第157話


 遥か東の島国である扶桑の国。

 その首都である央都には、三つの種族が協調している事をさておいても、見るべき点が多くある。


 建築様式も黄古帝国に似ているようで少し違うし、武器もまた同じくだ。

 央都には武芸を教える道場も数多くあって、……色々とヨソギ流を思い出させてくれて、懐かしかった。

 但し彼らが振るうのは、僕が腰に吊るしてるような剣ではなくて、刀だけれど。

 また刀にも、打刀や太刀と、色んな種類があるらしい。


 ……そういえばふと疑問に思ったのだが、僕の鍛冶の師であるアズヴァルドは、一応は僕に刀らしき物の打ち方を教えてくれた。

 遠い国の武器という事で然程に熱心に時間を掛けて教えてくれた訳ではないのだけれど、どうして彼はその方法を知っていたのだろう?

 こんな東の果ての島国で使われてる武器の作り方を教えてくれた割には、少し手前の黄古帝国で使われてる武器に関してはノータッチだったし。

 どうにも少し、気になった。

 もしかするとヨソギ流がルードリア王国に居ついた事と、ドワーフは何か関係してるんだろうか?

 中央部に戻ったら、顔を見るついでに聞いてみようかと思う。


 刀の他にも槍や弓、長物を指導してる道場があって、どれも賑やかだ。

 この手の道場は、あまり見ていると技を盗みに来たのかと思われてトラブルになったりするのが定番なのだが、央都は戦場が近い為か、道場が見物客を拒まない。

 戦場に行く心算があるならうちで学べ、そして生き残り、名を上げろと、そんな風に謳ってる。


 だからそれらを見て回るだけでも時間はあっという間に過ぎて行って、僕が央都に滞在し始めてからもう一週間が経っていた。

 ただ僕が見て回った流派の技には、ヨソギ流との共通点は、残念ながら見出せなかったけれども。



「よっ、尖り耳の兄ちゃん、今日も来たなぁ」

 夕飯時、食事処の暖簾をくぐった僕を呼ぶ声がした。

 見ればテーブルの一つで手招きをしてるのは、三日前に知り合ったこの町の住人であるゴン爺だ。

 三日前に酒を御馳走して、この国の歴史を語って貰ったら、……内容は兎も角としてその堂々とした語り口が見事だったので、それから毎日話を聞かせて貰ってる。

 彼は人間だがもう七十歳を超える老齢にも拘わらず矍鑠としていて、食べっぷりも飲みっぷりも、見てるだけでも気持ちがいい。

 僕は給仕に酒と漬物の盛り合わせを二人分注文してから、ゴン爺が座るテーブルへと向かう。 


「やぁ、ゴン爺。今日も話を聞きにきたよ。食事のついでにね」

 そういってから席に座れば、彼は笑いながら自分の禿頭をつるりと撫でる。

 既に幾らかの酒が入ってるらしく、随分と上機嫌だ。

 まぁ三日の付き合いしかない僕は、不機嫌なゴン爺を見た事はないのだけれども。


 待たせないようにと給仕が酒と漬物を手早く運んで来てくれたので、僕は追加で焼き魚を頼む。

 この央都は、水路を通って人魚がやって来る為、意外と魚が安くて美味い。

 焼き魚といえば米の飯、となるけれど……、酒があるから今日はいいか。


 口の中に漬物を一切れ放り込み、ボリボリと歯応えを楽しんでから、酒をグイと呷る。

 するとゴン爺がぐい呑みを差し出して来るので、大きな徳利から酒を注ぐ。

 暫し互いに言葉もなく、漬物と酒を楽しむ。

 ボリボリと漬物を噛む音はするから、決して静かではなかったが。


 語り合って飲むのもいいが、まずは酒を楽しんで喉を潤す。

 今はそんな時間で、ゴン爺もそれに付き合ってくれてる。


 漬物と酒を楽しんでると、焼き魚が運ばれて来たので、取り敢えず先に頭を取って骨を外した。

「そういえば一昨日も思ったが、兄ちゃん箸で魚を喰うの、随分と上手いなぁ」

 身を解す僕に、ふと彼はそんな事を言う。

 あぁ、うん、そういえば、外から来た僕が器用に箸で魚を食べてたら、不思議に思うのも無理はない。


「……うーん、習ってた剣術の道場でご飯を食べる時に箸は使ってたし、黄古帝国にも数年いたからね」

 本当は前世の記憶があるからなのだろうけれども、取り敢えずはそう誤魔化す。

 話して信じて貰えるとは思えないし、信じて貰えたところで意味もない。

 そう返事を返せば、ゴン爺は納得したようなしてないような、曖昧な表情で頷いた。


「まぁ、いいさ。しかし剣術かい。確かに兄ちゃんは、かなり腕が立ちそうだもんなぁ」

 酒を口に運ぶ彼に、僕は笑みを浮かべて魚をつつく。

 腕が立つとは言われたが、僕から見ればゴン爺もまた同じくだ。

 流石に黄古帝国の仙人、王亀玄女には及ばないだろうが、ゴン爺の何気ない動きの一つ一つは、驚く程に隙が見えない。


 ゴン爺は酒を飲めば昔は戦場で活躍した戦士だったと朗々と語るが、それは紛れもない真実なのだろう。

 いやもちろん、酔っ払いの話だから多少の誇張もあるだろうけれど。


 ただ雰囲気的には刀や弓って感じじゃなくて、……恐らくは槍の使い手だ。

 この世界の人間の平均的な寿命を越えてる彼が、今でも槍を握って振れるかどうかは、些か疑問に思う。

 ゴン爺なら意外と軽々と振り回せそうな気もするけれど、あぁ、軽めの棒でも握れば、今でも十分に強い筈。


「そういえば兄ちゃんはよ、この国の歴史が知りたいんだったよな?」

 僕が魚の身を半分程平らげた所で、そろそろ頃合いかと思ったのだろう、ゴン爺が確認するように問うた。

 その言葉に頷き、僕が彼の器に酒を注げば、ゴン爺はそれを飲み干して満足気に笑い、

「よし、じゃあ俺の知人で賢い奴を紹介してやろう。丁度昨日から、ウチに泊まりに来ててな。兄ちゃんと同じで長生きする奴だから、昔話にも詳しいぞ」

 なんて言葉を口にする。


 この扶桑の国で、鬼を人に含めないなら、長生きする人の種族は唯一つ。

 人間は当たり前だが人並にしか生きず、翼人はむしろ人間よりも成長が早くて寿命は四十年程と短い。

 すると残る種族は唯一つ。

 そう、人魚だ。


 人魚は不老で、不死であるなんて迷信を信じる人がいる程に、寿命が長い。

 黄古帝国の仙人曰く、人魚の寿命は四~五百年もあるという。 

 ……ふと、あんまり長生きしないなって思ってしまうけれども、それはエルフやハイエルフと比較すればの話で、他の長寿の種族に比べても五百年は随分と長い方である。


 確かに人魚の知識人なら、僕の知りたい歴史の話を、詳しく知ってる可能性はあった。

 いや仮に歴史に詳しくなかったとしても、人魚に色々と話を聞けるだけでも十分にありがたい。

 海中にある人魚の町、蜃に関してや、彼らの食生活等、知りたい事は沢山あるのだ。


 僕は残った魚を平らげ、ゴン爺は残りの酒を干してから、勘定を済ませて席を立つ。

 まだ腹は八分にも満ちてないけれど、それよりも興味のある出来事が待ち受けているのだから、これはもう仕方がない。


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