242
目的地は決まっているけれど、行く道には迷う。
そんな状態で旅を始めた僕が向かうのは、やはりヴィレストリカ共和国。
もちろんまだ船に乗ると決めた訳ではないけれど、この国には船と一緒に、海を越えた先の情報が入って来る。
プルハ大樹海を回避する為に海路を使う西中央部の情報も、更にその向こうにある西部の情報も、入手するには最も適した場所だった。
何より、ズィーデン南部からはすぐ近くだ。
向かう先の話を耳にし、ついでに美味しい魚介類を心行くまで腹に詰めれば、迷いも晴れて道もきっと定まろう。
頭で考えて先を決めて動くのは元より得意ではないのだから。
風に吹かれて流れる雲を追うように、僕は街道をのんびりと歩く。
ズィーデンが周辺国との戦争を止めてから、もう二十年近くが経つ。
現れる賊や魔物の数も減り、この辺りも随分と落ち着いた。
尤もそれらが皆無になる事は、残念ながらないだろうけれど、しかしそれはどこであっても同じだ。
長く治世が保たれているルードリア王国にだって、街道に追剥の類や魔物が出る事はある。
だからこそ街道沿いの領主はその安全に気を配るし、商人は護衛に冒険者を雇う。
逆に、仮に賊や魔物が皆無になったなら、領主は街道の治安維持を放り出し、職を失った冒険者は、今度は彼ら自身が賊に転じてしまうかもしれない。
つまりは負の要素であっても、その存在があるからこそ世の中が回る一面は確かにあった。
好き嫌いや善し悪しは別にして、悪役が居なければそれを倒す物語は成立しないように。
だとすれば、僕が今は不愉快な思いをするだけだろうと考える西中央部や、西部も、様々な要素が絡み合って今の状態になってるのだろう。
それを自分の目で確かめもせずに避ける判断をしてしまうのは、利口ではあっても僕らしくない気が、少しする。
街道沿いの宿場町を利用しながら南西に進めば、辿り着くのはヴィレストリカ共和国の首都、ヴィッツァ。
商都とも呼ばれるこの都市は、海洋貿易で富むヴィレストリカ共和国の首都でありながら、実は海に面していない。
恐らくは防衛上の理由なのだろうけれど、ヴィレストリカ共和国でも最も大きな港から、北に二日ほどの距離にあった。
但しその港と首都の間は交通網が整備されて行き来はし易く、少しばかりの距離はあっても、機能的には港も首都の一部と認識してしまっても、然程に差支えはないだろう。
また首都が海に面していないからこそ、その機能が港には傾き過ぎず、港から運ばれて来た品を陸路で他国に運ぶ商人が立ち寄り易いという面もあるのかもしれない。
ヴィッツァに辿り着くまでの街道も、僕は大きな馬車と絶えずすれ違ったし、何度も追い抜かされた。
さてそんなヴィッツァで店を巡ったり、酒場で相席をした商人に酒を振る舞って情報を集めたところ、幾つか気になる話を聞かされる。
一つ目は西中央部で、エルフがある国を攻め滅ぼして国土を占拠し、人間の立ち入りを禁じた事。
二つ目は、西部との商取引をする船は、実は西部の国に直接訪れている訳じゃなく、その南方にある大きな島国で取引が行われてるって話。
最後に三つ目は、その西部では獣人を中心とした複数の種族の連合体が、人間の国々を相手に大規模な戦いを繰り広げていて、その戦いが複数の種族の連合体に優位に傾きつつある事だった。
一つずつ話を整理すると、まず西中央部では、西部の宗教が伝わって流行り出した頃に、エルフを奴隷として捕えようとする事件が相次いだらしい。
するとエルフ達は身を守る為に小さな森の管理を放棄し、大きな森に集まって暮らすようになったのだとか。
しかしそれでもエルフに対する人間の欲は止まず、森を焼いてあぶり出そうとする蛮行に、エルフも武器を手に戦うようになったらしい。
そして近頃、それまでは身を護る為に戦うばかりだったエルフが、自ら攻勢に出て人間の国を滅ぼし、その領内から全ての人間を追い出したのだという。
……何というか、実に最悪の流れを聞かされた気分だった。
エルフが人間の欲を逃れる為、小さな森の管理を放棄して大きな森に集まった理由は、人除けの結界を張れる霊木が存在するからだ。
もちろんエルフは、自らが住む森を愛しているから、その管理を放棄するには多大な決心が必要だった筈。
要するにそんなエルフが森を離れざるを得なくなる程に、人間はエルフを狩り立てたのだろう。
だがこの話の性質が悪いのは、エルフが管理を放棄した事によりその森では魔物が繁殖し、餌を求めて森の外に出た魔物が人間の国の治安を脅かす。
魔物の害が増した事で不安になって人間は、心の安定を求めて強い宗教に縋り、その結果として西部の宗教は西中央部で勢力を伸ばした。
すると人間以外の種族への、当然エルフに対しても、西部の宗教を信仰した人間の攻撃、迫害が勢いを増すという、負のスパイラルに陥ったのだ。
いや、人間以外の種族に対してだけでなく、それ等を人間と平等の存在だと説く、豊穣神を崇める人々にも、西部の宗教からの攻撃は始まる。
僕がこの話の何を最悪だと思うのかと言えば、かつてルードリア王国で、貴族がエルフを奴隷にしていた一件が、転がり方を間違えれば今の西中央部と同じような事態に発展していたかもしれないって事に対して。
つまりあの、エルフを奴隷とする手法に関しては、西部の宗教がルードリア王国の貴族に伝えたと考えて、ほぼ間違いなかった。
人が何を信じてどんな思想を持とうが、それ自体は自由だけれど……。
今のところ、西部の宗教は僕にとって、酷く害悪な存在だ。
でもそんな状況で、エルフが反撃をしたという。
自身や森を守るだけでなく、国を滅ぼし人間を追い出す程の攻勢に出た理由。
それは一体何だろうか。
一度そのエルフが占拠した国を訪れて、尋ねてみた方がいいかもしれない。
次に商取引が西部の国々ではなく、南方にある大きな島国で行われてるという話だが……、これは考えてみれば当然だった。
人間こそが最も高い地位にあるとする西部の宗教と、全ては大地の子として平等に扱う豊穣神を崇める教えは、全く相容れないものである。
故に大陸中央部の東側の国々、ヴィレストリカ共和国やドルボガルデからの船は、西部の宗教を崇める国の港には立ち入れないのは至極当たり前の話だろう。
しかし互いの考え方は相容れないが、だからこそ両者の間の取引は大きな利益を生む。
そこで商人達はどちらにも属さない中立の存在、その南方にある大きな島国の住人を間に立てて仲介させ、間接的に取引を行うようになったのだ。
要するに、僕がヴィレストリカ共和国で船に密航したとしても、辿り着くのはその南方にある島国だった。
もちろんその島国には西部の商人も来ているだろうけれど、慣れぬその地で西部の国に行く船を探し、選んで密航するのは、どう考えても酷く手間が掛かる。
そして最後の三つ目。
これは……、そう、きっとこの話には、ウィンが深く関わっているのだろう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます