第59話 深淵の樹海

「それじゃあ、深淵の樹海に入る前に最後の確認。シトリーには対処出来ない魔物が出てきた。どうする?」

僕は深淵の樹海前で、最後の確認をしている。


「……逃げます」


「1人で逃げるんだよ。1人で。僕のことは気にせずに一目散に逃げる。わかった?」


「……わかりました」

シトリーは渋々といった感じで返事をする。


「これが守れないなら、シトリーはここでお留守番だよ。僕がやられないのは、シトリー自身で確認したよね?」


「わかりました。1人で逃げます」


「約束だからね。絶対だよ」


納得のいってなさそうなシトリーに念押しをした後、深淵の樹海へと足を踏み入れる。


深淵の樹海の中といっても、奥まで行かなければ他の森とあまり変わらない。


深淵の樹海に足を踏み入れた瞬間から凶悪な魔物が襲ってくるということはなく、まだ浅い所にはゴブリンやウルフなどの他でもよく見かける魔物が出てくる。


少し奥に進むとオーガやトロールといった他の森では奥まで進まないと出会わない魔物が襲ってくる。


この辺りまでは冒険者の人も入ることはあるらしい。

それでも、ヤバめの魔物が襲ってくることがあるので普通は入らない。

何か理由があり切羽詰まった者や、採取依頼をこなす為に仕方なく入る者がいるくらいだ。


妖精を探すという目的があるので深淵の樹海に入ったが、今回の主目的は能力の上がる球の補給なので、奥には入らずにオーガとトロールを相手に盗みをはたらくことにする。


妖精に関しても、深淵の樹海全体を住処にしているとギルマスに見せてもらった本に書いてあったので、運が良ければ出会えるかもしれない。

一応、花の蜜が好物だと書かれていたので、ハチミツを買って持っている。


ハチミツにつられて出てきてくれないかなと思いつつも、今のところ寄ってくるのは虫ばかりだ。


オーガやトロール等を見つけたら盗むを使い、能力又はスキルが選択肢にあれば盗み、選択肢に出て来なければ何も盗まずに逃す。

逃すのはシトリーに任せて、出来るだけ殺さずに力量差を見せつけて逃す。


能力やスキルを盗まれた魔物がこの樹海で生きていくのは難しいだろうけど、直接殺さないのは僕のただのエゴである。


シトリーには、自分の身を1番に考えて、逃す余裕がないなら倒してしまっても構わないと言ってある。


スキル球はそのまま収納に入れておき、能力の上がる球は都度シトリーに渡して消費していく。

樹海の奥にいる魔物ではないので、一つ当たりの上昇幅は少ないけど、着実にシトリーの能力は上がっていく。


「今日はこのくらいにしようか」

暗くなる前に樹海から出て、少し離れたところでテントを張って休む。


そんな生活を繰り返すこと15日目、既にシトリーは限界まで能力を上げきっており、今は手持ちとして能力の上がる球を集めている。


目的も球集めから妖精探しに重きを置いて、出来るだけ色んなところを歩き回っているが、未だに妖精の手かがりも見つけられていない。


何箇所かにハチミツを小瓶に分けて置いておいたけど、やはり集まってくるのは虫ばかりだった。


球集めをしている最中に、真っ白な小さいドラゴンをテイムしており、今は3人で探索している。


ジェネシス・ドラゴンという種族でピュアと名付けた。


「きゅきゅー」

ピュアが鳴くけど、何を言っているのか僕にはわからない。


ドラゴン言語は以前盗んでおり、会話は出来るはずだけど、ピュアとは会話が出来ない。


ピュアは小さいので、実はまだ生まれたばかりで話す事が出来ないのか、それともジェネシス・ドラゴンという種族名だけど言語はドラゴンではないのか、会話出来ない理由は不明だ。


会話が出来ないから、能力の上がる球を使わせることは出来なかった。


あの本にジェネシス・ドラゴンについては何も記載されていなかった。


あの本を書いた人が見つけられなかったのか、それとも抜かれているページに書かれていたのか。

もしかしたら、本来なら深淵の樹海に生息する魔物ではないのかもしれない。


僕としては可愛いドラゴンが目の前に現れて、盗むを使ったら、選択肢に心が出てきたのでテイムしただけだ。


深い理由があったわけではないので、あまり気にしないことにする。


「大分球は集まったから、今日を最後にしようか」

妖精は見つけられてないけど、一月くらいしたら戻るとルマンダさんに言ってあるので、そろそろ終わりにすることにする。


妖精探しはまた後日、作戦を練り直してリベンジしよう。


「わかりました」

「きゅきゅー」

ピュアは僕の頭上を返事をしているかのようにクルクルと飛び回りながら鳴いた。


「見つけたぞ、人間!」

あと少ししたら帰ろうかというところで、深く、重い声で話しかけられる。


声のした方を見ると、そこには見覚えのある漆黒のドラゴンがいた。


黒いモヤを纏っておらず、僕のことを探していたような口ぶりから考えると、以前出会ったのと同じ個体と思われる。


いつの間にこんな巨体が現れたのか……、いや、そんなこと考えている場合じゃない。


「ピュアを連れて逃げて!」

僕はシトリーに逃げるように言う。


元々深淵の樹海の奥地に住んでいたユメ達が恐怖する存在。


一刻も早く逃げるべきだ。


僕を探していたなら、僕がここに残ればシトリー達が逃げても追わないだろう。……追わないでほしい。


僕は大丈夫なはずだ。


僕の体に纏わりついている邪気の性能はシトリーに協力してもらって検証してある。


結果として、シトリーが本気になっても僕には1発も攻撃を当てることは出来なかった。


打撃だけではなく、投げ飛ばすどころか持ち上げることも出来ない。


そもそも邪気に遮られて触れる事さえ出来なかった。


もちろん僕の能力が上がったわけではないので、シトリーが僕に攻撃を仕掛けたことさえ、僕には視認出来ていないのだけれど、自己防衛という意味では最強ともいえる鎧を手に入れたと判断した。


このカタストロフィ・ドラゴンらしきドラゴンからの攻撃も全て無効化出来るのならば、諦めるまで耐えてから樹海の外に出ればいい。


問題はこのドラゴンが邪気を貫通するような攻撃が出来るかもしれないということだ。


邪気は元々はこのドラゴンが纏っていたものだ。

対処法の一つや二つ持ち合わせていてもおかしくはない。


僕はシトリー達が無事に逃げ切り、このドラゴンの攻撃を無効化出来ることをただただ願うことしか出来ない。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る