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 点在する島々を巡り痕跡を調べ、時には降りて休憩も取りながら、僕らは人魚の存在を探す。

 先程は今回の視察中に人魚が見付からなかったら……、なんて風にも言ったけれども、実はそこまで難しい事をしてる訳じゃない。

 何しろ空を飛べる不死なる鳥に乗って広範囲を素早く探せるのだ。

 水の精霊に尋ねれば海の中の様子だってわかるのだから、この百何十年かで全く別の場所に移住したか、或いは滅んでしまったのでもない限り、見付からない筈がなかった。


「あっ、いた」

 僕がその存在に気付いたのは、ヒイロの背に乗って洋上を飛び始めてから、八日目の夕方だった。

 目指す先、次に確認する予定だった、恐らくは今日はそこで一晩過ごす事になるだろう大きめの島に、人魚と思わしき反応を幾つも感じる。

 いや、もちろんそれを感じてるのは水の精霊で、僕は共感によって教えて貰ってるだけなのだけれども。


 尤も人魚の反応を感じると言っても、陸上で活動できない彼らが島の上で生活をしてる筈がない。

 島の中央にはちょっとした山があるのだけれど、その地下が広い空洞になっていて、水で満たされている。

 恐らく地下空洞の一部が海に繋がっていて、そこから水が入り込んでいるのだろう。

 人魚達の反応は、その地下空洞から感じられた。


 呟きを聞いたアイレナがこちらを振り返るので、僕は頷き、島の方向を指差す。

 それに彼女は目を閉じ、僕と同じ物を感じ取ろうと集中しているが、どうやら距離的にまだ厳しいらしい。

 アイレナはエルフとしては頭一つ抜けて優秀だが、それでもハイエルフ程には、精霊と感覚を合わせる事はできないから。

 僕は手を伸ばし、集中している彼女の手を取る。


 目的とする場所が遠すぎて水の精霊との感覚を合わせられないなら、それを感じ取れる僕が中継してやればいい。

 ハイエルフはやがて肉の衣を脱ぎ捨てて、精霊になるという。

 その事を、世界を旅して色々な物を見て、全ての古の種族と接して、僕は感覚的にだが理解した。

 実際に、ハイエルフから精霊になった長老達に、助けて貰った経験だってある。

 だから今の僕は、以前の、旅を始めた頃の僕よりも、既に幾らか精霊に近い。

 それは親しいって意味だけじゃなくて、存在そのものが近付いたって意味で。


 またアイレナとは長く一緒に過ごしてるから、彼女になら、まるで僕が精霊になったかのように感覚を合わせる事も、……決して簡単ではないけれど、可能な筈だ。

 僕は水の精霊から受け取った情報を、そのまま同じようにアイレナへと伝える。

 それはふとした思い付きだったけれど、彼女はまぶたを開いて僕を見て、頷いた。


「確かに、人魚のようですね。でもエイサー様、驚きますから、いきなりはやめてください」

 そして少し叱られる。

 あぁ、そりゃあ突然だと驚くだろう。

 うん、これは僕が悪い。

 せめて一言かけるべきだった。


「あぁ、ごめん。ちょっと思い付いて、できそうだから試してみたかったんだ」

 素直にそう謝れば、アイレナは笑みを浮かべて首を横に振る。

 どうやら怒ってる訳ではないらしい。

 思い付きをすぐに試したくなるのは、僕の悪癖の一つだ。

 

「はい、ひと声かけて下さったら、別に構いません。ですが、……そのまま精霊になってしまわれるんじゃないかと、不安にはなります」

 アイレナはそう言って、握ったままだった手に少し力を籠める。

 別に痛くはない。

 痛くはないのだけれど、それは僕を実に申し訳ない気持ちにさせた。


 普通のエルフは、ハイエルフが精霊になろうとしてると感じても、それを貴びこそすれ、不安になったりはしない。

 でもアイレナがそこに不安を感じるのは、精霊ではなく僕を必要としてくれているからだ。

 いやまぁ、たとえ今、僕が精霊になったとしても、彼女が生きる時間が終わるまではずっと傍に居るだろうから、結局のところ大きな違いはないのだが。

 それでも、次からは人離れした真似をする時は、ちょっと気を付けようとは思う。



 目的の島、古い海図によればヴィザージュ島の上空に辿り着いた僕らは、ヒイロに山の上へと降り立って貰った。

 浜辺に比べれば、この山の上ならまだしも人魚からは目立たないだろうからと、そんな風に考えて。

 ただ僕らが島にやって来た事自体は、人魚にはもう伝わってるかもしれない。

 以前、扶桑の島で、僕が人魚のミズヨに最初に会った時、

『水がとてもはしゃいでるわ』

 なんて風に言われた事がある。

 これは恐らく、ハイエルフが現れた事による水の精霊の活性化を感じ取って、はしゃいでると表現したのだろうと思う。


 他の人魚と港ですれ違った時には、特にその辺りで注目されなかったから、もしかするとミズヨが人魚の中でも特別だったのかもしれない。

 だけどミズヨのような人魚が一人きりだとも考え難いし、僕が島に降り立った事で活性化した水の精霊を、この島に住む人魚の誰かが感じ取っている可能性は十分にあった。

 なので堂々と会いに行こうと思ってる。


 だがそれよりも気になるのは……、

「この島、意外に魔物が多そうだね」

 思っていたよりもこのヴィザージュ島が、安全な場所ではなさそうな事だった。

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