし、やはり俺は神様に嫌われているようで、俺がカバンを置いた席の隣には、なずなさんが座っていた。……あの、もう少しだけ、気持ちを整える時間が欲しかったんですけど。はい。 

う〜ん。どうしようかな〜。

そんなふうに考えていると、なずなさんが、


「おはよう、ひろくん‼︎」


と言ってきた。……ん?『ひろくん』だと⁉︎

う〜ん。……うん。聞き間違えだな。多分。いや、だってあり得ないでしょ⁉︎振った相手のことを『ひろくん』なんで呼ぶなんて。


「おはよう、躑躅さん。春休み、楽しかった?」


一応、一応世間話を振って、本当になずなさんが俺のことを『ひろくん』と呼んだのか確認しようとしてみる。


「うん。楽しかったよ‼︎……でも、ひろくんと会えなかったのは辛かった。」


……。あ、これやっぱりなずなさん、俺のこと『ひろくん』って呼んでるわ。うん。間違いない。……でもなんで、俺のことを振ったのに、そんなふうな呼び方をしてくるんだろう。


「そ、そうなんだ。」


「うん。……ねえ、それよりもひろくん、なんで私のこと躑躅さんなんていう呼び方してんの?」


え?なに、これじゃダメなの⁉︎ていうかなずなさん、俺のこと振ったんだよね⁉︎よくそんなにはなせるよね‼︎

あ、いや別に、怒っているわけじゃないんだよ?ただ単に、すごいな〜って、そう思っただけ。


「ひろくん。私はひろくんのことひろくんって呼んだんだから、ひろくんも私のこと、なずなとか、な〜ちゃんとか、そういう呼び方で呼んでよね‼︎」


……あれ?俺、いま大好きな人に、初恋の人に、『ひろくん』って呼んでもらってるの?……え⁉︎今までそんなとこまで気が回らなかっけど、今考えるとめっちゃ嬉しいじゃん‼︎しかも俺が、俺まだなずなさんのことを『なずな』とか、『な〜ちゃん』なんて呼ぶようになったらもうそれ恋人じゃん‼︎……あ、そういうことね。今すぐ恋人は無理だから、最初は友達以上恋人未満から始めようっていうことね。……あの日は言ってくれなかったけど。

でもまあ、そういうことなら、


「な、な〜ちゃん?」


『なずな』なんて呼び捨てで呼ぶのは特別感がないし、『な〜ちゃん』の方が、人形につけた名前みたいで呼びやすい。

そう考えた俺は、なずなさんのことを、『な〜ちゃん』と、呼ぶことにした。

……思ったよりこの、な〜ちゃんっていうのも恥ずかしいな。


「ひ、ひろくん‼︎」


「な、な〜ちゃん」


こうやって、お互いの名前を呼び合うという行為を十数分続けた。……いや、マジで何やってんだ。

後になって振り返ってみると、恥ずかしくなってしまうものだが、その時、学校であることさえ忘れてこの意味のわからない行為を楽しんでいた俺には周りの目なんて考えられなかった。いや、考えられるはずもなかった。

……だって、だってだってだ〜って、好きな人と、恋人みたいな行為をできてるんだよ?振られた相手に、友達以上恋人未満の関係から始めましょうって言われたんだよ⁉︎(勝手に解釈しただけだけど)そんなの、嬉しいに決まってんじゃん⁉︎嬉しすぎて、頭がぶっ飛んじゃうに決まってんじゃん。周りの目を気にしてなんかいられないじゃん⁉︎


「ひろくん。これからも、ず〜っと、よろしくね‼︎」


え?このなずなさんの言葉……あ、な〜ちゃんの言葉って、『あなたは恋人にほとんどの確率で昇格できるでしょう』って今の言葉っていう解釈でOK?うん。大丈夫だよね?


「な〜ちゃん。これから先も、ず〜っと隣にいてね。」


そう勝手に解釈した俺は、そんな恥ずかしい言葉を、学校であるにも関わらず、言ってしまうのだった。

そして、この時の俺は、日奈の目に、闘志がみなぎっていたことに、気づいていなかった。

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