エルネスト・タシトゥルヌ 九
ディディが教会に呼び出された日。
案の定、教会に行くとぐったりした様子のディディが一人で放置されていた。
ここまで衰弱しているのに、粗末な控室に今にも壊れそうな椅子と机があるだけだ。ディディは普通に座っている事もできずに机に突っ伏している。
「何が、確実に送り迎え致しますのでくれぐれも侯爵様がお迎えに来ることなきよう、だ」
半ば意識のないディディを抱き上げてそのまま馬車に運ぼうとすると、神官に引き留められた。
「侯爵様、これはその……違うのです」
「何がどう違うのか知らんが、彼は連れて帰る。こんなに衰弱しているのに、まともに座る事もできないような部屋にいては生命が危険だ」
「もちろんちゃんとした休憩室をご用意している最中で……」
「だったら支度は不要だ。今すぐ連れて帰る」
強引に協力を求めてきたんだから、休憩室くらい最初から支度しておけ。そうでないならば最初から用意するつもりがなかったんだろうが。
そう怒鳴りたい心を必死に抑えてさっさと神殿を後にした。
屋敷に戻るとディディを抱いたまま執務室に向かう。
彼の私室で休ませようとも思ったが、1人にしておいて何かあったらと思うと、ずっとついていられる執務室の方が良いだろう。いっそここに寝台を持ち込んで休めるようにしておこうか。
ソファに寝かせたディディの傍らでかき込むように夕飯を摂る。
浅い呼吸を繰り返す苦し気な寝顔を見ているだけで胸がつぶれそうだ。顔色も紙のよう……を通り越してすでに青白くなっている。
「腎不全はここまで悪化しちゃうと息苦しくてすごくしんどいんだよ」
極上のパパラチアのような瞳を潤ませて言った彼の言葉を思い出す。
苦しんでいる人がいて、自分はそれを解消する力を持っていて、助けを求められた。だから持てる力を使って助けただけ。
彼にとってはただそれだけなんだろう。
そのために自分がどれだけの代償を払わなければならないかも、その見返りが何もない事も、彼にとってはどうでも良い事なのだ。
わかってはいても腹が立つし理不尽だと思う。
奪うだけ奪っておいて、功績は自分たちのものにしてしまう。代償はすべて彼一人に押し付けておいて。
彼が目を覚ますまで、とても休む気になれずに執務に没頭していたが、夜半にふと気付くと彼が無言でこちらをじっと見つめていた。慌てて駆け寄って声をかける。
「起き上がれるか?」
まだ声を出せないようだ。黙って目を伏せる仕草が痛々しい。
「いい、無理をするな」
苦し気に浅い息を吐く彼は、全身にじっとり汗をかいている。
とりあえず水だけでも飲ませたいと、水差しを持ってきたが、自力で飲むことは難しそうだ。俺は口移しで水を飲ませることにした。
まだ意識が
なんとかこくりと飲み込んでくれた事に
こんな時にいけないと思いつつ、柔らかな唇の感触と、絡み合った舌の感触につい意識が行ってしまう。
過去のおぞましい事件はディディの肉体にも精神にも、一生消えない傷跡を残した。俺の想いは決して伝えてはならないし、身体を繋げる事も決してできない。
それでも彼の肉体を感じたい俺の浅ましい意識は僅かな触れ合いから彼の情報を極限まで拾い上げようとする。
何とはなしに、彼の生命の息吹を感じた気がして、そこに俺の生命を吹き込むような、そんなイメージが脳裏をよぎる。そう、わずかに触れあった互いの肉体から生命の息吹が互いの身体をぐるりと巡るような。
じぃん……と頭の芯が痺れるような感覚と共に、じんわりと身体が温かくなる。
身を起こした時、不思議と軽い眩暈を感じた。
何故か魔力を一気に使った後のような、軽い酩酊に似た感覚がある。
ふと気付くとディディの呼吸が苦し気な浅いものではなく、ゆったりと落ち着いたものに回復していた。心なしか蒼白だった顔色にもうっすら朱がさしている。
気のせいかもしれないが、もしや……俺はもう一度水を口に含み、未だ力なく開いたままの唇に口付けた。
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