第24話 四人目の相談者『内木帆夏』1
ウェーブの掛かった肩ぐらいまでの黒髪に可愛らしい顔立ち、胸も鷺ノ宮ほどではないがそこそこある。ミスコンとかで絶対優勝するレベルの美少女だ。
だが、俺には分かる。こいつはヤバい。
目が同じなのだ。狂っている時の鷺ノ宮と。
こいつはすでにヤンデレなのだ。
それはつまり、
鷺ノ宮に対する俺の立場……いや、高校に入ってからの鷺ノ宮は夜のラインも何故かやめてくれてるし、かなり常識を分かってくれているので、言うなれば中学の時の、鷺ノ宮に対する俺の立場と言うべきか。
それを、片ノ瀬先輩は何年も経験している。俺には分かるのだ。それがどれだけ辛いことか。
だからこそ、一体俺はどうすればいい!?
俺と鷺ノ宮で相談に応えるべきか、俺個人に頼まれた片ノ瀬先輩の言葉を優先し、この相談を放棄させるべきか……
そんなことを考えている間も、話は着々と進んでいる。
「もっと詳しく教えてくれる?」
「うん。三年の
恐ろしいほどの笑顔と呪うような口調で、内木は宣言した。
「その人と、どんな関係なの?」
「どんな、関係……!?」
鷺ノ宮の質問に、内木の眉がビクッと反応する。聞いちゃまずいやつだったようだ。
色々なことを頭で巡らせるように頭を抱え出した内木から、狂気がみるみる溢れ出してくる。
ヤンデレ特有の急な暴走が来るぞ……
そして案の定、彼女は今まで溜まっていたものが爆発するかのように発狂しだした。
「……わたしはあの人の近所に住んでるの、生まれた時からァ! 当然幼稚園からずっと一緒! 小学校も、中学校も。わたしは幼稚園の年小の頃から彼が好きだったァ! いつも明るく接してくれるお兄さんみたいなあの人が大好きだった! だから、毎日愛を伝えた。今日に至るまでの十二年間以上、ずっと愛を伝え続けた! なのにィ……、一度も相手にしてもらえなかった。わたしだけがあの人を幸せにできるのに、あの人は全く振り向いてくれなァい。……ねぇ、なんでだと思う!?」
もう、彼女がどこまで正気なのかは分からなかった。ただ、荒々しく叫び続けた。
だが、涙は一粒も流れていない。それは、すでにたくさん泣いたからだろうか。それとも、狂いすぎて涙なんて流れなくなっているのだろうか。
その、どちらもかもしれない。
俺は彼女の言葉に、どちらの味方につけばいいのか分からなくなった。
これだけ一人の人を思い続けている女の子を、応援したいという気持ちが沸いてしまうのは当然だろう。
そういう人を、身近に知っているからこそ。
鷺ノ宮は、内木に近づき、そっと抱きしめた。
「落ち着いて。大丈夫、分かるよその気持ち。私たちはあなたの味方。任せて」
私たち、か……。鷺ノ宮の優しい弱音に胸が締め付けられる。
毎回、ほぼ鷺ノ宮が頑張っているにも関わらず、彼女はずっと「私たち」と言ってくれていた。
でも、今回は本当に「私たち」と言えるのだろうか。
内木の狂気は治らない。
「じゃあなんで、あの人が振り向いてくれないか教えてくれる!?」
それに対し、鷺ノ宮は清々しい笑顔を見せた。
「その片ノ瀬って人が、馬鹿だからだよ」
「そんなわけない! あの人は馬鹿じゃないもん!」
内木がまたキレた。ちょっと、いやかなり面倒くせぇぞ……
しかし、鷺ノ宮のヤンデレは、内木のヤンデレを上回る。
「よく考えてごらん。内木さんのに振り向かない片ノ瀬なんて、存在価値がないでしょ?」
「……確かにぃ」
「だから、馬鹿な片ノ瀬を、内木さんが治してあげればいいんだよ」
「そう、そうだぁ」
内木でさえも、鷺ノ宮は誘導してしまう。十二年間で形成されたヤンデレを上回るとか、彼女は一体、何者なのだろうか。
ってか、思いっきり「片ノ瀬」って呼び捨てしてたな……。
鷺ノ宮は内木を離し、真剣に一言。
「こっちから一方的に攻めてもだめ。身も心も自分の思いのままにしてこそ、その人を手に入れたことになるんだよ」
「……うんっ」
そして、内木は狂気を含んだ目ののまま、鷺ノ宮を見つめて頷いた。
俺は結局、どうするべきだろうか。
内木の気持ちも分かるし、片ノ瀬先輩の気持ちも分かる。
答えが出せないまま、相変わらず鷺ノ宮と内木の話は進み続ける。
***
それからと言うもの、すでに毎日告白している内木が、確実に片ノ瀬を落とすための作戦が始まった。計画はどんどん進んでいる。
変わらず俺は、傍観しているだけだ。いつもと同じはず。しかし、全く部活に対する充実感、熱中している感が感じられない。……それも当然か。
俺はまだ迷っているのだから。
そして迷っているまま、土日を挟んで四日が過ぎた、五月十九日の月曜日。
今までとは違う、鷺ノ宮に教えられた告白方法で内木が想いを伝える日が来た。
片ノ瀬先輩は野球部らしいので、俺たちは校舎の外階段の四階と三階の間から、グラウンドをこっそりと見渡していた。
休憩時間になったようで、片ノ瀬先輩がグラウンドを出て、冷水機の近くへやってきた。
「行って来るねぇ」
「うん! 頑張って!」
鷺ノ宮が応援すると、内木が階段を降りて片ノ瀬先輩の方へ向かった。
周囲には運よく片ノ瀬先輩しかいない。狙うなら今か……。
鷺ノ宮が、内木を見守りながら声をかけてくる。
「上手くいくといいですねー」
「ああ、そうだな……」
俺は、歯切れ悪く答えることしかできない。
内木が片ノ瀬先輩に話しかける。作戦が開始された。
「部活、お疲れ様ですぅ」
「うわっ、また現れたな……」
言いつつも、片ノ瀬先輩は全く驚いていない。ただ、かなり嫌そうな顔をしただけ。
そして片ノ瀬先輩が冷水機をしようする前に、内木が用意したペットボトルの水を渡す。ただし、キャップは内木が開けてから。
「まぁ取り敢えず、これどうぞぉ」
「あ、サンキュ……」
手を震わせながらおそるおそる、片ノ瀬先輩は受け取った。めっちゃ嫌そうだ。
この作戦は、ここからが本番なのだ。
何の疑問も抱かずにごくごくと水を飲んだ片ノ瀬先輩に、内木はニヤつきながら言う。
「実は今の、わたしの飲みかけなんですよぉ」
「え!?」
「嘘ですぅ」
「……なんだ嘘かよ」
「やっぱり嘘じゃないですぅ」
「どっちだよ……」
内木の言動に惑わされる片ノ瀬先輩。
そして、トドメとばかりに内木は煽るように笑う。
「――どっちでしょうねぇ〜」
すると片ノ瀬先輩は、はっと気づいてペットボトルを眺める。
「そうだ、キャップを開けた時の感覚で分かったはずだな。確か……」
そして彼は、すぐに気づいた。
「そうだ、お前が開けたのか」
「はい。さて、どっちでしょうかぁ〜?」
そう、これは、自分が相手と間接キスをしたのかどうかが分からなくなる作戦。その確率は五十パーセントなので、相手はもしかしたら……と思わざるおえない。
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