第831話 企業乗っ取り計画(1)
――神楽坂グループが所有するビル。
「さて――」
ビルの屋上に降り立ったあと、携帯電話から都の母親である静香さんへと連絡をする。
数コールの着信音。
「大事な会議があると聞いていたが、電話に出られない状態か。とりあえずは――」
俺は波動結界を展開する。
展開範囲は200メートル。
それにより神楽坂静香さんが、どこにいるのかを確認する。
「静香さん以外に10人の男が部屋にいるな」
波動結界で確認する限りでは、大きな会議用の机がある部屋に10人の男達が座っている状況を確認できる。
電話に出られないという事は、会議中ということだろう。
それに、俺が電話をしても業務中だから電話には出られないと。
「どうしたものか」
俺はビルの屋上――、非常階段へと通じる鉄の扉のドアノブに手を掛ける。
「鍵が掛かっているな……電子ロックなら開けることは容易なんだがな」
無理矢理、力で扉を破壊して入ってもいいが、それはそれで問題なきがする。
「仕方ない」
体細胞を構成している原子を操作し、物理世界を構成している原子――、互いの原子を結び付けている構成を反転させることで壁をすり抜ける。
「何となく出来るような気がしたが、できたか……」
本来なら、10%ほど力が戻っていなければ使えない力であった。
「10%まで力が戻っている感じはしないんだがな……」
全体的な力の回復総量としては、どんなによくても8%。
全ての体細胞を活性化させて辛うじて一時的に使えるのは20%前後と言ったところだろう。
「もしかして、以前よりも力の総量が上がっているのか? だが、そう簡単に上がるようなモノでは……」
疑問は尽きない。
だが、今はそれよりも物事を確認する方が必要だろう。
――桂木優斗が、神楽坂グループが所有するビルの屋上の防火扉を通り抜けた頃、鍵ら坂グループの役員と他社の名の知れた者が集まっている会議室では、ぴりついた空気が流れていた。
室内には、大きなテーブルが置かれており、そのテーブルに沿うようにして10脚の高そうな椅子が設置されており、それぞれの椅子に腰を下ろした60代前後の8人の男達と、50代の前後の二人の男が、上座に座っていた神楽坂静香へと視線を向けていた。
その50代の一人が、神楽坂静香を睨みつけるようにして口を開く。
「それで、どう責任を取ってもらえるのか? と、言う話をしているのですが、神楽坂グループの社長が来てからというのは話になりませんな」
男は、苛立った様子で静香を睨みつけた。
「ですから、修二社長は、体調不良で――」
「体調不良ですか?」
嘲笑うかのように、もう一人の50代の男が口を開く。
「こちらの得ている情報では、神楽坂グループの修二氏は、センチュリービルで発生した爆破テロにより死亡したと受けていますが? 現に、神楽坂修二氏の葬儀には私の息子も出席したはずですが? その際に、そちらの客人から一方的な暴力を振るわれたと聞いておりますが?」
「その話は、私も娘から伺っておりますが、娘を一方的に侮辱したことが事の発端だと」
「実際に暴行を受けたのですから、こちらは被害者です」
「ですから娘を侮辱したと」
「侮辱されたからと言って暴力を振るってもいいと考えているのですか? こちらとしては、神楽坂修二氏が亡くなったと聞いて、話が商事から援助をと考えていたのですが?」
「それは、娘を嫁がせるという事でしたわ。それはお断りしたはずですが?」
「やれやれ――。これだから女は――」
肩を竦めた50代の男は視線を椅子に座っていた60代の男達を見たあと口角を上げる。
「我が伊角商事は、神楽坂グループと長年、取引をしてきたことは存じていると思います。だからこそ、社長が表立って動けず社長が死んだという情報が流れて株価が暴落している神楽坂グループを救おうとしているのですよ? その為に縁戚関係の為に、おたくの神楽坂都氏を息子と結婚させるというのは、良い案だと思うのですがね?」
「ですから――」
静香が、断っていると口にしようとしたところで、「よく考えてください。神楽坂グループは、1万人以上の社員の雇用と人生を支えているのですよ? もし、伊角商事からの提案を断るようでしたら――」と、一呼吸、男は置いたあと、
「神楽坂グループに提供しているレアメタルの供給をストップします。それも伊角商事の名において」
「我が住重商事も伊角商事と同じですな。神楽坂グループに提供しているレアメタルの供給をストップさせていただきます。まぁ――」
「どういう理由であったとしても、娘を――」
「社員や会社の存続のために差し出すことは出来ないというのですか?」
伊角グループの社長の――、神楽坂静香の言葉に被せるような言葉に、神楽坂静香は頷くが、周りの黙っていた役員たちは溜息をつく。
「仕方ありませんね。それでは、神楽坂修二氏及び神楽坂静香氏の代表取締役を解任させる方向で手続きを取らせて頂きます」
その伊角商事社長――、伊角信孝の言葉に静香が驚く。
「社外の人間にそんなことできるわけが――」
「神楽坂グループの株価は現在ストップ安です。そのくらいは理解できていないのですか? そして、その株の大半を伊角商事と住重商事で取得しました。さらに――」
伊角商事の社長、伊角信孝が手を上げる。
すると60代の男達が神楽坂静香から目を逸らすようにする。
「すでに役員が持つ株も伊角商事で購入することが決まっています」
「TOB!?」
静香が、慌てる。
そして役員たちを見るが、自身の夫が築いた時から苦楽を共にしてきた60代の男達は全員が目を逸らしていた。
「――ッ」
「現状をご理解いただけましたか? 何をしようとしても、どうにもならない状況に置かれているということを」
「それで会社を乗っ取るということですか……」
「世界的にエレベーター産業ではトップの神楽坂グループですからね。伊角商事としては、十分に利益が出る物件ですから。まぁ、これからは神楽坂氏も大変ですから、娘さんの面倒を見てもいいと考えているのですよ?」
「それは、経営をする上で娘との婚姻があった方が社内を取りまとめる上では有益だからということですか?」
静香の問いかけにニコリと笑みを浮かべる伊角信孝。
「さて、どうですか? 同意いただけますか? まぁ、同意をされてもしなくても、この神楽坂グループは、伊角商事の傘下になることは――」
そこまで、伊角信孝が言葉を口にしたところで、重工な会議室の扉が吹き飛ぶ。
一斉に役員だけでなく、静香や日本二大商事社長の視線が扉が破壊されてポッカリと開いた出入口に向けられた。
そこには、一人の男が立っていた。
「よく分かんねーが」
首を鳴らしながら会議室へと足を踏み入れた黒髪の少年は部屋の中を一瞥したあと、
「異議ありだな」
そう、臆することもなく言葉を口にした。
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