第114話


 夜、僕らは町の酒場で食事を取る。

 今、エルフのキャラバンは僕を含めない人数は八人だ。

 アイレナ、ヒューレシオ、レビースの他に、護衛を兼ねた冒険者のエルフが三人と、森を出て来たばかりでまだ生き方を決めかねてるエルフが二人。


 だが全てのエルフ達が酒場で食事を取る訳ではなく、八人のうち二人は、町に滞在する間も常に馬車を見張っていて、寝泊まりも馬車の中で行う。

 というのもこのキャラバンが運ぶ荷は、ドワーフから買い付けた武器防具や、エルフの森で採れた果実や薬草等と他では手に入らない物が多いので、馬車を完全に空にしてしまうと荷を狙われる恐れがあるからだ。

 たとえ取引相手の商会の敷地内に馬車を停めていたとしても、油断はできない。

 目の前に無防備な餌がぶら下がれば、人の欲は時に理性を上回ってしまうから、愚かな判断を下す事は、……割と多々ある。


 故にエルフ達は町中であっても馬車を決して空にはせず、交代で人員を残して、隙を見せないようにしていた。

 それが自分の為であり、また相手の為でもあると、人間の世界で長く過ごすエルフは良く知っているから。


 でも折角町中に居るのだから、馬車を見張る当番であっても、温かい食事位は取りたいだろう。

 僕はアイレナに一言告げて、包んでもらった食事を馬車へと運ぶ。

 受け取ったメニューはシチューと柔らかな白パン、骨付きの鳥肉に、それから酒精の弱い葡萄酒だ。

 葡萄酒は酔えるだけの量はないけれど、食事の楽しみを一つ引き上げてくれる役には立つ。


 一応、僕はエルフのキャラバンでは客として扱われてて、馬車の見張りを任される事はない。

 だからこそ食事を運ぶくらいは、進んでその役割を買って出たいと思う。


 ヒューレシオは昼間もあんなに騒いだのに、夜の酒場でも歌ってる。

 吟遊詩人の彼は一見優男に見えるけれど、実際にはとてもタフだ。

 その歌声を背中に、僕は夜道を馬車へと歩いた。

 手にした食事が冷めないように急ぎ足で、けれども溢さないように慎重に。



 今日の馬車の見張り当番は、キャラバンの中ではアイレナに次ぐ実力があるベテラン冒険者のジュルチャと、森から出て来たばかりのピューネ。

 因みにジュルチャは男性で、ピューネは女性だ。


「おお、エイサー様。飯ですか! ありがたいです!」

 いち早く僕の接近に気付いたジュルチャが馬車の幌から顔を出し、片手をあげて僕を出迎えてくれる。

 その言葉にピューネも、同じく顔を出してキョロキョロと見回し、こちらを向いて頭を下げた。

 僕はジュルチャが幌を捲って迎え入れてくれた馬車に上がり込み、二人の食器に鍋に入れて貰ったシチューをよそい、パンと鳥肉を配る。

 それからジョッキに葡萄酒を。


「わぁ、美味しそうですね!」

 並べた料理に嬉しげな声をあげるのはピューネ。

 彼女はまだ百二十歳くらいの若いエルフで、森から出たばかりだからか、人間の食事が毎回楽しくて仕方ない様子だった。

 僕が故郷、プルハ大樹海の中央部である深い森で過ごしていた時は殆ど果実ばかりを口にしていたけれど、他の森に住むエルフだって基本的に食生活はそれほど大きくは変わらない。

 時にはキノコ類や倒した魔物の肉を口にする事もあるそうだけれど、単純に焼く程度で人間のように凝った調理はしないから。

 森の外に馴染めないエルフは、まず最初に食事で躓くケースが多いと聞く。


 その点で言えば、ピューネは実に食事を美味しそうに、嬉しそうに楽しそうに食べるから、見てる方も気分がいい。

 食事を届けてすぐに引き返すのも何だか申し訳なくて、僕は馬車の中に腰を下ろす。

 どうせなら戻る際に、シチューの鍋や皿を回収して行った方が二度手間にならないだろう。


「そういえばエイサー様、昼間の、かみしばい? 凄かったです! ハイエルフの方って、あんな事まで知ってるんですね」

 少しはしゃいで話しかけてくるピューネに、僕は思わず苦笑いを浮かる。

 だって僕が紙芝居を知ってるのは、ハイエルフかどうかなんて全く関係ないから。

 かといって前世がどうのとか、上手く説明できる気もしないし。


「うぅん、どうかなぁ。単なる思い付きだよ。本とか、結構好きだしね」

 だからこの言葉はとてもごまかしの混じった物だけれど、他に言い様もなかった。

 隣でジュルチャが少し首を傾げるが、特には疑問を口にしない。

 そしてピューネは僕の言葉を疑う風もなく、ウンウンと頷きながらシチューを木匙で口に運ぶ。


「ふぇも、んっく。凄いですよ。エイサー様は。私なんて、まだ何をして良いかもわからないのに、森を飛び出してきちゃっただけで、皆さんと一緒じゃなかったらどうなってたか……」

 口に物を入れたまま喋りかけて、飲み下す彼女。

 まぁ確かに、ピューネは行動を見てる限り、ちょっと迂闊な印象があった。

 だけどそれはまだ人間の世界に不慣れだから、行動の判断基準が彼女の中で育っていないせいだ。

 まずは森の外での常識を知り、安全、危険の区別がつくようになれば、迂闊に思われる行動も少しずつ減っていくだろう。


 また知識が増えれば、やりたい事を見付けられる可能性だって高くなる。

 例えば冒険者をやるのだって、皆は一口に冒険者って呼ぶけれど、剣士も居れば弓手も居て、エルフなら精霊術師としてだって冒険者になれる。

 吟遊詩人だって画家だって、鍛冶師もそうだけれど、それがどんな職業なのかを知らなければ、憧れだって生まれない。

 ゆっくり知識を増やしていけば良いのだ。

 若いエルフであるピューネには、たっぷりと時間はあるのだから。

 エルフのキャラバンは、その為の場所でもある。


 因みに僕のお勧めは踊り子だ。

 エキゾチックな衣装を着て、ヒューレシオの奏でる曲に合わせて踊れば、大人気は間違いない。

 エルフは別に露出を過度に多くする必要はないと思うから、逆にフェイスベールで口元を隠して、ひらひらとした布を……、あぁ、ベリーダンスのイメージだ。

 アイレナは絶対にやってくれなさそうだけれど、ピューネならばもしかしたら、上手く勧めればその気になってくれるだろうか。

 もちろん最終的には自分のやりたい事をすれば良いのだけれど、それを見付ける為にも色んな経験は必要だから。


 或いは自分が踊るのが恥ずかしければ、人形師というのもありだろう。

 作る方も、操る方も。

 精霊の力を借りての演出は、恐らく紙芝居よりも、人形劇の方が相性が良いし。


「でも何かをしたいって思うなら、まずはそうだね。次はピューネが紙芝居の読み上げをしてみるといい。子供が夢中で見てくれるのって、結構楽しいし、嬉しいからね」

 僕は笑って、彼女にそう勧めてみる。

 何でもまずは、やってみる事。

 折角勇気を出して森の外に飛び出したのだから、そうしなくちゃ勿体ない。


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