2. 2番目ぐらいが?(5)

 行きたい店があるという朝凪の希望に従って、再び駅前に戻り目当ての店にたどり着いたのだったが。

「……あの、朝凪サン?」

「なんだい、前原クン?」

「俺、ちょっと用事を思い出したので今日のところはお先──」

「まてい」

 逃げようとしたが、寸前のところで襟をむんずとつかまれてしまった。思っていたよりも握力が強くて、俺はそこから一歩も動くことができない。そして首が痛い。

「いや、だってここはやばいでしょ」

「そう? でも、なんだかんだここが一番安いし腹だって膨れるし」

 俺たちが来たのは、駅の入口出てすぐにあるハンバーガー店。安いし、味もそこそこ美味おいしいので、俺も気が向いた時には利用している。が、今は時間帯が良くない。

 店内にあふれる、制服姿の少年少女たち。もちろん、ウチの高校の制服もちらほらと見かける。

 今のところクラスメイトらしき顔は見えないが、ともかく危険度の高い場所だ。

「ま、こんだけ人がいれば大丈夫だって。じゃ、私は先に場所とってるから、前原は適当に注文よろしく」

「あ、朝凪……もう」

 しかし、実は先程の店で新刊を買ってしまったせいもあって、お金のほうが少々心もとない事情もある。金欠になりがちな高校生のつらいところだ。

 朝凪のオーダー通り、適当によさそうなものを注文し、席のある二階へ。

 およそ席の8割が学生で、学校の話やこの後の予定の話などでうるさ……じゃなくて、とてもにぎやかだ。

『(朝凪) 前原、こっちだよ。真ん中のほう』

『(前原) 大丈夫。わかってるから』

 こうして遠くから見ると、地味な格好でも朝凪は目立つ。いつもは天海さんの存在感に隠れているが、朝凪だって、どこに出しても恥ずかしくない容姿だと思う。

 朝凪にからかわれるので、本人にはそんなこと絶対に言わないけど。

「お帰り。で、なんにしたの?」

「メガバーガーのLセット。飲み物はコーラで、サイドメニューはポテトとナゲットにしたけど、どっちがいい?」

「どっちも。二人で分けようよ。ソースは?」

「マスタード」

「いいね」

「まあ、そこらへんは」

 テーブルについて、それぞれのトレイにポテトとナゲットを広げて食べ始める。

 いつもは持ち帰りなので、揚げたてのポテトを食べるのも久しぶりだ。

「前原、次、どこ行こっか? 行きたいところある?」

「ない。帰りたい」

「だめ。なんか一個出して」

「そう言われても、さっきのアニメショップで引き出しは空だし……げ、ゲーセンとか?」

「え~」

 朝凪はご不満のようだが、ゲーセンに行くのだって、俺にとっては久しぶりのことだ。

 あの場所は、どうにもお一人様に対して壁を作っている感じがして好きじゃない。

 しかし、設置されているゲームに興味がないかと言われれば話は別だ。

「わかった。じゃあ、今日のところは私と一緒にキメ顔のプリを撮るってことで」

「いや、それは嫌だけど」

「え~」

「え~じゃない」

 次の予定が決まったので、その後は適当に雑談しつつ、目の前のポテトやバーガーを処理していく。といっても、好きな映画、最近見ているゲーム実況チャンネルなど、いつも自宅で話す内容と大差はないのだが。

「あ、そういえば最近の映画でおススメとかある? いつもの店、最近新入荷少なくてさ」

「それならネット配信限定だけど、『テンシザメ』ってヤツいいよ。遺伝子操作で天使の翼が生えたサメが次々に人を襲うヤツ。サメの背ビレに生える肝心の天使の羽が雑コラだし、出演俳優みんな大根すぎだし、色々あり得なすぎて九十分ずっと爆笑してた」

「なにそれ超見たい」

「ちなみに続編もある。3まで出てる」

「それだけでもう受けるんだけど。ってか、謎にシリーズ出てるやつあるよな」

 最初は周りの人を必要以上に気にして縮こまっていた俺だったが、朝凪の話し方が上手うまいのもあって、次第に気にならなくなってくる。

 少々強引なところもあるけれど、やっぱり朝凪といると楽しい。

「ふふ、早くも来週の予定が決まったね。楽しみだ」

「朝凪がいいなら俺は別に構わないけど……そんなに毎週のように俺との予定入れちゃっていいの?」

「ああ、夕のこと? 大丈夫、それ以外の日で埋め合わせはしてるし、そっちのほうはちゃんと考えてるから」

 朝凪がそう言うなら俺としては信頼するだけだが、楽しさのあまりに足元をすくわれないよう、俺のほうでも一応気を付けたほうがいいかもしれない。

 俺は影が薄いからいいけれど、きっと朝凪はそういうわけにも──

 ──ねえ、あれって例の朝凪ちゃんじゃない?

 ──ああ、先輩をあっさり振ったっていう一年生?

 と、ここで、恐れていたことが現実になりそうな話が俺の耳に入ってきた。

 聞こえてきたのは俺のちょうど背後でおそらく二人組の女子。聞き覚えのない声なのでクラスメイトではなさそうだが、あまりいい状況ではないのは確かだ。

『(前原) 朝凪』

『(朝凪) うん』

『(朝凪) 私も知らない人たちだから、多分上級生じゃない? まったく、私なんて大した有名人でもないのに』

 気にしていないふうを装いつつ、朝凪はおもむろに残ったポテトを手に取った。

『(朝凪) 前原ごめん』

『(朝凪) ちょっとだけ恥かいてもらっていい?』

『(前原) どういうこと?』

『(朝凪) こういうこと』

 そうして、かぶっていたキャップを脱いだかと思うと、ニコニコ顔で持っていたポテトを俺の口へと差し出してきたのだ。

「はい、ダーリン。あーん」

「っ……!?」

 いきなりのことで俺は混乱する。

 なんだ。朝凪は俺にいったい何をさせたいのか。

「? もう、外だからってなに恥ずかしがっちゃってんの? 家ではいっつもこうして食べさせ合ってんじゃん」

「え? い、いや別にそんなことな……いっ!?」

 瞬間、俺のすねを鋭い痛みが襲う。朝凪に思い切り蹴られたのだ。

「あ、もしかして私のほうに『あーん』したかったの? もう、しょうがないな……はい、どうぞ」

「あっ、はい……」

 合わせろ、と朝凪の爪先が自己主張を俺の脛へと繰り出すので、ひとまず言う通りにすることに。

「えっと……あ~ん」

「んむっ。へへ、やっぱり食べさせてもらうとおいしい」

「そ、そう。ならよかったけど……」

 言われたままにやったつもりだったが、果たしてこれで上手くせるだろうか。

 ──いや、やっぱり他人じゃない?

 ──そうかな? でも顔は似てる感じだよ?

 ──でも、なんかそれにしてはダサくない? 連れてる男なんか陰キャって感じだし。

 ──ああ、そういえばあの子って『アイドル並みの顔じゃないと無理』とかなんとか言って先輩たちに断りまくってるんだっけ?

 ──そそ。そんな面食い女があんなキモい陰キャとポテト食べさせ合ってるとかあり得ないって。

 ──それ言えてる。あ、もう皆店集まってるって、私たちも行こ。

 嫌な陰口を聞いてしまったが、ひとまずの危機は脱したようで、俺はほっと胸をでおろした。

「……誰が面食い女だ、んのヤロ」

「ま、まあ、そういう尾ひれのおかげで助かったとこもあるから」

「私はいいよ、慣れてるから。でも、前原だってひどい言われようだったし。……友達が悪く言われるのは、やっぱり腹立つよ。前原のこと、なんにも知らないくせに」

 悔しそうな表情を浮かべて、朝凪は拳をきゅっと握りしめている。

 こんなにいいやつなのに、どうしてあんな悪口をたたけるのだろう。デマを言いふらした人だって、最初は朝凪のことが好きで告白したはずなのに。

「気にしないでいいよ。朝凪がわかってくれてるなら、俺はそれで十分だからさ」

「まあ、前原がそれでいいなら、闇討ちはやめるけど」

「気持ちはわかるけど、どのみち闇討ちはやっちゃダメだから」

「え~」

「だから」

「……な~んて、わかってるよ」

 俺と会話して落ち着いてきたのか、朝凪は残っているコーラをずずっと一気に吸い込んで立ち上がる。

「あ~あ、せっかく途中まで楽しいご飯だったのに……前原、さっさとゲーセン行こ。今日はもう財布のお金なくなるまで遊びつくしてやるんだから。もちろん、前原も付き合ってくれるよね?」

「いや、正直俺はもう帰りた──」

「付き合ってくれるよね?」

「……はい」

 ということで、目的は変わったものの、予定通りゲーセンへと向かうことになった。

 ……絶対、今日は帰ったらすぐに寝よう。

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