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 ジャンぺモンを出て数日も歩けば、小国家群を抜けてラドレニアの領内へと入る。

 尤も領内といってもラドレニアの中心部、豊穣神を崇める宗教の総本山がある聖都からは遠い、北の外れになるけれども。

 のんびりとした旅の途中で、僕はそんなラドレニア北部の、とある小さな村を訪れた。


 僕の旅は気まぐれで、街道を通ったり、街道を無視して野や森を突っ切る場合もあるけれど、それでも見かけた町や村には立ち寄る事が多い。

 もちろん事情があれば話は別だが、町でも村でも宿に泊まれば、少なくとも温かい食事を口にできるから。

 またその場所によって少しずつ異なる人の営みを眺めるのは、僕の密かな楽しみの一つだ。

 そして今日、僕は訪れたこの小さな村で、恐らくとてもありふれた、だけど僕にとっては珍しい出来事にぶつかった。


 古めかしい教会の建物が、幾つかの花輪で飾られて、小さな子供達が籠に詰めた花びらを撒く。

 誰も彼もが笑みを浮かべて、テーブルに置かれた料理や酒を口にして、祝福の言葉を口にする。

 小さな村だからだろうか、どうやらこの催しには村人の全てが参加していて、偶然にもこの日に村に立ち寄った僕すらも、その席に招かれた。

 そう、今日はこの村の若い男女が結ばれて夫婦になる儀式の日。

 とてもおめでたい、結婚式が行われる日だったのだ。


 しかし結婚式といっても、結ばれる男女は一組じゃない。

 二組の男女が、同時に主役として皆から祝福を受けている。

 どうやら式を少しでも盛大に行う為に、この村では結婚予定のカップルは、敢えて同じ日を選んで結ばれる様子。

 或いは収穫祭等の祭りと同じように、結婚式を挙げる日は年に一度のこの日、といった風に決まっているのかもしれない。

 こうして若者の結婚式に総出で参加するのも、村にとっては祝日となり、それから村人の大切な娯楽にもなるのだろうし。


 まぁいずれにしても余所者の僕には、村の事情は関係ないから、招かれた以上は精一杯に若い男女を祝福し、饗される食事や酒を楽しむだけだった。

 切り分けられたミートパイや鳥の丸焼き、ワインはこの日の為に村の外から取り寄せたのだろうか。

 見回せば、誰もがとても楽しそうだ。

 もちろん特にこの日を楽しんでいるのは、幸せそうな二組の男女。結婚する当人達。


 何というか、僕も何かをしてあげたかったなぁと、そんな風に思う。

 せめて後一日でも早くこの村についていれば、森に入って猪なり鹿なりを仕留めてきたのに。


 だけどそれにしても感じるのは、中心部を外れていても流石はラドレニアの領内にある村で、誰もがとても信心深い。

 式を進行し、二組の男女を祝福する司祭が聖句を口にするのは当たり前なのだろうけれど、村人達も食事に喜びを感じる度に、酒を飲んで息を吐く時ですら、豊穣神への感謝の言葉を口にする。

 ハイエルフである僕にとって、神を敬う気持ちはあまり共感できるものじゃないけれど、彼らの敬虔さは素敵に思う。


 あぁ、共感できないとはいっても、別に僕は神を嫌ってる訳じゃないのだ。

 ごく単純に、人間にとって神は自らを生み出してくれた偉大な存在かもしれないが、ハイエルフにとってはそうじゃないってだけである。

 寧ろハイエルフにとっては、同じ創造主から生み出され、更には色々とやらかしてどこかへ行ってしまった不肖の弟や妹って感覚の方が近い。

 多くの種族を生み出したその力は凄いと素直に思えるけれど、僕にとっての神は敬うべき者ではなく、自分と対等の存在だった。

 彼らの被造物である人間と、然して変わらず同じように。


 なんて、まぁ口に出せば神を崇める人間の反感を買うだけだから決して口にはしないけれど、多分僕は前世に生きてた頃から、ここの村人達のように信心深くはなかったのだろう。

 ちなみに竜や不死鳥、特に精霊と比べれば、何故だか不思議と神の方が遠くに感じる。

 これは本当に僕にも不思議なのだけれど、古の五つの種族と神が別に扱われているのと、何か関連があるのだろうか。



 まぁ神や古の種族はさておき、それにしても、うん、のどかでいい式だった。

 でもエルフのキャラバンに属するヒューレシオだったら、歌でこの場をもっと楽しい物にしただろう。

 或いはレビースだったら、簡単にでも二組の男女の似姿を描いたかもしれない。

 けれども僕には彼らのような特技はなく、……一体自分に何ができるだろうかと、首を捻る。


 しかしその時、ふと風に湿り気が混じってる事に、僕は気付く。

 食事と酒と、温かな場の雰囲気に魅せられて感知が遅れたが、どうやら雨が近かった。

 このままだと、式が終わるまでには降り出してしまう。


 無論それは自然現象で、仕方のない話である。

 だけど信心深い彼らは、もしかして今日の結婚式は、神に祝福されていないのではと考えてしまうかもしれない。

 豊かな恵みの神である豊穣神は、天候とも決して無関係ではないから。


 ……あぁ、でも万一、神の加護とやらが本当にあるのなら、豊穣神はこの日、村で行われる結婚式を祝福しているのだろう。

 何故なら、今日は偶然にも僕がこの村に立ち寄り、そして満足の行く歓待を受けている。

 その偶然は、この村にとっては豊穣神の加護と言っても構わない。

 僕からこの村へ、結婚する二組の男女に、贈れるものも見つかった。


 風の精霊、水の精霊、もうすぐ雨を降らせようとしてる友に、僕はこっそりと願う。

 これから降る雨を、少し遅らせてくれと。

 ずっと降らないのも困るけれど、せめて明日までは待って欲しい。


 僕の前世の知識では、結婚式はハレの日だ。

 ハレの日は節目のめでたい日で、その語源は晴れだった。

 晴れの舞台って言葉もあるくらいに、祝い事には青い空が嬉しいから。

 だから僕は、この日に結ばれる二組の男女に、青空を贈る。


 もちろんそれを僕の贈り物だなんて言わないし、明日になって雨が降れば信心深い村人達は、雨が一日ずれた事を豊穣神の祝福だと喜ぶだろう。

 だったらそれは、その方がいい。

 偶然訪れたハイエルフが空を晴らすよりも、村人達にとっては、神の祝福を感じられた方が嬉しいだろうから。


 それを想いながら浴びる明日の雨は、きっと僕にも、旅の最中であっても心地良い。

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