罠にはまって仮の側妃になったエルフです。王宮で何故かズタボロの孫(王子)を拾いました。
黒猫かりん@「訳あり伯爵様」コミカライズ
第1話 罠にはまった
騙された。
私は騙されたのだ。
私はこの世界で絶滅危惧種と言われている、エルフだ。齢120歳だから、人間で言うと21歳くらい。
成人したばかりの私を騙すなんて、本当にチョロかったと思う。
素敵な壺を買ったと思ったら、気がついたら借金地獄にされていて、身売りを要求され、詐欺だと認識した頃には、この部屋にいた。
明日は私の結婚式らしい。
何を言っているのか分からないと思うけれども、私も分からなかった。
何やら、お忍びで王都に出ていたお偉いさんが、私に一目惚れして、今回の詐欺を企んだらしい。
お偉いさんが誰かって?
この国の国王だよ! 馬鹿じゃないの!?
何やってるんだよ、側近とかちゃんと止めなよ! 私の村の連中に知られたら戦争だぞ戦争!
なお、私の村の残りのエルフの数は、私を除いてたった14人。
しかし全員が、人間でいう特級クラスの魔法使いで、指一本で人間なんて100人くらい抹殺できる。
え? 私?
私は普通くらいの魔法使いです。
だってまだ120歳なんだよ! うちの村の脳筋魔法使い達と一緒にしないでほしい。
しかしこれ本当に、うちの村にバレたらこの国全滅するな。
エルフは温厚だけど、子供が生まれにくくて数が少ない分、私みたいな若造にゲロ甘だからなぁ……。
私は親・人間派なのだ。
いくら私のためとはいえ、国を一つ殲滅されるのは困る。
屋台で焼き鳥を1本おまけしてくれたオイちゃんや、私のことを綺麗だねって言ってくれた花屋の新婚さんや、一緒に楽しく服を選んでくれた服屋のおねーちゃん達が死ぬのは嫌だなーと思っている。
「どうするかなぁ」
なお、借金を背負わされた時点で、破産者の腕輪をつけられてしまった。
腕輪の効力は、借金を返すまで、王都から出られなくなるというもの。
私如き魔法使いでは、この腕輪は破壊できない。鍵の使用や借金返済など、正規の方法以外でこの腕輪を外すことができるとしたら、この国の特級宮廷魔術師か、私の村の連中くらいだろう。
さて、本当に、どうしよう。
そんなふうに思案していたら、ちりりりん、と鈴を振る音がした。扉の外にいる侍女が「国王陛下がいらっしゃいました」と告げる。
きた! 諸悪の根源!!
「やあ、初めまして」
「きた! 諸悪の根源!!」
頭の中で考えていたことが、口から出てしまった。
相手の出方を見てから話をするつもりだったのに、溜まりに溜まった鬱憤により、全て台無しだ。失敗失敗。
「うーん、美しいが素直すぎるな。正妃ではなく側妃にしようとした私の判断は間違っていなかった」
なんだこの、自分勝手な呟きは。
こいつ最低だな、という意味を込めた目線に、国王陛下は咳払いをして、話を続けた。
「諦めて借金の方に私と結婚するがいい。そなたの名は?」
「名前を知らない女と国王が結婚しようとするな! そして説明が雑すぎるわー!」
「うむ、やはり明日の式は身代わりを立てた方が良いか」
そう言って私に近づいてくる国王。
それを、全く物おじせずに睨みつけている私。
私の様子を見て、国王は目を瞬いた。
「……君、俺が怖くないのか」
「まだ20歳か30歳の子どもじゃない」
「今は君の望まない婚約者だ。そして、この寝室には、魔法を封じられた只人の君と、俺だけだな」
するりと私の頰に手を寄せる。
こいつ、女に慣れてやがる……。
その仕草を冷めた目で見つめていると、バチりと電撃が走って、国王が反射的に手を引いた。
「……何?」
驚きと、若干の怒りと焦りで、国王は呆然としていた。
私は、20歳か30歳の子供に対して、大人気なくフフンと鼻を高くする。
「痛かったでしょ。ざまーみなさい!」
「これはなんだ。左手の腕輪で、魔法は封じているはずだ」
そのとおり、私は魔法を封じられている。だからここに、大人しく止まっているのだけれど。
「聞いて驚きなさい! これはうちの村、私以外の全員による、渾身の結界魔法!」
「……で、その効果は?」
「私が心から愛する異性じゃないと、私に不埒なことはできません」
呆然としている国王に、私はオホホホーと高笑いする。
「分かったでしょう! 結婚なんて諦めて私を解放しなさい。やーいこの振られ男〜」
これがいけなかった。
いくら腹が立っているとはいえ、本当に振られたばかりの男に、こんなことを言ってはいけなかった。
しかも、その男は国の最高権力者。恋愛面ではこれでもかと甘やかされて育った彼が、初めて恋をして、初めて失恋したのだ。多分。
その彼を、惚れられた女である私が、如実に馬鹿にする。まさに、傷口に塩を塗ってナイフで刺してぐりぐりねじ込む行為だ。
「……ったいに……する」
「ん?」
「絶対に結婚する! 絶対君を俺の妻にする!!」
「……え?」
仄暗い光を湛えてギラギラと光るその目に、私はポカンとした間抜けな顔で向き合う。
「なんで? だって、触れないよ? いいの?」
「触れるようにしてみせる! 君が俺に惚れればいいんだろう。俺に惚れろ!」
「どういう命令なの!? 馬鹿じゃないの!」
「俺は本気だ! 君が俺以外と夫婦になるなんて許さない」
そう言ってギラついた目をした国王――ラッセルは、ついぞその命が尽きるまで、私を諦めなかった。
まあしかしなんていうか、私は当然ながら、ラッセルに惚れることはなかった。
こんな捕まり方して、惚れる訳あるか!
とにかく、こんな流れで私は、ラッセルの後宮に、指一本触れられない仮の側妃として住み始めたのである。
もちろん、結婚式は替え玉で行われた。やらなきゃいいのにね。
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