くぼみの地の戦い(4) 戦争終了

11、鬼神、行き来する


 アロウ殿のことを片付けた鬼神。

 目がひとつしかない妻と、ゆっくり、お茶をする。

「緑の軍、この数日、動きがないようだのう」

「揉めているようですわ」

「もめるだと? そんな場合か。負けとるのにから」

「勝てば自分の手柄とわめき、負ければ他人の責任をあげつらう。

 自決せぬ者は、そういうものです」

「じけつか」

「私たちは、自分の国の行方を決めるために戦っています。

 彼らは、博打(ばくち)をしているのですわ」

「借金をして軍を出しとるとか、長男も言うとったな」

「はい。彼らの軍は借金をし、その返済のために、財宝を求めています。

 兵も『死んだら外れ。五体満足でもうかったら当たり』というような博打をしている」

「死ぬかもしれんのに、金なんかのために戦えるもんかのう?」

「剣による戦では、人間はそんなに死なないのです。けがはしますが」

「そうかのう? 本気でぶん殴ったら、簡単に死にそうだが」

「あなたは例外ですわ」目がひとつしかない妻は笑った。

 鬼神はお茶を呑んだ。

「太陽の女神はどう思っておられるんだろうな。私が、ハイエルフを蹴散らすのを」

「さあ。お付き合いがありませんから、わかりませんわ」

「ありゃ? お弟子さんは、お日さんのとこには行っとらんのか」

「・・・はい」

 目がひとつしかない妻はひとつしかない目をそらして、お茶を呑んだ。

「お日さま姉妹は、高い所に居られますから」

「ははあ。そうすると、空飛ぶ台なら、行けるかな?」

「おやめになったほうがよろしいですわ」

「なんでじゃ」

「私たち巨人というものは、地面にくっついているのが好きなのです。地中ならなおよろしい。

 空なんて、ごめんこうむりますわ」

「なんと? だが、空を飛ぶのは、すごく気持ちがええことだぞ」

「ごめんこうむりますわ」

「そうか」

 鬼神はお茶を呑み、それから大事なことを思い出した。

「あ、空飛ぶ台と言えばだ。鬼神台のこと、話をしとかんといかんのだった」


 くぼみの地の戦いで、鬼神は、鬼神台に助けられた。

 だが、これは巨人の王との約束を破ることでもあった。

 『今回の戦では空飛ぶ台は使わない』と、約束をしとったんである。


「なんでそんな約束をしたのです?」と妻。

「エスロ博士のためだ。空飛ぶ台が博士の祖国を攻撃しては、博士が傷つくだろう?」

 鬼神は、妻が『そうですね』と言うと思っておった。

 ところが。意外。妻、首をかしげる。

「それの何が悪いのです?」

「え」

「空飛ぶ台は、生きものではありませんか?」

「うん。そうだが」

「我が国は、自由を尊ぶ(たっとぶ)のではありませんか?」

「そうだが」

「ならば、戦うも控えるも、台たちが自由な心で決するべきではありませんか?

 鬼神台はそうしたのです。おのれの自由な心で、愛する主人を守ったのですわ。

 なんで、あなたが博士のことを気にするのです?」

「む・・・」

 鬼神。「あれ? 奥さん怒っとるぞ?」と不思議に思う。

 そして口に出してはこう言った。

「しかし、台は私の相棒だからのう。義父上との約束でもあるし」

「でしたら、父上にあやまればよいのです」


 鬼神は訳がわからなくなったので、ひとまず、妻に従うことにした。

 あんまり逆らうと妻が本気で怒ってしまう。そうなると説得は至難である。

 どっちみち義父にはあやまるし。ついでに相談しよう。と、妥協をした。


「なんじゃ、いまごろになって」巨人の王も怒り出した。「どうでもええと思っとったじゃろ」

「そんなことはありませんぞ」

「アロウ殿より後回しにしたじゃないか」

 鬼神。「なんだこの巨人めんどくさいな」と思う。さすがに口に出さんが、顔には出た。

「なんじゃその顔は」巨人の王、さらに怒る。

「いやいや。そこはほれ。あれだ」

「なんじゃ」

「アロウ殿が敵に加わったについては、急を要したのだ。確認がだ。

 世界中のハイエルフがみーんな敵になった・・・とかだと、大変だからだ」

「世界中のハイエルフをみーんな蹴散らせばよかろう」

「そんなことをしたら、太陽の女神が怒るでしょうに」

「ばかめ。太陽の女神は奥ゆかしい御方じゃ。

 わしは何度もハイエルフを蹴散らした。じゃが、いちども文句を言われたことはない」

「そうなのか。だが、次の1回が、ガマンの限度になるかもしれんぞ」

「そんな状況、考えるまでもないわい」

「なんでじゃ」

「なんでといってじゃ。太陽の女神が本気で怒ってみよ。どうなると思う」

「日照りにでもなるんですかな」

「いいや。日照りなんぞ、太陽の女神がちょっと高笑いした程度のこと」

「じゃあ、日触(にっしょく)かな」

「日蝕はお日さんとお月さんの姉妹げんかにすぎぬ」

「わからんわ! とっとと答えを言わんか」

「せっかちな奴め。まあええわ。ええか。お日さんが本気で怒ったならばじゃ。

 この世は跡形もなく溶けておしまいになる」

「お山に隠れてもか」

「どんなに地下深く潜ろうが、むだじゃ。まったくもってじゃ。世界丸ごと溶けてしまいじゃ」

「そんなにか」

「じゃによって、そのような状況、考えるまでもない」

「理屈がおかしい気がするが・・・」鬼神は混乱した。「まあどうでもいいわい。そんなことは」

「どうでもええなら言うんじゃないわ!」

「アロウ殿のことは、妻も激怒しとったのだ。早く処分せよとな」

 鬼神。

 切り札を使う。『お嬢さんがそう言いました』のカード! 巨人の王を黙らせる効果!

「む・・・」効いた。

「約束を破ってすみませんでした」すかさずあやまる。「遅くなったこともあやまる」

「ふん。まったく。おまえは。どうも、不埒なところが抜けん奴じゃ」

 巨人の王はまだブツブツ言うた。が、

「まあよい。ゆるす」許した。「おまえが魔弾で倒れて、孫ども、取り乱したんじゃ。手違いも、やむなしじゃ」

「うむ」

「それで、博士にはあやまったのか」

「いやそれがですな。妻が、なんであやまるのか、あやまらんでよい、あやまるな! という感じなのだ」

「なんじゃと? それはまた、なんでじゃ」

「私にはよくわからん。鬼神台は自分の自由な心に従ったのだ。自決して何が悪いと、まあそんな感じだった」

「あいわかった」

「義父上はわかったのか」

「うむ。なんとなれば、それはわしが娘に言い聞かせたことだからじゃ。

 成人とは、自決を許された者じゃとな」

「じけつとはなんだ。なんか、自殺かなんかかと思うておったが」

「自決とは、自分の行く道を自分で決することじゃ。そして当然、その結末を引き受けるということじゃ」

「はあ・・・?」

「おまえがあやまっては、鬼神台の自決をさまたげる。と、娘はそう言うたんじゃろ」

「私はすっきりあやまって博士と仲直りしたいのだが」

「ばかめ。国王陛下が、気分であやまるんじゃないわ。迷惑千万(めいわくせんばん)じゃ」

「そこまでは言われんかったがのう」

「旦那だから気をつかっとるんじゃ。わしなら、『ばかめ』と言うところじゃ」

「いま言うたじゃないか」

「じゃからそう言うところじゃと言うておる」

「なんだ。くそ」

「しかしながらじゃ。わしとしては、やっぱり説明はすべきじゃと思う」

「ふむ。それはなんでです」

「博士はわしらの友人だからじゃ。

 そもそもこの約束は、わしとおまえのための約束じゃない。博士に気をつかっての約束じゃ」

「そうですな」

「──と、娘に言うといてくれ」

「卑怯者め。自分の考えなら、自分で言わんか」

「ひきょうじゃないわ! わしが口を挟むと、娘がごっつい怒りよんじゃ! 恐いから嫌じゃと言うておる!」

「それを卑怯と言うとるのだ! ・・・まあええわ。言うてくるわい」


 なんでこんな伝令のようなことをせねばならん。

 ・・・と思いつつ、鬼神、引き返す。

 帰りの廊下。

 鬼神台が、ひょっこり廊下に出てきた。

「おう、相棒。元気か」

 ぶわっさ! 鬼神台ジャンプして隣に来る。ノーマル鬼神台状態である。

「あのヨロイは、脱いだのか」

 ぶわっさぶわっさ! 鬼神台、部屋へ戻る。部屋の入り口で、こっちを振り向く。

「うん?」

 ぶわっさぶわっさ! 鬼神台、部屋へ入る。部屋の入り口に顔を出し、こっちを見る。

「なんじゃ? 見ろっちゅうのか?」

 鬼神、部屋をのぞいてみる。

 部屋っちゅうのは、鬼神台の私室である。整備室とかではなく、国王専用機たる彼(?)の私室である。

 中は巨人サイズのゆったりしまくった部屋である。家具のたぐいは一切なし。広々としておる。

 壁にどーんと突き出した鉄の棒がある。

 そこに、赤くトゲトゲしいヨロイが掛かっておった。

「ハンガーか?」

 ぶわっさ。

 鬼神台、そのハンガーに向かってゴロゴロと移動する。

 ハンガーの下をくぐり抜ける。アーマーに頭を突っ込む形となる。

 がしょーん!

 かぶとがにアーマーが装着された。

「おお!」

 ぶわっさ! 鬼神台、バックしてハンガーを逆方向に通り抜ける。

 しょがーん。

 かぶとがにアーマーが外れて、ハンガーに掛かった。

「ほっほう! これは面白い仕掛けだのう。三男か? 三男が考えたんだな」

 ぶわっさぶわっさ。

 2人はしばらくハンガーを眺め、ヨロイを着けたり外したりして遊んだ。

「・・・あ、そうだ。相棒よ。

 ちょうどおまえのことで、妻と義父上のあいだを行ったり来たりしとるのだ。

 ヒマなら一緒に来るがよい」

 ぶわっさ!

 しょがーん。

 ノーマル鬼神台、鬼神の前にすっと止まる。『乗れ』ということのようである。

「おう。そう言えば、家の中で乗ったことはなかったのう。

 たまにはええか。ゆっくりだぞ、ゆっくり」

 ぶわっさ。

 鬼神を乗せて、鬼神台はふわ~~~んと飛ぶ。眠くなるような、心地よいのろさである。


「説明をする? なんでです? なんで留学生に、戦争の経過を、国王が、説明するのです?」

 目がひとつしかない妻。

 鬼神台が来ると、さらに強硬になった。

 もう絶対、断固、鬼神台は悪くありません! ぐらいの勢いである。

 巨人がこうなった場合。変にあやまったりすると、こじれる。きっぱり説明をしてやらんといかん。

「なんでといって、私が、鬼神台に助けられたからだ。

 鬼神台のじじ上みたいな博士にも、一言礼を言うのが自然であろう」

「・・・自然だとしても、外交上はよろしくありません」

「外交なんぞ知ったことではない」

「国王陛下ともあろう御方がそんなことではいけません」

「いいや。国王だからこそだ。

 友である博士を大切にし、どうでもよい木っ端な奴らは無視をするのだ。

 私は、そのようにすべきだと思うのだ」

「まあ」

 目がひとつしかない妻、ひとつしかない目を大きく見開く。

「・・・わかりました。それでは、私もご一緒いたしますわ。

 あのとき、『行きなさい』とこの子をけしかけたのは、私ですから」

「そうか。じゃあ、行くか。鬼神台に乗ってみるか?」

「いえ、遠慮しておきますわ」

「あ、この高さでも恐いのか? それはすまんかった」

 目がひとつしかない妻は立ち上がり、しっかり床を踏みしめた。

 そして鬼神台を撫でる。

「どんなに高い場所でも、私は平気ですわ。足が大地に着いていれば。

 それより、この子はあなた専用機ですから」


 行く途中、鬼神台が部屋に寄る。

 がしょーん! かぶとがにアーマーを装着。アーマード鬼神台となる。

 『どう?』という感じで見せてくる。

「かっこいいですわ」と目がひとつしかない王妃。「さすがは国王専用機です」

 ぶわっさ!

「博士にその姿を見せたかったわけだな」

 ぶわっさ!


 寄り道を終え、博士の部屋に着く。

「これは陛下、殿下!」

 博士は巨人のテーブルの上でなんか作業をしておった。人間の家だと、屋根の上ぐらいの高さに相当する。

 そこから、エスロ台に乗って降りてくる。

「いかがなさいました?」

「博士。じつは、先の戦いで、鬼神台が戦闘に参加したのだ」

 鬼神が経緯を説明する。

「──というわけで、私はこやつに助けてもろうたわけだ」

「・・・」博士は苦い表情になった。「このお話、我が国に連絡をしようと思います。かまいませんかに?」

「うむ」

 と、鬼神が許可をしてしまってから、王妃が慌てて口を出した。

「博士。私たちは、鬼神台の縁者である博士に、感謝をしただけです。

 緑の魔術の国に何かを伝える意図はありません。返答もいりません」

「かしこまりました。しかし、連絡せねば、私が事実を隠したと非難されますに」

 ぶわっさ・・・。

 博士はそのかぶとがにアーマーを撫でて、微笑んだ。部屋に引っ込む。

 ぶわっさ・・・。鬼神台、居心地悪そう。

「相棒は私を助けてくれたのだ。なんも悪くないぞ」

「もちろんですわ。夫によい相棒がいて、私も安心というものです。これからも頼りにしていますよ」

 ぶわっさ。鬼神台、気を取り直す。

 ふわ~~~んと飛んで、食堂へ。

 スープを呑んでくつろぐ鬼神夫妻の側を、鬼神台は嬉しそうにウロウロした。


12、エスロ博士、こうぎをする


 博士が祖国に連絡をした結果、どうなったか。

 いらんと伝えたにも関わらず、返答が来た。

 博士が代読する羽目になる。


「緑の魔術の国、長老会議は、抗議をする。

 空飛ぶ乗り物は、我が国の技術あってのもの。

 その完成を秘匿し、あまつさえ我が国攻撃に利用したこと、許しがたし。

 空飛ぶ台の半分を我が国に譲渡し、金品によって賠償をせよ。

 その上で、開発者エスロ博士を解放するならば、話し合いの余地が生まれるであろう」


 こうなった。

 場所は玉座の間。鬼神夫妻が玉座に、長男がその足元に。

 アロウ殿のときとちがって、近衛はなし。次男三男は普段着で横の方に座っとる。

「事実に反すること、はなはだしい」

 長男が反論した。

「第一に、空飛ぶ台は我が国で生まれたのであって、貴国の物ではない。

 第二に、くぼみの地の戦いにおいて『攻撃』をしたのは、侵略者の貴国である。

 第三に、エスロ博士は共同開発者である。単独のではない」

「そう伝えます」博士はメモをした。

「鬼神台には誰も命令しとらんぞ」次男が言うた。「自分で突撃したのだ」

「・・・博士、弟の発言はなかったことに」長男が否定する。

「なんでじゃ! 兄者!」

「わざわざ『生きものです』と教えんでもよかろう。緑は『乗り物』と勘違いしとるのだ」

「あ、そうか」

「くっ・・・」博士は横を向いた。「えへん。申し訳ございませぬ。聞き逃しましたえ」

「え?」次男困る。「ええと。兄者。俺、なんか言うたかのう?」

「台が出たのは命令によるものではない。その計画もなかった。と申した」長男が言い直した。「だな?」

「おう、そうだ」

「そう伝えます」博士はメモをした。

「長老会議の抗議であるから、私が返答をしよう」

 鬼神が口を開いた。

「譲渡は論外。

 金品による賠償も、不当な要求じゃ。

 『解放』は意味がわからん。博士は自由な身分じゃ。敵国民であるから、出国は許さんというだけじゃ。

 付け加えてじゃ。わしと話がしたいなら、降服を決心せよ。

 国の責任者が、降服の相談に来るのであれば、いつでも会ってやろう」

「はい」博士はメモした。「そう伝えます」

 茶番である。

 博士に外交の権限がないから、ただの伝言ゲームになっておる。

「あの、博士」三男は傷ついた表情で言うた。「譲渡っちゅうのは・・・本気でおっしゃったんか?」

「・・・これは、私の意見ではございませぬ」


 この一件、緑はずいぶんゴネた。ダラダラと交渉が続く。

 そのあいだに、戦争は次の局面に移った。


13、緑の軍、ひつけして、まける


「父上! 敵じゃ。お山まで喰い込まれとる」

「やっと再開か」

 鬼神。

 夕飯のスープをがぶりと呑み、肉と野菜で口をいっぱいにしながら、立ち上がった。

「わしがたこで誘導するけぇ、裏口に出てくれ」

「ンム」

 モグモグしつつ、工房の裏口へ。

 裏口。表とはちがって、小さな扉である。鬼神には狭すぎる。出るとき六腕をちょっとこすった。

 出ると、そこは、洞窟である。

 上り下りあり、分岐あり。天然の洞窟に見えて、じつは人工の迷路になっておる。

 鬼神は真っ暗闇でもいくらか目が見えるので、スタスタと冷たい岩肌を歩いてゆく。

 行き止まり。

 大きな岩壁。

 ゴロリと、横へどける。

 『力』のルーンを使ったわけではない。この岩壁、じつは隠し扉なんである。

 この裏口洞窟は、むかーしむかしに、巨人の王が造ったダンジョン。『娘とままごとで造った』そうである。

 穴をすり抜ける。岩壁、勝手にゴロゴロと戻ってズシンと閉まる。上からサラサラと砂が降って、動いた痕跡を隠す。

 そこはまた別の洞窟。左へ。右には洞窟が続いとるが、行ってもなんもない。目くらましの洞窟にすぎぬ。

 外に出る。

 夕暮れ時であった。残照がわずかに森の木々を浮かび上がらせておる。

 ぶーん・・・と、たこが飛んでくる。

<父上。敵は『英雄の墓』じゃ>

 鬼神、スッタラスッタラと森を走る。

 つい先日、アロウ殿が死んだフリした『英雄の墓』へと向かう。

 初めに、たいまつの明かりがチラチラと見えた。

 ハイエルフの歩兵、8人。目がひとつしかない王妃が造った花壇を土足で踏みにじっとる。鬼神は静かにキレた。

 たいまつ、2本。うち1本、花壇に投げ込まれる。

 パッと明るく火が燃え上がった。


 なんと、ハイエルフども。

 王妃が造った花壇に枯れ木を積み上げ、油をまいて、火をつけたんである!


「奴ら、山火事にする気だ。大将に連絡せよ」

<・・・こちら大将。消火はお弟子さんを出す。父上は兵士を>

「おう、了解」

 鬼神、飛び出す。

「この無法者ども! 勝てんからというて、なんと、きたないことをする!」

「ひい!? 鬼神」「うわあ」「鬼が出たあ」「お助けえ」

 兵士ども、さるのごとく、森に飛び込み、逃げてゆく。

 図体のでかい鬼神には分が悪いステージ。木が邪魔。

 だがハイエルフのほうも闇は苦手。コケたりして3人が捕まった。

 3人を引きずって放火の現場まで戻り、火の前に投げつける。

「くずども! 火を消せい! 消えんかったら、おまえらを火の中に放り込む!」

「ひい」「はい」「はい」

 巨人の弟子が2人、でっかいバケツを持って駆けつけて来た。

「こいつらを頼む。逆らったら殺してよい。火が消えたら、解放してやれ」

「・・・了解」

<父上。今度は表じゃ>

「そんなことだろうと思ったわ」

 鬼神、表へ。

 火をつけられてから対処するんではめんどくさい。かっ飛ばす。

 山の斜面を駆け上り、頂上から、跳んだ!

 森の上、10尋(ひろ)よりも高く、ビョーンと飛んで!

 べきべきばりばり! 木をへし折って着地。

 折れた木を叩き払って走る。崖っぷちに出て、また跳んだ!

 ビョーン・・・べきべきばりばり!

 ビョーン・・・べきべきばりばり!

 かえる跳びのごとくして、一気に山腹を下りてゆく!


 どしゃあああん!!


 火付けをせんとする、ハイエルフの目の前に!

 岩や木を巻き込みながら、赤く大きな猿のごとき六腕神、落下!

「ぎゃっ」「なに!?」「なにごと!?」「岩が」「がけくずれ?」「・・・え? 鬼神」「鬼神」「鬼神だああ!」

 ハイエルフども、大混乱。

 そこを、ぱあんと平手打ち。落ちてきた木を投げつけ、一網打尽。

 制圧完了! 鬼神、怒りの坂落としであった!

「おい! ばかな指揮官に伝えよ。このようなことをするなら、兵とはみなさん。火付けの罪人として処刑するとな!」

「うわあ」「ひい」「わかりましたあ」

 鬼神は全員の武器を取り上げ、たいまつを踏み消して、追い散らした。

<また裏じゃ>

「やれやれ」


 この夜は鬼神が敵をすべて制圧し、山火事は出さずに済んだ。

 ハイエルフどもはキャンプをたたみ、後退してゆく。

 たこ偵察隊長である三男が、その様子を捉えた。

「あきらめたようじゃ!」

「油断をするな」と、大将の長男。「場所を変えるだけかもしれん」

 大将の読み、的中。

 翌々日。

 敵軍は工房のお山から四方八方へ広がり、日没と同時に、一斉に放火を始めおった。

「これは・・・」大将、ため息をつく。「父上でも、空飛ぶ台でも、全部は間に合わぬ」

「大将。よい策がございます」

「母上?」

 目がひとつしかない母。

 ふだんは戦に関わらん彼女、このときに限り、息子どもの側に居った。

「真の巨人が、我らの軍にはいるのですから」


 大きな扉が、外に開く。

 扉よりもさらにでっかい、もんのすごくでっかい巨人が、姿を現わす。

 真の巨人。

 背を伸ばす。するとその頭、工房のお山を遥かに越えて、そびえ立った。

 目がひとつしかない厳めしい顔が、天をつく。

「おまえたち! 緑の魔術の国の、放火犯どもめ!」

 空に轟く(とどろく)声で言う。

「火付けなどをするくずには、これがふさわしい扱いじゃ!」

 ぐーんと両手を開く。

 それを、打ち合わせる。


 ばりばりばりばり!!!


 空が裂けた。

 真っ白な光が、つばさへびのごとく、四方八方へ乱れ飛ぶ。雷光である。

 放火犯ども、耳破れ、目回し、鼻血を出してその場に倒れた。

 空に暗雲渦を巻き、宵闇一気に闇へと落ちる。

 ごう、ごう、ごおお!

 無明の闇に、滝の雨。叩きつけ、またたくまに森の土と混じって暗黒の激流となる。

 火は消え、100人の放火犯も、主犯たる指揮官も、跡形もなく消え去った。


「お疲れじゃ、じじ上」

「うむ。ずぶ濡れじゃ」

 引き揚げてきた、真の巨人。

 すなわち、巨人の王。

 (´・ω・`)こんな顔になって言うた。

「べつだん、山が丸焼けになろうとじゃ。この工房は、なんともないが」

「いや、義父上。お手柄ですぞ」

 鬼神。アーマード鬼神台と一緒に、外から戻ってきた。

「なんじゃ。おまえまで、ずぶ濡れじゃないか」

「万が一があってはと、相棒と2人で飛び出したのだ」

「なんでそんな余計なことをする」

「なんでって、罪のない者に火が及んではいかんでしょう。

 例のかわいそうな氏族だとか。息子どもが付き合っとるハイエルフの娘だとか。

 だが大丈夫だった。まったくお手柄ですぞ」

「わしの知ったことじゃないわ」

 巨人の王。

 (`・ω・´) こんな顔になって言うた。

「じゃが、手柄はもろとく」


 緑はこりない。

 放火、山に罠を仕掛ける、死んだ獣の死体をそこらに撒き散らす、などなど、嫌がらせを継続する。

 怒った三男。がんばって対策をした。

 四男五男を正式に部下とし、『たこ偵察隊』を強化。カモフラージュされとる敵キャンプの発見に務めた。

 キャンプさえ発見すればこっちのもんである。近接戦で、鬼神やお弟子隊が負けるはずもない。

 次々にキャンプを発見、駆逐してゆく。

 困り果てた緑の軍。

 魔術兵を出して、たこを撃ち落とそうとした。だがこれは鬼神たちの思うつぼであった。

 飛ぶたこ。追う魔術兵。

 やぶからヒョイと出てくる鬼神。「やあ」

「ひ!?」

「ようこそ、巨人の国へ」

 投石。魔術兵墜落。

<たこ釣り成功じゃ!>


「魔術兵が捕虜になったと聞き、面会しに来ましたえ」

「・・・エスロ博士!」

 投石で墜落した魔術兵。捕虜となる。

 巨人の部屋にぽつーんと閉じ込められておったところに、エスロ博士が面会に来る。

 なんと、2人は顔見知りだったんである。

 エスロ博士と同じ、魔術大学の研究員だったのだ。

「大学で研究をしておられるものと思うておりましたに」とエスロ博士。

「それが・・・生活費のため、3年魔術兵に応募しまして・・・」

 『3年魔術兵』とは、3年の期限つきの魔術兵である。

 魔術兵は高度な訓練が必要なので、1年を通して雇用され、給金ももらえる。

 ちなみに歩兵は季節雇用である。大半が農夫なので、田植えや収穫の時期には帰してやらんといかんのだ。

「・・・まさか、これほどの泥沼になるとは。たかが、山の巨人相手に」

「巨人の国をあなどってはなりませぬ」

「ああ! 歩兵は捕虜にせぬと聞いておったに、なにゆえ私だけ」

「魔術兵だからですえ」

 歩兵の捕虜は邪魔だから取らんだけである。鬼どもを舐めるなということである。

「そえ! 博士は、王妃殿下に顔が利きましょう? どうか、お口添えを!」

「それは無理ですえ。王妃殿下は、利のない話には見向きもされませぬ」

「ああ、そんな・・・このようなところで、時間を無駄に」

「生きておれば、研究は続けられますえ」博士は筆と墨を差し入れた。「ここは、戦場より安全ですに」


「キャンプ発見じゃ!」

「よし。私が行こう」

 三男と鬼神、いつものやりとり。

「・・・奴ら、いつまで続ける気なのだ?」次男がぼやく。「勝ち目がないと、わからんのか?」

「勝てぬと知ったからこその、へばり待ちよ」と大将の長男。「こちらが疲労し、崩れるのを期待しておる」

「父上をへばらせるのが狙いか」

「いかにも」

「ふふん」鬼神は笑った。「奴ら、やっぱり私を猿と思うておるようだのう」

 鬼神。

 断じて、猿ではない。尋常の生きものではないんである。

「イライラはする。だが、それだけのことだ!」

 鬼神、出撃。

 敵キャンプを急襲。勝利。武器を奪い、ヨロイを引っ剥がし、食料を奪って、追い散らす。

 そうする間に次のキャンプ発見。急襲。追い散らす・・・。

 来る日も来る日も、鬼神は出撃した。

 昼も夜も。晴れの日も雨の日も。


 敵軍。

 へばった。

 なんせ、敵は人間である。しかもずーっとキャンプである。

 虫には刺されるわ、風呂には入れんわ、トイレもないわで、環境は劣悪である。

「身体がかゆい」「頭がかゆい」「へびに噛まれた。死ぬる」「げほげほ」「咳すな。うつる」「隊長、1人倒れましたえ」「またか」

 しかも任務は放火のような薄汚い工作ばかり。略奪のチャンスもない。

「火付けはもう嫌やえ」「まさに。女神さまに顔向けできぬ」「割に合わぬ。給金もっとくれ」

 士気、見る見るうちに低下してゆく。

「私の兄、鬼神に殴られたらしい。絶対勝てんと言うとった」「私もそう思うえ」「勝ち目ないに、上の人間は阿呆やえ」

 歩兵。本業農夫。里心(さとごころ)つく。

「田んぼがなつかしい」「かえるの声がなつかしい」「とっとと帰って、魚でも釣ったほうがマシやえ」

 士気が落ちればトラブル連発──と、相場は決まっておる。

「出歩くな! 敵に見つかるに」「なにえ。うるさいのう」「なにえ、やるか!」「なぐるえ」「泣かすえ」けんかをする。

「もういややえ。うち帰るう」「待て」「止めても無駄やえ」「私も帰るに、ちょっとだけ待って」「うん」脱走をする。

「あれ? ここはどこ?」迷子になる。

「あれ? かぶと、どっかやってもうた」落とし物をする。

「あ、かぶとあった」「おい、なんか飛んでおる」「なにえ」「いかん。敵のアレ」たこに見つかる。

「あ! こな場所で、火ぃつけなえ」「ばか。油に引火」「にげろー」「隊長、失火しましたえ」「またか!」火事を出す。

 鬼神がへばるのを待つはずだった緑の軍が、先にへばってしもうた。


 やがて。

 農繁期。農業が忙しくなる時期、到来。

 歩兵、さようならの時期である。

「終わった終わった」「さあて、畑を耕すべし」「やはり本業が心に良し」「うむ。今回の戦はつまらんかった」


 緑の軍は、戦にやぶれたのであった。


14、エスロ博士、むかしをかたる


「なんで俺らが、ばいしょうをせねばならん!」

「そうじゃ! そうじゃ! 理不尽じゃ!」

 ──戦もひと段落。

 家族会議の、食堂にて。

 テーブルにはいつも呑んどるボリュームたっぷりのスープ。お茶。甘いお菓子。

 鬼神一家。エスロ博士。空飛ぶ台の一族4台。エスロ台、鬼神台、壱号、弐号である。

 巨人の王は「新たな開発が忙しい」と言うて、不在であった。

 代わりというわけではないが、鬼神の四男が同席しておる。

 その四男が、発言をした。

「兄者。鬼神台は父上の生命を救ったのです。手柄を褒めるところではありませんか?」

「弟よ、よくぞ言うた!」次男が拍手した。「そうだ。戦功を褒めるべきところよ」


 話題となっとるのは、鬼神台の一件。ようやく交渉が合意に達したんである。

『巨人の国は、エスロ博士の愛国心を傷つけたことを謝罪する。

 高潔なエスロ博士の希望に従い、捕虜の魔術兵を解放することで、賠償とする』

 つまりは、「捕虜解放するから、話は終わりね」である。

 緑。もはや敗戦確定とあって、タダで捕虜返還と聞いて飛びついたようであった。


「鬼神台は勇敢であった。私も、称賛をする」

 大将やっとった長男が認めた。

「この合意は鬼神台を責めとるんではない。博士の愛国心を傷つけたこと、賠償したまで」

「そういうことじゃないわ! 空飛ぶ台は生きもんじゃ。主人を守って何が悪いかっちゅうことじゃ!」

「そうだそうだ! それに、ばいしょうというて、得をしたのは緑ばかりだ。博士は一文も儲けておらん!」

「うむ・・・まあな」

 三男と次男がすごい勢いで怒っとる。長男劣勢である。

 すると。

 ぶわっさ。博士の隣に控えとるエスロ台が、羽ばたきの音で注意を引いた。

 博士にこつんと頭突きをする。

「・・・ええと、交渉も終わりましたし、私も本音を申し上げてよろしいかに?」

「おお! ぜひ聞きたいところじゃ」と三男。「ええじゃろ? 兄者よ」

「もちろんですぞ、博士」と長男。

「では」

 博士、しばらく考える。

「・・・我が孫とも思う鬼神台が、祖国との戦闘に出たことは、たしかに、複雑ではありましたに」

 ぶわっさ・・・。鬼神台がしょげた。

「そやに、私がいちばんに思うたのは──ばかめ! 若いときの私か、おまえは! と」

 ぶわっさ?

 エスロ博士。鬼神台に抱きついた!

「ようやった! この、若造め!」

 ぶわっさ! 鬼神台がはしゃいだ。

 ぶわっさぶわっさ! エスロ台がとがめた。『あぶないから動くな』とか注意をしたようである。鬼神台、トゲトゲなので。

「それは・・・開発者として、彼の性能を褒めておられる?」長男が質問をした。

「いいえ。鬼神台という1人の若者の行動に、痛快な気分になったのですえ」

 博士。

 はしゃいだあと、テーブルにもどり、スープをちびちび呑む。

 このスープ、博士も好物なんだそうである。胃にも優しいしと言うておった。

「博士も、飛び出したことがおありなんか?」と三男。

「はい。

 あれは、我が国がまだ『国』とは名乗っておらなかった頃のこと。

 ドラゴン退治で、私は飛び出し、あばらを折られてしもうた」

「なんじゃと? 博士が?」

「はい。

 敵は、黒い水のドラゴン。うなぎのごとく細長く、悪知恵もよう回る奴でした。

 水をあやつって渦となし、人を捕らえて丸呑みにするという、水竜ですに。

 我が氏族の長が、その渦に囚われた。

 あわてて飛び出した私はドラゴンの尻尾に巻かれ、あばら、ぽっきり。

 これはもう、死んだ、と思いましたに」

「それでどうなったんじゃ?」

「指揮をしておった荒風寺院(あらかぜじいん)の族長が、私たちを助けてくれましたのえ。

 魔弾を一斉に撃ち込み、ドラゴンをへばらせた。ドラゴンは逃げ去りましたえ。

 あと1秒遅ければ、私は背骨を折られ、もはやこの世に居らなかったことでしょう」

「ほっほう」

「荒風寺院というのは、御国の首都の名ですね」と目がひとつしかない王妃。

「まさに。古い太陽の寺院でして。

 そこに住み着いた部族が都とし、その名を部族の名ともしたのですえ」

「ドラゴン退治か」鬼神は楽しそうにした。「参加したかったわい」

「鬼神さまが居られれば、私のあばらも折れずにすみましたに」博士も笑った。

「魔弾とは、父上も喰らった、あれか」と次男。

「たぶんそうだ。あれはまったく変な呪文だ。ドラゴンもびっくりしたろう」と鬼神。

「魔弾には、急激な疲労をもたらす効果もあります。力抜け、足萎えるのですえ。

 それで私は助かったわけですが、えらい怒られましたに」

「勝ったのに、博士は怒られたんですか」

「なぜ飛び出す! 弓兵の準備もできておらんのに!

 おかげでドラゴンを取り逃がしたわ!

 この若造め! ようやった! ──と、わけのわからぬ怒られ方をしました」

「面白い指揮官ですな」と長男。

「その指揮官とは、どんな御方だったのです?」と王妃。

「先代の荒風の部族長にして、英雄魔術師と呼ばれた御方ですえ。

 これがとにかく恐ろしいおっさんでして、私はいまでも頭が上がりませぬ。

 いまは学長などというて、静かにしておられますが」

「まあ。学長閣下でしたか」


 エスロ博士の昔話に、みんななごむ。

 お茶を呑んで一息ついたところで、話が変わった。


「ところでだ」と長男。「命令違反の罰がまだだった。倉庫の掃除を命じる」

 ぶわっさ・・・。鬼神台がしょげた。

「いや、おまえではない。鬼神台よ」

 ぶわっさ?

「おまえは父上の相棒だろう? 兵でない。私の命令なんぞ、聞かんでよい。

 今後とも父上を助けてくれ」

 ぶわっさ! 鬼神台は元気になった。

「よかったのう」と三男。

「貴様ぞ、たこ偵察隊長。勝手に通信しおって」

「ええ? わしかい! 母上は?」

「母上は兵でない」

「父上は?」

「命令違反には関係ない」

「ほじゃ、わし1人じゃないか! 無理じゃわ! どんだけある思とん(おもとん)じゃ!」


 倉庫掃除。巨人の倉庫の、掃除である。とてつもない重労働である。

 仕方ないから、三男、このために新発明をしたわい。お掃除人形というものを造ったんじゃ。

 したら、そいつが、じじ上の持ち物を壊してしもた。それでえらい怒られてしもうたんじゃ。

 三男、ずいぶんへこんだんじゃぞ。まったく、ひどい罰もあったもんじゃ。


15、戦争終了


「奴ら、結局、降服をせなんだのう」

 鬼神。

 目がひとつしかない妻と2人、お茶を呑む。

 敵が完全に退却したのを確認して、久しぶりにのんびりしとるんである。

「賠償を取り損ねたわい」 

「約束をさせたところで、あの国にはもう支払い能力がありませんわ」

「借金をしとるらしいのう。私には、いまいちわからんのだが」

「それはこういうことですわ──」


 緑の魔術の国。

 軍を動かすため、借金をしておった。

「巨人の国に勝てば、地下の巨大な建築物、我が物となる。その価値、1領地相当という」

「巨人は優秀な労働者と聞く。武力をもって制した者には忠実に従うという。その価値、1部族を上回るとか」

「空飛ぶ乗り物の技術、あらゆる分野において、その価値、計り知れぬ」

 ・・・などと、皮算用(かわざんよう)。

 勝てば儲かるのだというて、戦に突入した。

 だが、負け。

 借金、返せん。

 となって、長老会議、荒れた。

「敗戦の責任、荒風寺院の部族にこそあり! 戦を主導した責任を取られよ!」

「くぼみの地で無様にも全滅したる騎兵、火付けの大罪を犯した指揮、いずれも月見ヶ原(つきみがはら)の過失なり!」

「なにを、裏切り者の荒風め! 貴殿らの派閥に所属するエスロなる裏切り者、その首ここへ晒しおれ!」

「無様な薄のろ馬乗りごときが、愛国者たる魔術博士への侮辱は、荒風への侮辱やに!」

「愛国者が聞いてあきれるえ! 空飛ぶ乗り物の技術、敵軍に売り渡したること、裏切りと言うよりほかなし!」

 ・・・と、いった感じで、国の中核をなす2部族が衝突。

 この亀裂は深刻であった。

 なにしろ、この2大部族は、かつて敵同士だったからである。


 荒風寺院の部族。

 国を建てるまでに、数々の怪物、敵対部族を打ち倒してきた。

 その最後にして最大の戦いが『月見ヶ原の戦い』だったんである。

 平原で待ち構える月見ヶ原騎兵団。

 真っ正面から突っ込む、荒風寺院の魔術兵団。

 弓に落とされながらも接近を果たした魔術兵、『ぬかるみ』の呪文で地面を泥沼にする。

 騎兵団は泥を蹴って進もうとするが、そこに荒風の歩兵が突撃。乱戦となる。

 泥沼での激戦の末、月見ヶ原騎兵団が降参したんである。

 この戦いは、正々堂々としたものであった。

 当時はいずれの部族も先代族長であったが、2人が互いの武勇を褒めたたえ、親友となったほどである。

 こうして2大部族は打ち解け、めでたく部族連合国家『緑の魔術の国』が成立した。


 ──が、しかし。

 両部族の明暗、むしろ建国後に大きく分かれる。

 荒風寺院の部族は、借金などの金融経済にも明るく、都市運営に成功して伸びてゆく。

 だが月見ヶ原は遊牧と騎兵にこだわり、経済的には失敗をする。どんどん萎んでしまう。

 さらに、つい最近のこと。

 月見ヶ原の先代族長が、平原を馬で走っておって落馬し、首を折って即死してしもうた。

 過去の因縁、敗戦、借金問題と来てからの、2大部族をつなぐパイプの切断である。

 もうだめですね。

「かくなる上は、総動員をしてでも、彼の山(かのやま)を燃やすべし! それ以外、打開策はなし!」

「なんと!? 火付けは、前線指揮官の暴走ではなかったのか!? 月見ヶ原よ、気が触れたか!」

「借金部族は引っ込んでおれ! 邪魔をするなら、打ち破る!」

「きちがいめ! これ以上の暴挙、見過ごせぬ! 馬乗りが魔術兵団を破れるというなら、やってみよ!」


 2大部族の関係は急速に悪化。泥沼の内戦へと突入していく。

 くぼみの地の戦い。あの、たった1日の戦闘だけを、歴史に残して。

 ハイエルフと鬼の初めての戦争は、うやむやのうちに終了したのであった。


「──ということです」

「そうか。ま、賠償なんぞ、どうでもええか。

 これでまた、あの小さな氏族のところに、あいさつに行けるというものだ」

 小さな氏族。

 正しくは『灰沼(はいぬま)の氏族』である。

 鬼神。ときどき遠くから見て、生き延びておるのは確認しとった。

「あれから、子供がなんとか育ったようでな。少し明るい雰囲気になっとったぞ。

 ついじーっと見ておったら、見つかってしもうてのう。ニヤリと笑われてしもうたわい」

「まあ、あなた。それでは、のぞいたお詫びを持っていかなくては」

「うむ」

「ふつうに話せるようになって、よかったですね」

「まったくじゃ」鬼神はお茶を呑んだ。「国滅びて、人間ありだ」


※このページの修正記録

(読み直したときに印象が変わるぐらいの規模の変更のみ書いてあります。単純ミスの修正(語尾を直したとか)は書いてません。)


2022/05/02

「12、エスロ博士、こうぎをする」

 冒頭の抗議文、誰が読んでいるのかわからなかったので、文章を追加。エスロ博士です。

「13、緑の軍、ひつけして、まける」

 捕虜となった魔術兵の説明がなかったので、文章を追加。魔術大学の研究員です。

「15、戦争終了」

 話の流れがわかりづらかったので、構成を少し変えてわかりやすくしました。

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