第820話 黄金に魅入られた者たち(17)

 SAT隊員の近くに寄った竜道寺であったが、脈を確認し顔を顰める。


「死んでる? どういうことなの?」


 周囲を見渡し、自分自身と風祭を狙撃したスナイパーを探すが、他に気配が確認できずに困惑する。

 途端に、銃声が竜道寺の鼓膜を揺さぶる。

 立ち上がり、銃声がした方向へと視線を向けると、銃声の発生音は、先ほど風祭警視と別れた集落の方向であった。


「何が、どうなって」


 そう言いかけたところで竜道寺の足首が何者かが掴んでくる。

 咄嗟に視線を自身の足元へと向けると、死亡が確認できていた脈が振れていなかったSAT隊員の亡骸だったはずの者の腕が竜道寺の足首をタイツの上から握りしめていた。


「――なっ!」


 握りしめられていた握力は200キロ近く。

本来、常人であるのなら足首が握力で折れるような事が起きてもおかしくはなかった。

 ただ、身体強化を行っていた竜道寺の肉体は常人の10倍近い身体能力を有していたこともあり――、


「生きている? 違う!」


 状況を確認するために、SATの隊員の表情を伺おうとした竜道寺の目に入ってきたのは、両目が別々にあらぬ方向に向いており舌が垂れ下がったSAT隊員の表情であった。

 それは、間違いなく生きていては無しえない顔。


「ごめんなさい」


 竜道寺は、謝罪の言葉と同時に、SAT隊員の腕を無理矢理に自身の足首から剥がすと距離を取る。

 すると隊員は、ゆらりと立ち上がり懐から拳銃を取り出すと銃口を竜道寺の方へと向けてくる。


「――ッ!?」


 何の殺気もなく銃口の引き金を引く目の前の幽霊のような死体からの攻撃。

 向かってくる銃弾を身体強化した腕で弾くと、地面を蹴り――、


「(桂木神滅流――、円空閃)」


 攻撃してきたSAT隊員と交差した瞬間、身体強化した腕――、指先に力を入れて手刀の形にし四回振るう。

手刀による空撃。

閃光のごとき衝撃波が発生し、SAT隊員の四肢が砕ける音が周囲に響き渡るが――、


「アアアアアアアアアッ」

「止まらない!?」


 四肢の骨を完全に砕いたというのに、SAT隊員の亡骸はまったく動じることもなく動きを止めることもなく銃口を竜道寺に向けてくる。


「くっ!」


 考える時間は殆ど残ってない。

 竜道寺がSAT隊員の亡骸と戦闘をしている間にも集落の方からは断続的に発砲音が聞こえてきていたから。


「(師匠、私はどうしたら――)」


 同じ人間を相手にすること。

 その事に対して桂木優斗から問いただされていたこと。

 

 ――竜道寺、お前は敵対してきたやつが同じ人間だったらどうするつもりだ?


 そう問いかけられたこと。

 その時には竜道寺は「私は警察官です。守ります」と、答えていた。


 ――そうか。だが、どうしても守れない時はある。だから、その時は優先順位を決めておくことだな?


 その桂木優斗の問いかけには、竜道寺は答えることはできなかった。

 何故なら、桂木優斗を師事した一番の決意は、自国民を守ること――、警察官としての在り方を守ることであったからだ。


「(どうすれば……)」


 竜道寺ならば――、桂木優斗に教えられた技を使うまでもなく、人間を一人を殺すことは可能であった。

 それどころか死体を消し飛ばすこともできた。

 だが、彼女の決意の根底にあるのは警察官として――、日本国民を守るという信念があった。

 だからこそ、自衛以外の過剰な武力行使を行うことは躊躇があった。


「――なら」


 竜道寺は、木刀を腰から抜く。

 そして地面に転がっている拳銃やスナイパーライフルを木刀で粉々に粉砕し、踵を返し集落の方へと向かった。

 重火器を破壊すれば、相手を無力化できると竜道寺は考えたからであったが――、

集落の方へ竜道寺が向かう。

 その後ろ姿をSAT隊員の亡き殻は見ていたが、唐突に体が崩れて土の上へと落ちた。

 地面の上に堆積した砕けた死体。

 それを見下ろすかのように木の枝の上に赤い髪をした男が立っていた。


「セメクト様が注意するようにと言っていたが、戦闘力だけ見るのなら一線級だが……、あれでは戦士としては――」

「ミカエル」

「何だ? ラファエル」


 金髪の偉丈夫な男が姿を見せる。

 神話の絵から抜け出てきたような端正な顔立ちをしており6枚の翼を有していた。

 服は古代ローマ帝国の市民が着ていたトーガを身に着けている。


「どうして、自ら戦おうとしなかった?」

「久しぶりの戦乙女だろう? ならば、楽しまなければ損ではないか?」

「なるほど。だが、セメクト様に命じられたことは忘れないようにな」

「分かっている」


 ラファエルの姿が消えたあと、ミカエルは集落へと向かう竜道寺の背中を見て、「あれだけ美しい乙女なのだ。我の女に墜として信徒とするのもありであろう。まったく他の本質というのが理解できていないな」と呟いた。


 



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