第35話 クズ令嬢、クラス劇のヒロイン役に立候補する。(後編)

~~本番当日~~



「マリア様、かなり熱がおありですよ。今日は学園をお休みされたほうがよろしいのではないでしょうか?」

 馬車の中で私のおでこに手を当てたアイリーンが心配そうに言ってきた。


「ぜー、はー……セレシア家お抱えのお医者様に、無理やり解熱剤を貰ったから大丈夫……のはずよ」


 な、なんということだろうか!

 私はよりにもよって演劇祭の日に風邪をひいてしまったのだ!


「そうは言ってもかなりしんどそうですよ。とても見てはいられません。それに薬は安静にしていて初めて効果があるものです」


「イチイチうるわいわね……あんたの言葉がさらに私をしんどくさせるのよ……ぜー、ぜー……行くったら行くの……はー、はー……いい加減に会話するのも億劫おっくうだからしばらく黙ってなさい……」


「申し訳ございませんでした」


 忠実なる専属メイドのアイリーンは命令通り口をつぐむと、私の隣に座り直して私の身体を支えると、そのまま石像のように微動だにしなくなる。


 アイリーンに体重を預けられることで少しだけ楽になりながら、私は心の中で強く思いを込めた。


 そうよ、今日は演劇祭なんだから。

 私がヒロイン役をやるんだから。

 こんな風邪くらい大したことないんだから……。


 私は馬車に揺られるだけで激しく体力を消耗しながら、なんとか学園に到着した。


 しかし――。

 学園についた時点で私はもうフラフラで、気力と体力の限界を迎えつつあった。


 そして直前の準備をしながらみんなが心配してくれる中で、ついに私は床に崩れ落ちてしまった。


「マリア様!」

「大変ですわ!」

「早く保健室へ!」


 さすがにもう無理だわ……本気死にそう……でも!


 私は地べたを這いながらも、今にも飛びそうな意識を必死に繋いで、震える指で最後にリプニツカヤを指差した。

 そして、


「リプニツカヤ……」

 ――にだけはヒロイン役はやらせないで。


 そう言おうとして、だけど名前だけ呼んだところで私の気力は完全に尽き果ててしまった……。


 騒ぎを聞きつけて駆けつけたアイリーンが、すぐに私を背負って保健室へと運んでいってくれる。

 高熱で意識がもうろうとする中、私はクラスメイト達のこんな会話を聞いた気がした。


「マリア様が演じる予定だったヒロイン役、どうしましょうか?」

「ヒロイン役がいなくては劇になりませんもの」

「困りましたわ……」

「ねぇね、みなさん。マリア様は最後にリプニツカヤさんの名前を呼んで、さらには指差しましたわよね?」

「そういえば……」

「これはつまりリプニツカヤさんにヒロイン役をやってもらいたいという、マリア様の意思表示だったのでは?」

「はっ、そうですわ! リプニツカヤさんは全てのセリフを覚えておりますもの!」

「でしたらヒロイン役もすぐできますわよね!」

「きっとそうに違いません!」


「リプニツカヤさん!」

「ぜひヒロイン役をやって下さいな!」

「マリア様の意思を継いでくださいませ!」


「……うん、分かった。マリア様が私を指名したんだもん、もう人前に出るのが苦手とかは言わない。マリア様の分まで私、頑張るから! 見ていてね、マリア様!」


「リプニツカヤさん、その意気ですわ!」

「そうです、マリア様のためにも、みんなで今日のクラス劇を成功させましょう!」

「「「「おーーっ!!」」」」


 奥手で弱気な性格を克服したリプニツカヤの名演もあって、うちのクラスの劇は大成功だったらしい。

 私は保健室でぜーはー言ってたから知らないけど……。



~~後日~~



「先週末から始まったリプニツカヤさんの公演、みなさんはもうご覧になりました?」

「見ましたわ! すごかったです!」

「わたしも泣いてしまいましたもの!」


 クラス劇でヒロイン役をやったことで陰キャな性格が改善されたリプニツカヤは。

 演劇祭での彼女の演技を見た元女優の母親と侯爵の勧めもあって学園を辞めて大手の劇団に入ると、その圧倒的なまでの才能を瞬く間に開花させた。


 そして今では演劇界では知らぬ者はいない、若き花形スターになっていたのだ。


「マリア様、今度一緒に見に参りませんか? リプニツカヤさんから、マリア様にもぜひ公演を見に来てもらいたいとお願いされておりますの。これVIP席の特別招待チケットですわ」


「あ、うん、そうね、うん……じゃあご一緒させてもらおうかしら……」


 まぁ観劇は嫌いじゃないしね……ここで断るのも感じ悪いし……。

 はぁ、演劇祭のヒロイン役、やりたかったなぁ……。

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