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 不慣れな足場以外の障害はなく、僕らは雲の上の巨大建造物へと辿り着く。

 しかしそれにしても、本当に大きな建物だった。

 何しろ入り口だけでも見上げなければならない程に大きくて、……こんなサイズの入り口が必要な巨人の身長は、ざっと人の五倍以上になるんじゃないだろうか?


 入口の壁に手を触れてみるが、ひんやりとしていて、ツルツルに磨かれた建材の手触りは木でも石でもなく、何らかの金属だ。

 つまりこの雲は、金属製の巨大建造物を支えるだけの強度があるという事になる。

 もちろん金属だから重い、と決まった訳ではないのだけれども。

 少し……、いやかなり建材の金属に興味を惹かれつつも、僕はアイレナと共に中へと踏み込む。


 中も、とにかく何もかもスケールが大きい。

 天井は途轍もなく高いし、空間が広過ぎてここが部屋なのか廊下なのか広間なのかも、判断には迷う。

 柱や壁、天井に施された装飾すらも大きいから、その迫力にはどうしたって目が奪われる。

 これを見られただけでも、わざわざ雲の上まで来た甲斐はあったと思うくらいに、荘厳であった。


「エイサー様、ここは……」

 周囲の光景に心躍らせてしまってる僕に、隣のアイレナが警告を発する。

 あぁ、一応、彼女が言いたい事もわかっていた。

 壁や柱、床を構成する建材の金属には、地の精霊が宿っていない。

 どうにも不思議な話だけれど、この場所にある金属は、大地から産出されたものじゃないのだろう。


 もちろんここには、火もなく水もない。

 風は吹きこんでいるけれど、仮にその通り道を閉ざしたならば、その中には精霊の宿るべき物が何もなくなる。

 恐らく巨人は、明確にそれを意図して、この建造物を建てていた。


「そうだね。今のうちに松明でも用意しておこうか」

 とはいえ、外から精霊が宿る何かを持ち込めば問題はないだろう。

 僕もアイレナも水袋は持っているが、力を借りられる精霊を増やすなら松明を灯して持ち歩けばいい。

 幸い、僕も彼女も、火の精霊との仲は良好である。


 いや、少し違うか。

 森に住むエルフは、ハイエルフもそうだけれど、火の扱いに慎重過ぎて、火の精霊と接する機会は限られている。

 それでも火の精霊は、エルフやハイエルフを好いてくれているけれど、接する機会がなければ、当然ながら助力を得る機会もない。

 故に多くのエルフやハイエルフは、火の精霊の力を借りる事に慣れていなかった。

 僕とアイレナはその機会が多く、火という力の扱いに熟練してるだけの話だ。

 別に僕のように鍛冶師にまでならずとも、火と触れ合う機会を増やせば他のエルフやハイエルフにだってそれは身に付く。

 殊更に僕らが特別だと勘違いすべき話ではないだろう。



 さて、建造物の中を暫く進むと、広い部屋の中央に大きな螺旋階段が見えてきた。

 見上げれば、螺旋階段は高い天井を突き抜けて、どこまでも上へと伸びている。

 そして螺旋階段の高さよりも問題なのは、その一段一段が、僕の身長とは言わないまでも、胸までくらいはある事だ。

 流石にこれを上がるのは、一苦労どころの話じゃない。

 せめてそこに地の精霊が宿っていれば、段差を細かく刻む事もできたのだけれど……。


 だけど僕らが、上は後回しにして、他から調べて回るべきかと考えた時、一段目の階段がボゥッと淡い光を放つ。

 まるで早くそこに乗れを言うかのように。


「私が先に参ります」

 なんて言葉と共に颯爽と階段に向かうアイレナを、僕は腕を掴んで止める。

 まぁ胡散臭く、罠のように感じるのは当然の感性だと思うけれど、ここで僕らを嵌める意味はない。

 仮に巨人が僕らを排除したいなら、風の通り道を絶った上で、手っ取り早く天井を崩して生き埋めにでもすればいいのだ。

 地の精霊が宿らぬ建材で押し潰されたなら、僕にも取れる手段はあまりなかった。


「そんなに心配しなくても大丈夫だよ。折角招いてくれてるみたいだから、一緒に乗ろう」

 それよりも、万に一つ、アイレナと分断される方が僕は困る。

 彼女はエルフとしては飛び抜けた実力者だが、流石に単独では巨人に対して抗う術は持たないだろう。

 仮に僕と分断されれば、アイレナの存在は人質となる。


 しかし単独で巨人に対して抗う術を持たぬからといって、無力であるとは限らない。

 分断されずに、一緒にさえいたならば、彼女の力は巨人の虚を突く一手となり得る筈だ。

 巨人が新しい人の一種族であるエルフを侮っていたり、それどころか眼中にさえ入れていなければ、尚更に。

 もちろんそんな一手は必要とならない方が良いのだけれども。


 僕とアイレナを乗せた階段は動き出し、まるでエスカレーターのように僕らを上へと運んで行く。

 とはいえ当然ながら、僕が前世の記憶に知るエスカレーターとは全く違う仕組みで動くのだろう。

 そもそも僕が知るエスカレーターの仕組みは、こんなに長い螺旋階段には用いにくい筈だし。


 アイレナは、動き出した階段に少しばかり驚いた様子だったけれど、すぐにそれを受け入れて周囲を警戒していた。

 僕が前ばかり見てるから、それ以外は彼女が見ててくれるらしい。

 階段が動くという、アイレナにとっては未知の体験にも、彼女は慌てずに必要と思える行動を自らの判断で取ってくれる。

 それがとても心強い。


 でもこれだけ大袈裟に僕らを誘ってくれたのだから、きっとこの螺旋階段の終わりには、巨人が待っている筈だ。

 大きく荘厳な建造物に、動く階段。

 これらを見せられた事で、僕の巨人への興味はより一層高まっている。

 僕が巨人の存在を強く意識したのは、アイレナに白の湖への手掛かりを探して欲しいと言われた時。

 その後、扶桑樹の記憶を夢に見て、巨人の実在を確信した。


 もう僕の時間感覚でもそれなりに前の話だけれども、漸く巨人に会えるのか。

 何が起きるかわからないというのに、些か不謹慎、不用心かもしれないけれど、僕の心はやはりワクワクとしていて、今をとても楽しく思う。

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