5:予言
「捕獲完了っと。ムラシーAV止めて」
義母と思われる女性が絶頂の叫びをあげる瞬間モニターが全て消えた。こんな状況だというのに、ちょっと残念に感じてしまう自分が情けない。美子がニヤニヤしながら耳打ちしてくる。
「なによ、そんな残念そうな顔して。後でムラシーに貸してもらいなさいよ。いっっっぱいもってんだから!」
「俺をAV魔人にすんじゃねえよ。大体、これぁ、おめえの私物じゃねえか」
「おい、マドモアゼル」
俺のツッコミを無視して美子は扉をがらりと開け、俺の手を引っ張った。
「さ、出た出た! お仕事お仕事!」
「いや、ちょ、外にはさっきの鬼が――」
「弱らして捕獲したから大丈夫よ」
なんだそりゃ、と口を開く前に俺は外に強引に引きずり出された。
「ほら、イダケンそこに立って」
振り返った俺は固まった。
車の上のトラバサミが大きく広がってがっちりと何か――巨大な金属製の蜘蛛かタコみたいな何か――を掴んでいた。それは脈打つように透明と不透明を繰り返している。
「こ、ここここここれっ――これが、その、鬼っすか!?」
いや、俺を引っかけるためのCG的な何か……。
「だから違うってば」
美子の言葉に俺はがくがくと首を向ける。
「鬼じゃない?」
「そっちじゃないわよ。あんたが今心の中で思ってた事よ。『俺を引っかけるためのドッキリ』ってやつ。
いい? これがくびれ鬼よ。
さ、イダケン、そのまま動かないでね」
美子はそう言ってスマホを俺に向けた。
「はい、
スマホの着信音――ヤクザ映画のイントロ――が聞こえ、村篠さんがスマホを取り出した。
「御頭から確認のメール来たぞ」
美子はオッケーというとスマホを下げ、俺の手を引っ張って車から引き離した。
俺は産まれ立てというよりは死ぬ寸前の老いた鹿のような動きで地面にへたり込んだ。
「気絶しないだけでも優秀よねぇ、助手君は」
おばちゃんはそう言って、ほほほと笑う。美子は俺をちらりと見ると、苦い顔をした。
「だから嫌なのよ。才能のある素人ほどヤバい現場だってのに」
美子はそう言ってスマホをタップした。
トラバサミの真ん中の杭が勢いよく上に突き出し、くびれ鬼の体を貫いた。杭には梵字のようなものが刻まれている。それがぼんやりと紫色に輝くと、くびれ鬼はぼろぼろと崩れていった。老人のような声が酷く遠くから聞こえてくる。いや、それは焼身自殺したあの男性のようであり、不倫の果てにあの廃墟で手首を切った女性のようであり、親に無理やり殺鼠剤を飲まされた子供の物のようで――
美子が俺にハンカチを差し出した。
「それが、あんたの能力の『エンパス』よ。心理学的なアレじゃないわよ? その場にある感情とかの残り滓を読み取って反応することができる能力ね。
あんたの場合は資料やらを読むことによって、幻視の段階まで持っていくことができているみたい。透視、幻視、サイコメトリー、まあ呼び名は色々あるけど同情から始まるみたいだからエンパスでいいかなって」
「……は? 一体何の話ですか?」
美子はしゃがむと、俺の顔を指差した。慌てて俺はハンカチで顔を拭く。涙と鼻水でいつのまにかぐしゃぐしゃになっていた。
「あんた言ったわよね。あたしらの動画を見て元気が湧いてくるって」
「そ、そりゃ面白い動画を見たら誰だってそうだろ!?」
「あんがとね。でも、あんたが廃墟で死にたくないって叫んだのはどう説明するの? 見えたんでしょ? 感じたんでしょ? あそこに残った悲しさを」
「し、知らない! 俺はそんなんじゃ――」
「とぼけてんじゃないわよ! 今あんたが泣いてるのが何よりの証拠よ!
あたしもね、人の心が読めるのよ。普段はプライバシーの問題があるから絶対やらないけどね。あんた、自分でその能力に気づいてるじゃないの。両親が死んだ時にそれを――」
「やめろ!!」
俺は激昂して立ち上がった。
「な、なんの――仮に俺の心が読めるとして、か、勝手にそんな所まで覗くのは失礼だろ!」
美子はすっと立ち上がると、俺の言葉を無視して喋り続ける。
「ちなみにおばちゃんは結界のスペシャリスト。ムラシーは反能力者ね。霊的な攻撃や接触が一切できないの。あたしは色々。親に鍛えられたから大抵のことはできるわ」
「し、知らねえし!」
俺はそう言うと、美子から目を逸らし、村篠さんとおばちゃんを睨む。
「辞めさせてもらいますよ! 絶対辞めさせてもらいますから! 駅まで送ってください! ギャラとかいらないんで!」
村篠さんは首を振った。
「そりゃできねえんだよ」
「どうして!? 番組に穴が開くからですか!? そんなの――そんなの編集で何とでもしてくださいよ! 馬鹿にしても全然オッケーすから、さっさと駅まで送って――」
「政府の公表されてない機関があるんだけど、そこがうちらのスポンサーなの」
何を――何を言い出した!?
美子がめんどくさそうに続ける。
「そこのババア――まあ、日本で一番偉い霊能力者様がいると思いねえ」
おばちゃんが、うふふと何故かしなを作った。
「あたしのお師匠様なのぉ」
「まあ、そのババアが時折有難い
俺は美子を睨む。
「いいかどうか、覗けばいいじゃねえか」
「もう心は読まないわよ。さっきの事は謝るわ、飯館健也。本当にごめんなさい。二度としません」
美子は深々と頭を下げた。俺は困惑する。
「……いや、そんな真面目に……も、もう、いいよ……で、その予言者だかがどうしたってんだよ」
美子は頭を上げると溜息をついた。
「二週間前に託宣が出たの。かいつまんで言うと――『新規採用が起きる。同時にとんでもないことが起きる』」
「……は? 新規採用? なんだそりゃ?」
「で、『解決の糸口はあたしらのサイトで募集して応募してきた奴が握ってる』――ってね」
「………おいおいおいおい」
俺は思わず苦笑いした。
「それは――なんていうか――滅茶苦茶バカっぽくないか? そんなフワッとした予言だかを信じてんの?」
美子も苦笑いする。
「あたしだって信じたくないんだけどね、何しろあのババアが言うことだし無視する事が出来ない。だから試しに募集かけたら自称霊能力者がわんさか募集してきて吐きそうになってたら、とことん普通のあんたが目についたわけよ」
「あ、そういうこと……ってことは他が酷かった?」
「いや酷かった! 寝ても覚めても霊が見えます! とか地震を素手で止めました! とか皮の上からトウモロコシの粒の数が判ります! とか」
「最後のは番組的においしくない?」
「ちょっと迷ったわね」
俺と美子は声を合わせて笑ってしまった。
「くそっ、人たらしめ! 笑ってる場合じゃねーだろーに」
「何言ってんの。陰の気を掃うのはいつだって笑いなのよ。だからうちらの番組は地鎮の意味も含めてゆるゆるのお笑いにしてんのよ」
へえ、と素直に感心した。そして、さっきの鬼も受け入れている自分に俺は呆れた。
「さて、募集をかけてきたあんたに実際会ってみたら、妙な気配がする。霊能力、超能力、まあ呼び名は何でもいいけど能力を持っている感じよ。だから、呼び水を飲ませてみた」
「あのラムネか!? おおぉい! なんてもの飲ませてんだよ!」
美子は肩を竦めた。
「ちゃんと説明はしたでしょ?」
「……あれ、ホントだったのかよ……」
「だけどねえ……ぶっちゃけそういうプチ能力者は多いわけよ。やたらと勘の鋭い人っているでしょ?」
「ああ、そういうのも察せられると?」
美子はドヤ顔でVサインを出した。
「優秀ですから!」
俺はすかさず美子の額を軽く張って、先に進めろやと呟く。美子は村篠さんがいつの間にか構えていたカメラに向かって、暴力だよと呆然としたように呟き返した。
「こ、このご時世に! 女子高生の! 額を張って! そのまま押し倒し――」
はよ進めろや、と俺に尻を軽く蹴られ、ありがとうございますと美子は大袈裟に痛がって見せた。
「いや、このくだり使いたいわね。編集で何とかするかな。
で、なんの話しだっけ? ああ、プチ能力者疑惑ね。まあ、ここに連れてきて、テキトーに怖がらせて番組を辞めさせようと考えたわけよ」
「ああ、ドッキリもかねてんのか。うまいね、どうも」
「でしょお? んで、ババアの託宣は外れました~、厄介ごとは勘弁~ってね。スポンサーつったって、連中払いが渋いから危険に見合わないのよね。動画配信の広告料がなかったら、とっくに辞めてるわよ!」
「すごく世知辛い話を聞かされてない、俺?」
「世間なんてそんなもんよ。だけど、あんたは予想以上に能力を開花させちゃってさ、これは困った事なのよ」
それはどうしてって聞いて良いのか俺が迷っている正にその時に、全員がびくりと体を震わした。
「やあ、どうも皆さんお揃いで」
車の向こうから男性がぬっと現れた。
「あら! こんな近くにいたんですかあ?」
美子は嫌みったらしく言うと、俺に耳打ちした。
「さっきスマホで映像送らせた相手よ。政府関係者」
「君が新規採用者だね? 初めまして、飯館君。
男はそう言って、やけに指が長い手を差し出した。
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