あみだ世界~鬼に愛されながら異世界探索~
夢月
第一世 白銀の鬼
『死にたい訳じゃないけど、この世界で生きるのは俺には難しかったよ』
鼻で笑ってしまった、三十年近く生きての結論がメモ帳の一ページすら埋められないとは。
「……まぁいいや」
何度口にしたか分からない思考停止の言葉を空間に吐き出し、傍らに置いたバッグの口に手を突っ込んで大型のサバイバルナイフを取り出した、どうせ最後だしと奮発して買った結構良いやつだ。
「うーん、やっぱり胸……それとも腹? 漫画とかだと胸とかサクッと刺さるけど、肋骨とか通るのか? これ……」
苦しいのはごめんだ、痛いのも長引くのは嫌だなぁ……。
「……」
臆病者が最後に選んだ選択も、やはり最後まで臆病な選択だった。
昔、何かの本で死に際は深い水に沈み込むようだって書いてあったっけ? あれは本当だったな、確かにそんな感じがする……沈む、沈む……くだらない人生が、くだらない俺が……くだらないまま終わる。
「……くふっ」
聞いた事のない声が、聞こえた気がした。
気のせいだろうか? いや、もう関係ない俺はこのまま沈むだけだ……深く、深く……深く……ふか……く? いやおかしい、何だか息苦しい気がする。
恐らくだが今の俺は肉体の無い幽霊のはずだ、それなのに苦しい? あっダメだ、本当に苦しい!
真っ暗で何も見えない、いやそもそも今の俺に目はあるのか? 腕は?脚は?……分からない、分からないが必死に動かす、もがく、苦しい、苦しい。
闇の中でのたうち、もうダメだと諦めかけた瞬間、何か強い力に引っ張られ体全体が何かを突き抜けた感覚がした、思いきり息を吸い込むと待ち望んでいた新鮮な空気が肺を満たす。
「はぁっ! はぁ!……はぁ」
荒れた呼吸を整えながら感覚で分かった……腕がある、脚もあるし体にのしかかるかのような重力も感じる。
……体が重い、腕も足も繋がってはいるが何かに寄り掛かったまま身じろぎすらまともに出来そうにない。
「……うっ!」
目を開けようとすると僅かに開いた隙間から鋭い光が目を突き刺した、一度固く閉じ、今度はゆっくりと瞼を開く。
「――あ」
眼前に広がる一面の湖、夕焼けだろうか? 空にはオレンジ色の日が浮かんでおり辺りを自らの色で染め上げている。
「……綺麗、だ」
無意識に声に出していた、そのぐらい空虚な俺の心に染みわたる程に綺麗な景色だったのだ。
「くふっ、気に入ったのであれば良かった」
「っ!……ぐっ!」
突如耳に届いた声に驚き、勢いよく振り向こうとするが首や体に痺れるような激痛が走る。
「ああほら……まだ体が馴染んでおらんのだ、そう激しい動きをするでない」
背後からかけられた声色からは俺を心配するような印象を受けた、少なくとも俺を傷付けようという意思は微塵も感じない。
声からすると女性……それも子供のように思えるが今の状況が状況だけにただの子供の筈は無いだろう。
「っ……だ、誰……ですか?」
「誰か、じゃと?……ふむ、そうさなぁ」
背後から声の主がゆっくりと近づいて来る気配がする、腕を少し動かすのが精一杯なこの身体では身を固くする事しか出来ない。
「くふっ……そう怯えるでないよ、取って食ったりなどせぬでな」
その優しい声につい全身に込めた力を少し抜くと俺の腰辺りから二本の青白く細い腕が伸び、背後から巻き付くようにそっと抱きしめた。
後ろから抱き留められる形になり一本の腕は胸に、もう一本の腕は腹に回され、うなじには彼女の唇がそっと押し当てられた。
「……儂は、お主が来るのをずっと待っておったのじゃよ」
「え、それってどういう……え?」
不意に抱きしめられて動揺し、視線を下に向けてようやく自分の状況に気が付く、俺は今縁側のような所に置かれた子供用プールの中で全裸で横になっていたのだ。
「ん? どうかしたかの?」
「いや……何で俺プールに? しかも裸で……」
「ああ、その事か? なに、ここからの景色が儂は一番好きでのう……お主にも見せてやろうと思ってな」
「……はぁ」
欲しかった返事とは違うが、その様子から本当に悪意や敵意は無いように感じる。
ただ今のこの状況はどう考えても恥ずかしすぎる、何とか少しでも彼女の拘束から逃れようとして動かない体をほんの僅かによじらせ――。
「うおっ!」
この体がろくに言う事をきかないのをすっかり忘れていた。
プールの底についた腕が滑り、彼女の拘束からもすり抜けたはいいが俺は頭まで浅い水の底に沈み込んでしまった。
何かを掴もうと反射的に腕を伸ばすが力が全く入らない、これでは海中で揺れる海藻の方がマシというものだ。
このままでは溺れてしまうと脳内が混乱しかけた時、両脇に腕が回り強い力に引っ張られ水面から顔が出る、そしてそのまま後頭部が何かの上にそっと乗せられた。
先程までのプールの縁とは違う柔らかい感触と体温を感じる、そして目元に彼女の片手が覆い被さり視界が暗闇に包まれると、頭上から優しい囁き声が降り注いだ。
「もう大丈夫じゃよ、びっくりしてしまったのう? 今お主の頭は儂の膝の上じゃ、世界で最も安全な場所じゃから安心するがよい……さぁ儂の声に合わせてゆっくり呼吸するがよい、吸って……吐いて……よいぞ、その調子じゃ」
その耳をくすぐるような優しい声に合わせて彼女のもう片方の手が添えられた胸を上下させる、動きを思い出したかのように高鳴っていた心臓が段々と落ち着きを取り戻し、それと共に呼吸が整ってきた。
力が抜けた頭は彼女の膝に更に深く沈み込む、彼女の指が俺の濡れた髪を弄ぶように撫でまわり、少しくすぐったい。
「どうじゃ? 落ち着いたかのう?」
「うん、ありがと……う?」
覆われていた彼女の手がゆっくりと目元を離れた、名残惜しさからかその手を求めて視線を上げると、こちらを見下ろす少女と目が合った。
「ようやく目が合ったのう、お前様よ? 儂がこの時をどれほど心待ちにしておったことか……」
うっとりとした表情で此方を見つめるのは幼い容姿の少女だった。
吸い込まれそうな白い肌とは対照的な真っ赤な瞳、その二つを包み込む肩ほどまで伸びた白銀の髪が少し濡れているのはさっき俺が水をかけてしまったせいだろう。
そして何より異色なのは額から生えた人では無い事を主張するには十分すぎる存在がそこにはあった。
「つ……角?」
俺の言葉に嬉しそうに目を細め、口角を上げてくふくふと笑ってみせると俺の頬に手を添えてゆっくりと頷く。
「くふっ……儂の名は
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