第138話

「それは、神社庁が陰陽庁の領分を犯しているからです!」

「何を言っているのかしら? 地域保全公務課がダラしないから、神社庁が人員を削減して働いているのよ? そもそも怪異の問題は、私達ではなく地域保全公務課が古来から担当してきた事じゃないの」

「そっちは予算が潤沢にあるから!」

「営業努力と言って欲しいわね。まぁ、陰陽なんて如何わしいモノに、お金を払う人なんていないと思うけど?」

「なんですって! もう一度、言ってみなさいよ!」

「何度も言ってあげるわよ! 貧乏部署が!」

「神社庁だって、人数だけ多い無能の集まりじゃないの!」

「ふざけないでよね! 喧嘩売っているの!」

「ええ! 表に出なさいよ!」


 完全に売り言葉に買い言葉。

 神社庁の東雲が扇を閉じて立ち上がる。

 そして内閣府直轄陰陽連の事務次官である安倍珠江も、テーブルとバン! と叩きながら席から腰を上げた。


「二人とも、ここをどこだと思っているのだ……。今は、国策を話し合っている最中だろうに。まずは落ち着いて座りなさい」


 文部科学大臣である西郷藤樹は、指を組みながら阿倍珠江と東雲柚木に声をかける。

 二人は渋々と言った様子で席に座ると、互いに顔を背ける。

 その様子を見ていた西郷と言えば「若いな」と内心呟いていた。


「おほん。総理」

「何だね?」

「桂木優斗という少年のことですが、警察庁からの報告によりますと、神から力を与えられたとかありますが……」

「そのようだな……」


 ようやく本題に戻ったのか、疲れた表情で総理は書類に視線を落とす。

 それを確認したあと、日本国官房長官である時貞は口を開く。


「書類によると、傷口を塞ぐだけでなく自身で斬り落とした指ですら数秒で完治させたとのこと。次に、こちらをご覧ください」


 先ほどまでニュースキャスターが映っていたスクリーンに映し出されたのは、警察庁本部の地下に作られた道場の景色。

 そこには、桂木優斗と竜道寺幸三の姿あった。

 そして――、次の瞬間に爆風が起き、竜道寺幸三が吹き飛ばされ、コンクリートの壁に体を打ち付ける映像へと変った。

 畳は、爆風により散乱し――、コンクリートに打ち付けられていた木板も粉砕された光景。

 誰もが唾を呑み込むほどの映像。

 事実、閣議室では内閣閣僚が揃っていたが誰もが驚きの声を上げていた。


「時貞君、これは手榴弾などの爆破物を使った映像ではないのか?」

「――いえ、総理。スローモーションで、もう一度見て下さい。彼は、デコピンの寸止めだけで木刀を破壊し、これだけの破壊活動をしてみせたのです」

「これは……想像以上ね。住良木から聞いていたけれど、ますます彼が欲しくなったわ」

「これだけの力があれば陰陽連も盛り返すことが――」

「これが神の力と言う事かね? 時貞君」

「それだけではありません。桂木優斗と言う少年が、空中を移動していたシーンを衛星が捉えた映像になります」

「本当に空中を移動していたというのかね……」

「そのとおりです。しかも移動速度は、最新鋭の戦闘機を凌駕しています」

「馬鹿な!」


 官房長官が読み上げた資料を聞いていた日本国防衛大臣の小野平が席を立ちあがる。


「人間が、空を移動するだけでも有り得ない事だ! それだけでも常識外――、ありえない領域だというのに、最新鋭の戦闘機よりも早く空を移動するだと! ありえない! 第一! 仮に、そんな事が出来たとしても! 人間の体では、急加速する際に発生するGには耐えられないはずだ!」

「小野平防衛大臣、神谷警視長からの報告によると、彼女は、桂木優斗という少年に、一時的に肉体を常人の10倍まで強化されていたと言う事です。つまり、一般的な成人よりも遥かに加速に対する耐久度が高かったと思われます。事実、総武本線近くの高いビルなどでは、割れる窓もあったとか」

「ばかな……。人間の肉体を強化するなんて……」


 小野平は、ありえないと呟きながら席に座る。

 それを見ていた夏目一元。


「つまり、桂木優斗という少年は、治癒能力だけでなく身体能力や戦闘能力も人類のソレを遥かに凌ぐということかね?」

「そうなります。神谷警視長の証言によると、核ミサイルを使用しても、殺すことは出来ないと桂木優斗という少年は公言していたとか……」


 その時貞の発言に、今度こそ閣議室は騒然とする。


「人類最大の武器を使っても殺すことが出来ない化け物か……。そんなモノが……」

「総理、どうしますか?」

「……様子を見るしかあるまい。殺すことが出来るかどうかは別として、今のところ実害は無いのだからな。それに大事の前の小事でもあるからな。ちなみに、桂木優斗と言う少年の治癒能力だが、もしかして――、奇跡の病院に関係があるのかね?」

「はい。総理」

「そうか……。これは諸外国が知れば、戦争の火種にすらなりかねんな。まったく、ままならないものだな……。東雲君」

「はい」

「彼のことは制御できそうかね?」

「桂木優斗と言う少年は、力を悪用するような子ではありませんでした。神社庁に任せて頂ければ、問題ないと思います」

「そうか。それで神域と言うのは――」

「一種の結界のようなモノと考えていただければ結構です」

「なるほど……。計画には必要なモノなのかも知れないな」

「総理?」

「いや、何でもない。まずは彼の身辺の洗い出しと、力を悪用しない方向で導いてくれたまえ」

「はい! お任せください!」

「総理! 陰陽庁こそ、彼には相応しいと思うのですが!」

「神社庁が、桂木優斗という少年を持て余した時に対応してくれればいい」

「……わかりました」


 そこで、話は終わりとばかりに、次の議題へと話が進んだ。

 



 

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