パトリツァ・コンタビリタ 二十二
外出が決まると、あの方はてきぱきと馬車を手配したり、使用人に留守の事を言いつけたりしていました。
どうしても侍女を同伴すること、護衛をもう一人随行させることだけは絶対に譲れないとおっしゃるので、仕方なく妥協してやる羽目にはなりましたが。物わかりが悪いにもほどがありますが、それでも外出そのものができなくなってしまうよりはましでございます。
わたくしは海よりも広い心をもってあの方の我儘を許してやりました。
無事に外出が決まり、大急ぎでプルクラ様にことの次第をお知らせする手紙をお送りいたします。その間にもろもろの手配を終えたあの方が身支度を終えてやって参りました。
腰には柄の広い平べったい短剣、そして背に己の身長よりも長い、槍とも斧ともつかない野蛮な武具を背負っています。
大変です。あの方がいつも携えているあの巨大な武器は絶対に持ってこさせないようにとプルクラ様にもエスピーア様にも重々念を押されていたのに、すっかり忘れておりました。
「まあ、なんて野蛮なお姿でしょう。そんな無粋な武器は置いて行ってくださいませ。神聖な教会や孤児院にはふさわしくありません!!」
「これは護衛のためにどうしても必要です。武器を持ち込めないなら外出はできませんよ」
「武器ならその腰の剣だけで充分でしょう!! そんな醜い武器を持たなければ出かけられないなんて、わたくしへの侮辱ですわ!!」
わたくしが大声をあげて泣き崩れますと、あの方はまた深々とため息をつかれました。無礼極まりない態度ですが、とにかくあの槍だか斧だかわからない変なものだけは手放させなければ。
「……仕方ありませんね。武具を持ち換えてきますのでしばしお待ちを」
「なりません!! どうせ誤魔化して、外出そのものをできなくするつもりなのでしょう? そうやってわたくしを監禁してお家を乗っ取る陰謀なのですわ!! 今すぐ出発しなさい!!!」
馬車の前で、毅然とあの方を叱りつけると、あの方はまた深々とため息をつき、わたくしを呆れたような目で見やります。なんと下品で無礼な
今すぐ厳しく罰してやりたいと思いましたが、今は大事の前の小事です。大人のわたくしは寛大な心で無礼な態度を見逃してやる事にして、門番にすぐあの無粋な武器を取り上げるよう命じました。
あの方は門番が途方にくれる様子を見て観念したようです。おとなしくあの巨大な武器を門番に渡すと、わたくしと侍女を馬車に乗せました。
護衛とあの方は御者台で警備しながら馬を走らせるそうです。おかげで道中、不愉快な人と会話をせずにすみます。後はプルクラ様、エスピーア様があの方にお灸を据えていただいて二度と逆らえなくして下さるのを待つのみです。
プルクラ様に指示された通りの道を通って孤児院へと向かいますと、あまり人通りのないあたりで細い横道から急に荷馬車が走り出て、わたくしどもの馬車の横腹にぶつかってしまいました。
そのまま我が家の馬車は横転し、わたくしたちはあちこちぶつけてしまいます。荷馬車に乗っていたものたちは、貴族の馬車にぶつかるという大それた失敗を犯したことを恐れてか、あっという間に荷物も馬車も置いたまま逃げ出してしまいましたわ。
「痛うございますわ。お前、馬車をなんとかしなさい」
わたくしは事前にプルクラ様からいただいた指示通り、あの方ではない方の護衛に指示して馬車をたてなおさせます。護衛があわてて作業にとりかかろうとしている間にすたすたと路地の奥へと向かいました。
もちろんプルクラ様のご指示の通り。そうやってわたくしが一人でずんずん歩いて行きますと、慌ててあの方と侍女が追いかけてきました。
「夫人、お待ちください。危険なので馬車から離れないで」
「お黙りなさい、このままではプルクラ様との待ち合わせに遅れてしまいますわ。つべこべ言わずについてきなさい」
反論を許さず毅然と言い捨てて、プルクラ様に教えていただいた通りの小路に入り込んでいきます。
そしてある狭い路地にさしかかったところで……打ち合わせ通り、道の前後をふさぐように覆面の人物が躍り出てまいりました。
これであの方も一巻の終わり。わたくしも晴れて自由の身となって、また皆様の賞賛と憧憬の的になるのですわ。
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