第二話、禁煙の代償
西日がまぶしい。
女一人で河原で紫煙をくゆらせるとは如何なものか。
近頃は喫煙所もずいぶんと減ってしまった。故に私はアパート近くの河原で人目を盗んで、一服する。
隣の更年期真っ盛りのババア、もとい人生の先輩は室内だけでなくベランダで吸うことにも文句を言ってきやがる。ご時世柄、某ウイルスの所為もあって喫煙者は形見が狭い。
たばこが体に悪い? それがどうした。
子供に悪い? 生憎子供はいないし、ガキは嫌いだ。
いい年して男の一人もいないのかだと?余計なお世話だ。
デリカシーの欠片もないとはこのことか。あの老害は年齢を重ねると共に、人として大切なモノは無くしたようだな。
「ハンッ」
そう考え、先ほどの隣人への苛立ちは鼻で嗤い、携帯灰皿にシケモクを突っ込んで立ち上がる。
「おねーちゃん」
「あァ?」
ヨレヨレのTシャツを着た、みすぼらしい格好をしたガキがそこにいた。
「これ、あげる!」
そう言って差し出してきたのはコンビニなどで売っている一番安い飴だった。大きさ故に大味、といった正に体に悪そうなパステルカラーな飴だ。
「チッ、いらねェよ」
大体このガキは何なのだ? 私は世間一般で見れば、柄が悪いと言われる格好をしている。染髪した髪は赤く、ピアスはいくつも開けている。
そんな人間に話しかけ、しかも飴を渡そうとしている。服だけでなく行動からもこのガキが真っ当な環境で育っていないことが分かる。
面倒くさい。こういったものは追い払うに限る。
「えー、メロン味じゃダメなの?」
見当違いな、ガキの返事。
「味の問題じゃねェよ、飴は好きじゃねえ」
「むぅ」
頬を膨らませる姿に、一瞬でも和みそうになる自分が嫌になる。
「何で不満そうなんだよ、大体その飴はお前のだろ? 自分で食っちまえよ」
西日もかなり傾いてきた。
「ほら、もうさっさと帰れ。暗くなんぞ」
「帰るとこなんて無いもん」
「は?」
ガキの口から出たのは、予想外。いや、ある程度は予想出来た事態。
「親は?」
「お母さんいたけど、何か煙モクモクでるゲームして動かなくなっちゃって」
「なッ!」
聞いた感じ、予想出来るのは練炭による一酸化炭素中毒を狙った自殺。
「お前は……どうしてここに?」
「何かね、煙モクモクしてきて眠くなったの。そしたら、急にお母さんが僕を外に追い出しちゃって……でもお母さんはそれから動かなくなっちゃって」
心中しようとして直前で心変わり、このガキだけが生き延びたのか。
「……畜生」
「?」
意味も分からずに、首をかしげるガキ。
「何て残酷なことしやがる……」
少なくとも、今この時を生き残れたとして。いつかはこのガキも成長する。そして自分の置かれた状況を知る。
「くそったれ……」
残された者の悲しみを背負う事になる。
私のように。
「おい」
やけに低く、それでいてまだ若さの残る声が聞こえる。
「あァ?」
振り向くとそこには、マスクでも隠しきれない火傷と切り傷を負った明らかにカタギではない男がいた。
「お姉さん、その子の関係者?」
落ち着いた表情の男。
「ヒッ」
さっきまで私を見てもビビりもしなかったガキが、男を見た瞬間怯え始める。
「……」
「俺は、その子のお母様に用があってね。その子に聞きたい事があるんだが……」
どう考えても面倒事。
私の背後に隠れるガキは、今にも泣きそうになっているのを必死に我慢している。
「おねーちゃん」
ガキの頭を撫で、今からする柄にも無い行動にため息を吐く。
「ハァ……よし、泣かなかったな。偉いぞ」
少し落ち着きを見せたガキから向き直り、傷の男を見る。
「関係者だって言ったら?」
「……そうですかい」
スッと細められた男の目に、背筋が寒くなるのを感じる。
「お姉さん、煙草吸われるんですか?」
「え、まァ」
唐突に変えられた話題に面を食らう。
「……その子、
「え?」
そう言って、傷の男は立ち去って言った。
「火を、点してくれ」
意味の分からない
「おねーちゃん、ありがと」
抱きついてくるガキ。
行く当ても無いコイツを放り出す訳にはいかない。
「飴あげる!!」
満面の笑みで差し出されるそれを、断れる訳も無く。
「あァもう、分かったよ。食えばいいんだろ?」
口に入れた飴は、やっぱり甘ったるい。
でもこのガキを預かる間、禁煙するためには。
「調度いいかもな」
そう言って、二人で笑った。
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