第204話

 ――数時間後、秋田市から少し郊外のキャンプ場の一角のベンチ。


「――で、妾を態々、こんな場所まで連れてきたということか?」

「すまないな。伊邪那美」

「まったく――」


 伊邪那美は、チラリと山崎の方へと心配そうな表情を向ける。


「幸太郎、無理は良くはないぞ。それでなくとも、あれは人間の生命力を奪うのだからな」


 山崎と伊邪那美を秋田の浜田浜海水浴場まで連れてきたあと、俺は山崎を連れて海の上に漂っている福音の箱を回収したのだが、伊邪那美が箱を見るなり、俺の事を怒鳴ってきた。

 何でも一般人が触るには危険な代物だとか。


「悪かったな。山崎」

「――いえ。気にしないでください。見た瞬間、ヤバイことは分かってましたから。――でも、桂木さんが触れない理由があるんですよね?」

「まぁ、こやつが触れたら、この女もタダでは済まないからの。そうであろう? 大地母神とやら」

「あ、はい……」


 時刻は、もうすぐ夕方。

 5月とは言え、もうすぐ日が沈む時間帯。

 それでも、パンドーラと自己紹介してきた大地母神の顔色が目に見えて悪いのは分かるというか、伊邪那美と顔を合わせてからと言うモノ、怯えてしまっているように見えるが……。


「まったく、妾を、このような面倒事に巻き込むとは――」


 山崎が、自動販売機から購入してきたピーチを飲みながら溜息をつく伊邪那美は俺の方へと視線を向けてくる。


「――で、この箱から解放して欲しいということか?」

「はい……」

「桂木優斗」

「――ん?」

「このバカと、妾は少し二人きりで話をしたい」

「神同士の話ってことか?」

「まぁ、そのようなところかの」

「了解だ」


 俺と山崎は少し席を外すことにして、二人して近くの自動販売機まで移動する。


「山崎、悪いな。無理を言って」

「気にしないでください。それよりも、あの女の人は、パンドーラって言ってましたけど――、まさかパンドラですか?」

「まぁ、本人は、そう語っているが本当かどうかは知らん」

「でも命さんが、彼女を神だと言っているのなら、それは本当だとは思いますから。そうなると、あの箱はパンドラの箱ですか。神話級の呪術物が見つかるなんて、これはオカルト雑誌に上げたら反響間違いなしだとは思うんですが……、これってアレですよね? もしかしなくても、岩手県で発生した広域通信障害とソレに伴う大規模なテロ活動と関与があったり?」

「さすが記者。感がいいな」

「それだと、記事にした瞬間、消されそうですね」

「まぁ、さすがに俺の身内に手を出すような馬鹿な真似はしないと思うがな」


 お道化ながら答える。


「それにしても、いきなり見知らぬ電話番号から電話が掛ってきた時はビックリしましたよ」

「自宅から電話したからな」


 携帯電話から何か何まで戦闘時に全て壊れたこともあり、自宅に戻った俺は服を着替えて名刺から、山崎に電話をしたわけだが――。


「それにしても、空を飛んだのは初めてです」

「普通は飛ばないからな。あと飛んでないからな。キチンと足場を形成して跳躍しただけだ」

「普通、こんな経験はできないですよね」

「まぁな」

「それよりコーヒー飲みます?」

「飲む」


 財布から何から何まで灰燼と帰した俺には金がない。

 おかげでファミレスで話し合うと言う事もできず、あとは人が回りに居ない場所を調べた結果、キャンプ場の一角で話し合うという形になったわけだが――。


 山崎からコーヒーを受け取り口にしたあと、俺は溜息を漏らす。


「何か、あったんですか? 桂木さんらしくない」

「何もない。それより二人とも下の名前で呼び合っているが、何かあったのか?」

「――な、何にもないですよ? ええ、何もないです」

「そうか。何か困ったことがあれば言えよ? 色々と便宜を図ってもらっているからな。それなりに俺も礼をしたいと思っているし」

「分かりました」


 山崎の返事を聞きながら、俺は視線を伊邪那美と大地母神の方へと向けた。

 




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