二十章 受け継がれるもの

第200話


「よくぞ無事に帰られた。私が生きてる間にもう一度会えた事、本当に嬉しく思います」

 ヨソギ流の当主の一族、僕にとってはカエハの子や孫、曾孫達が集まった部屋で、最初に口を開いたのは既に先代の当主となったシズキだった。

 他にこの場に居るのは、今の当主であるトウキと、その姉であり、僕の鍛冶の弟子でもあるソウハ。

 更にトウキの伴侶と子が二人、ソウハの伴侶と子が三人だ。


 トウキの伴侶は初めて見る顔だが、ソウハの伴侶は僕が鍛冶を教えた一人である。

 子供達の年齢は、トウキの子が十三歳と十歳で、ソウハの子が十七歳、十五歳、十三歳。

 性別は年齢を述べた順に、男の子、女の子、男の子、男の子、女の子だろう。


 それから今はこの場に居ないけれども、カエハのもう一人の子、ミズハはヴィストコートの町に根付き、その子らが向こうで新たにヨソギ流の道場を立ち上げたとか。

 あぁ、随分と増えたなぁと、そう感じる。


 でも今回が初対面になるカエハの曾孫達は、少し僕の事を不審げに見ていた。

 まぁそりゃあそうだろう。

 だって僕の立場は、実はヨソギ流にとってかなり複雑だ。


 一応はヨソギ流の弟子になるけれど、現在の当主どころか、先代当主よりも先に剣を学んでいて、鍛冶に関しては僕がヨソギ流の師になる。

 しかも見た目は老いを感じさせないエルフ、ハイエルフだから、彼らが戸惑うのも無理はない。

 特にソウハの子らにとっては、自分の母が師と呼ぶ存在を、どう受け入れて良いのか迷うだろう。


 だがシズキは一族の皆をぐるりと見回し、

「……この中には、エイサーさんを話でしか聞いた事がない者も多かろう。彼は私にとっては父のような方だ」

 そんな風に、僕の事を語り始めた。

 もちろん僕とシズキの間には血の繋がりはないし、そもそも僕は彼の実父を知っている。

 だけどシズキにそんな風に言われて、僕が嬉しくない筈がない。


 思わず表情が崩れそうになるのを必死でこらえていると、

「けれども失礼がないように、とは言わない。気に食わなければどんな形でも挑んで確かめればいい。この人はお客人ではなく、家族だからな。私も後で、一手挑む心算だ」

 シズキはびっくりするような事を言い出す。

 いやいやそこは、普通は、失礼のないようにって注意をするところだろう。

 ただ、まぁ、確かに、カエハの曾孫達からは、そうやってぶつかって貰えた方が、僕だって嬉しいが。


 しかしシズキに挑まれるのか。

 こちらを見据える彼の顔は、六十を越えてすっかり皴が多くなっているけれど、どうやらまだまだ元気らしい。


 少し安心すると同時に、興味が湧いてきた。

 一体今のシズキはどれ程の腕なのだろうかと。

 当然だが、シズキの肉体のピークは遥か昔に終わってる。

 でもそんな事は承知の上で、シズキは僕と手合わせをすると言っているのだ。

 ならば技は、以前よりも遥かに練っているのだろう。

 そう、命尽きる間際まで、カエハが己の技量を高め続けていたように。


 シズキとの手合わせは、僕がどの程度カエハに近付けたのか、それを知るいい機会だ。

 もちろん喜んで受けて立つ。


 あぁ、シズキだけじゃない。

 今の当主であるトウキとだって手合わせをしても良いし、ソウハと鍛冶の腕比べをしても楽しい筈。

 まぁ彼らにも立場があるから、軽々に動く訳にはいかないかも知れないけれど。

 それから更に次代を担う子供達だって、挑んでくれれば僕は嬉しく思うだろう。


 子供達の中で一番年上の、ソウハの長子であるカイリは、既にその気なのか僕をジッと見ているし。

 鼻っ柱が強そうで、実に良い。

 それは或いは、他の子よりも年長であるという認識がもたらすものだろうか。

 そういえば今は母となったソウハも、トウキの姉としての自覚が強い子だった。

 当主になるトウキを支えようとの想いから、鍛冶を志したくらいに。


 懐かしい空気に、やっぱり笑みが零れてしまう。

 だが手合わせや腕比べには心が浮き立つが、その前に一つ、話しておきたい事があった。

 剣や鍛冶を通じて今の僕を知って貰うより先に、彼らは知るべき人がいる。

 それは遥か東の島国、扶桑の国で存在を知った、……彼らの直接の祖先ではないけれど、とても関わりの深い人。

 そう、ユズリハ・ヨソギだ。


 今のヨソギ流の人々は、彼女の存在を知らない。

 扶桑の国からここまでの旅や、ルードリア王国に根付く苦労の間に失伝したのか。

 それとも根付いてからの長い年月の間に失伝したのか。

 ……いずれにしても今のヨソギ流の祖先である、ユズリハ・ヨソギの弟にとって、それはきっと本意ではなかった筈。

 故に僕は、先ずこの話を、今のヨソギ流を継ぐ彼らに知って貰いたかった。


「そうだね。挑んでくれると嬉しいよ。何時でも受けて立つさ。……だけどその前に、一つ聞いて欲しい話があるんだ。結構長い話なんだけど、ね」

 あぁ、カエハの墓には、僕の事ばかりを喋ってしまったから、後でそちらにも話さないとなぁと、ふと思う。

 皆の視線を受けながら、僕は物語を語り始める。

 遥か東に在る扶桑樹の生えた島で、鬼と戦い命と引き換えに退けた女剣士、ユズリハ・ヨソギの物語を。

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