第15話 少女

翌日の夜、住む所も決まり、お金の心配も無くなった僕は、昼間に買ってきたベッドの上でゴロゴロとしながら青色のスキル球らしきものを眺めていた。


とりあえず自分の生活基盤が出来た僕は、王国からクラスのみんなをどうやったら助けられるか考えている。


僕はギルマスから隷属の呪法というものを教えてもらっていた。

これは相手を支配する呪いだ。


奴隷制度というものがこの世界にはあるようで、犯罪を犯した人が罪を償い更生するまでの間、奴隷として働かされる。


奴隷となった時に隷属の呪法というものを掛けられる。

これは奴隷となった者が、他の者に危害を加えたりして罪を重ねないようにする為だ。


ただ、罪を犯したとは関係なく、隷属の呪法を掛けられると、自分の意思とは関係なく命令には従わなくてはならなくなってしまうので、悪用する者が後を絶たないらしい。


ギルマスは僕の話から、王国がクラスメイトに隷属の呪法を掛ける可能性が高いと言っていた。


そうなると、助ける相手が敵となって襲いかかって来る可能性がある。


多分みんなも僕と同じようにチート持ちだろうから、最悪のケースだとチートな強さの29人と同時に対峙して助けないといけない。


戦って勝つだけでも無理そうなのに、倒すのではなく正気に戻さないといけない。


しかも、僕のチートは戦闘向きでは無い。


戦わせたいわけではないけど、この世界で上位に位置しているクロ達に手伝ってもらっても、出来る気がしない。


ただ、それを可能にする可能性があるのが、あのいろんな色をしたスキル球だと僕は思っている。


そう思って眺めているのだけれど、これが何かわからないから使うのを躊躇っている。


使い方は多分スキル球と同じだと思うけど、踏ん切りがつかない。


オボロ曰く、今眺めている青色の球からは、ギルドで使おうとして使えなかったスキル球よりも遥かに高いエレルギー量を感じるらしい。


それも躊躇っている要因の一つだ。


「ご主人様、侵入者だワン」

僕が悩んでいたら、シンクに言われる。


「例のにおいと同じ?」


「同じだワン。庭の方からするワン」

この屋敷を見に来た時に、シンクが店主とも違うにおいが残っていると言っていた。


最初は屋敷を掃除したりして管理している人のにおいだと思ったけど、屋敷の隅っこにしかにおいは付いていないそうなので、空き家を勝手に使っている者がいるのだと思った。


住み始めれば来なくなるだろうと思っていたけど、来てしまったようだ。


「どうするワン?燃やすワン?」

シンクが物騒な事を言う。

この辺りは普通の狼ではなく魔物だから、血の気が多いのだろうか……。


「とりあえず注意しながら見に行くよ。全員警戒体制!緊急時を除いて勝手に攻撃しないように」


「わかったにゃ」

「ご主人様は我が守るワン」

「妾に任せるのじゃ」


シンクの案内で侵入者が見える位置へと移動する。


そこには僕より年下らしき女の子がいた。

薄汚れた服を着て、帽子を被っている。

予想していた通り住む家がないから勝手に使っているという感じだ。


女の子は僕がここに住み始めたことに気づいていないのだろうか?

それともわかってて、それでも他に行くところがないからまだここにいるのか……。


とりあえず、悪そうな人ではなさそうだし声を掛けてみようかな。


「何か用かな?」

僕は女の子に近づき、声を掛ける。

咎めるつもりではないので、僕の家で勝手に何してる!なんてことは言わない。


「ご、ごめんなさい。誰も住んでないと思って…………。す、すぐに出て行きますので許して下さい」

女の子は頭を下げて走り去ろうとしていく。

僕が住み始めたことには気づいていなかったようだ。


「ちょっと待って」

僕は女の子に待つように言うが、止まる様子はない。

捕まったらひどい目に会うとでも思ったのだろうか……。


「シンク、お願い」

「任せるワン」

僕はシンクに頼む。


「グルルルルル!」

「きゃっ!」

シンクが女の子の前に行き威嚇すると、女の子は腰を抜かしたように尻餅をついた。


「シンク、ありがとう。でもそこまでしなくてよかったからね。僕も言葉が足りなかったけど、怯えちゃってるから」

僕は走っていき、褒めて欲しそうにしているシンクの頭を撫でながら言う。


シンクはシュンとしたように頭を下げる。


「危害を加えるつもりはないからね。少し話がしたいんだ」

僕は尻餅をついたままの女の子に手を差し伸べながら言う。


「あ、あわわわわ」

女の子は困惑し、震えている。

目が泳いでいるので、走り去りたいと思っているのはわかる。


これは落ち着くまで待たないとダメそうだ。


しばらくして、女の子の震えが収まってきたので、もう一度声を掛ける。


「落ち着いた?別に咎めるつもりもないし、衛兵に突き出すつもりもないから安心して。少し話をしようか」


「……はい」


「とりあえず中に入ろうか」


僕は女の子を連れて屋敷の中に戻り、女の子と対面で座る。


「僕はマオだよ。君は?」


「シトリー」


「シトリーね。お腹は空いてない?」


「……大丈夫です」「・・・ぐー」

口では大丈夫と言ったけど、お腹が鳴った。

シトリーは恥ずかしそうに俯く。


「そっか。ちょうどご飯にする所だったんだけど、1人より2人の方が美味しく感じると思うから付き合ってもらっていいかな?持ってくるから待ってて」

僕は厨房へと行き、すぐに出せるものを軽く調理して持っていく。


「どうぞ」


「……ありがとうございます」


本当は既に夕食は食べ終わって寝る前にゴロゴロとしていたわけだけど、シトリーに気を使わせないように2度目の夕食を食べる。


「シトリーは今何歳なの?僕は14歳なんだけど……?」

僕は食べながらシトリーに質問をする。


「13歳です」

一つ下のようだ。もう少し下だと思っていた。


「シトリーは寝るところがないから、あそこにいたの?」


「……はい。家がなくて、宿に泊まるお金もないので、前から勝手に使ってました。ごめんなさい」


「いいよ。別に怒ってないからね。お金が無いって言ってたけど、仕事は?聞きにくい事を聞くけど、シトリーは1人なの?」


「1人です。両親は前に亡くなりました。仕事は今はしてません」


「嫌なことを聞いてごめん。仕事をしてないのには何か理由があるの?」


「…………実は私、魔族なんです」

シトリーが帽子を取って秘密を告白する。


「そうなんだね。僕はちょっと世情に疎くてね。魔族だと仕事が出来ないの?」

シンクから魔族のにおいだと聞いて分かっていたので驚きはしない。


「驚かないんですね……。出来ないことは無いんですけど、働きにくいです。迫害されてはいませんが、異物として見られることはよくあります。少し前までは料理店で働いていたんですが、被っていた帽子が取れてしまって魔族だとバレてしまいました。オーナーは元々私が魔族だとわかった上で雇ってくれていたんですけど、噂が広まったみたいでどんどんとお客さんが減っていってしまいました。オーナーは気にすることないって言ってくれましたが、耐えられなくて辞めました」

差別意識があるということか……。


「そっか。ちなみに料理店で働いていたって言ってたけど、作る方か運ぶ方どっちをやってたの?」


「運ぶことの方が多かったですけど、どっちもやっていました」


「シトリーはこれからどうするつもり?」


「なにも決まってないです」


「それならここで働かない?住み込みで使用人をやって欲しいんだけど……だめかな?」


「……いいんですか?」


「ちょうど誰か雇わないといけないとは思っていたからね。この屋敷は広いから掃除は大変だし、正直にいってさっきのご飯もそんなに美味しくなかったでしょ?」

僕は切る、焼く、揚げるくらいしか料理が出来ない。

味付けもよくわからないので、不味くはないけど、美味しくもないくらいの料理しか作れない。

良く言えば、素材の味がする料理が作れる。


「美味しかったです」

嘘を言っている様子ではない。


「働いていたっていう料理屋と比べてどう?シトリーが作ったらもっと美味しく作れたとは思わない?」


「……お店と比べたらそうですけど、普段食べているものと比べたらご馳走です」


「なら僕としてはシトリーに任せた方が美味しいものが食べられるね」


「私は魔族ですけど本当にいいんですか?」


「そんなことは気にしないよ。言ってなかったけど、この子達は魔物なんだよ。このリスのクルミを除いてね。シトリーがそれでもいいなら頼むよ」


「ありがとうございます。お願いします」

シトリーがこの屋敷で働いてくれることになった。

家事をしなくてよくなるのは本当に助かる。


しばらくして問題ないようなら、僕の事も全て話そうと思っている。

身近に相談出来る人がいると、突発的に困った時に助かるからだ。


「お給金はどうしようか?前はどのくらいもらってたの?」


「12時間働いて銀貨1枚貰ってました。でも住み込ませてもらえるだけで十分です」


「働いてもらうんだからちゃんと対価は払うよ。一月で大銀貨3枚でいいかな?毎日全部の部屋を掃除するなんて無理だから、毎日1部屋ずつの掃除と洗濯に食事の準備とお風呂の準備をお願いします。あと数人雇うつもりではいるけど、やってみて大変だったら、部屋の掃除のペースは2日に一部屋とかにしていいからね。大体合わせて8時間以内で働く感じで、それ以外の時間は自由にしていていいよ。雇った後は5日働いたら2日休む感じでいいかな?他の人を雇うまでは休みなしになっちゃうけど、その分は上乗せして払うから」

この世界の労働条件とかわからないので、日本の仕事を参考にして提示する。


「貰いすぎです!そんな好条件どこにもありません」

シトリーは言うけど、僕は面倒事を抱えていることを伝えていない。

シトリーの前の仕事に合わせただけで、僕としては少ないと思っているくらいだ。


「シトリーが少ないと思わないなら、これで決まりでいいね?好条件なら他の人もすぐに見つかりそうでよかったよ」


「ご主人様が私を雇ったことを後悔しないように頑張ります」


「使用人として雇ったけど、そんなに畏まらなくていいからね。マオでいいから」


こうして魔族であるシトリーとの共同生活が始まった。

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