第28話「女剣士」
構えた片手剣と降り下ろされた大剣。
恐らく、あのまま刃を交えていたら危険だっただろう。
こちらが人間だと気付くと彼女は大剣を下ろした。
「…全く。紛らわしい格好をするな!危うく叩き切ってしまう所だったじゃないか!」
「知るか!そっちが気を付けろよ!」
彼女は溜息をつきながら大きな大剣を背中に戻すと、文句を吐いた。
恐らく、こちらが魔獣の皮を着ていた為か、
魔獣と勘違いしたようだ。
それにしても、見た目と反して口調が荒い女性だ。
その格好も物騒すぎる。
背丈と同じくらいの長さを誇る大剣を背負い、
豊満な胸のみを隠す鎧を着けている。
さらに、この極寒環境でミニスカートにタイツ。
武器以外は違う意味で物騒と言える。
「あの、あなたはどちら様ですか?」
そこでアマリアが赤い瞳をパチパチしながら尋ねた。
ちょうど聞こうと思っていた質問だ。
「ん?私か?名はレイラ・クロフォード。オセロ出身だ。お前達こそこんな所で何をしていたんだ?」
「俺達は…マナを回復する湖を目指してここに来たんだ」
「なんだそれは?興味無いな。私は、グレイス聖王国王都に近道しようとここを来たんだが、迷子になってしまっただけだ」
理由が単純だ。
しかし、本来の目的は自分達と同じだ。
敵では無い事が分かった。
彼女が言うオセロの事は知っている。
その国は都市国家連合であり、
グレイス聖王国から南に位置する国だ。
500年前の世界大戦後に衰退した南方の小国同士が連合して、建国された国らしい。
今では商業が盛んな国として知られている。
王族が統治するのでは無く、共和国制を導入している。
連合した各国から出馬される代表者が集って議会を開いて政策を決議するらしい。
民主主義に乗っ取った政治運営だ。
この世界にしては近代的なシステムと言えるだろう。
何の為にグレイス聖王国王都に行くのかは聞かなかった。
そこまで聞くのは
「奇遇だな。俺たちもグレイス聖王国王都に向かっている最中なんだ」
「おお!なら私と一緒に行くか?道中の見張りだったら任せろ!」
少しテンションを上げてレイラは提案して来た。
1人だと迷子のままだと危惧したからだろうか。
しかし、剣を交えた様子からするとかなり腕は立つ様だ。
アルタイルは剣の衝撃で今でも腕が痺れている。
彼女に属性魔法を使えるかは分からない。
剣術に限るとレイラに
「勿論、俺は問題ない。アマリア、お前はどうなんだ?」
「私も賛成…です。人数は多い方が頼りになりますからね」
アマリアはそう言うと、アルタイルの方をチラッと見る。
まるでこちらが頼りないと言わんばかりの視線だ。
相変わらず失礼な少女だと苦笑いを見せて答えた。
◆
やがて一行は地上に向かって歩き出した。
降り積もった雪の上をザクザクと進んで行く。
「そういえば、いきなり雪が止んだな。願ったり叶ったりだ。良く晴れ女と言われていたが伊達では無いな!」
「そうなんですか」
アマリアとレイラが会話をしている。
レイラは手を空に向けながら話していた。
しかし、天候に関して心当たりはある。
恐らく、倒された氷白龍が影響しているのだろう。
ところで、あの紫の龍はどこに行ったのだろうか。
近くの空を飛んでいるのか。
湖から消えて以来、まそこまで時間は経っていない筈だ。
そんな事を
沈黙の空気は気まずい。
何か話題をつくる為にアルタイルは頭を捻った。
「…そういえば、レイラは何か属性魔法は使えるのか?」
「私は神聖属性を扱えるぞ。……だが、剣の方が頼りになる」
神聖属性。
それは身体能力、魔法の威力を強化する事が得意な魔法だ。
また、闇属性魔法に対して相性が良い。
もし、闇属性魔法を駆使する神龍教徒と遭遇したら頼りになるかもしれない。
「お前達は使えるのか?」
「えっへん。私は水属性魔法を使えます。ですが…こっちのアルタイルは何属性を使うかわかりますか?」
何故かアマリアが自慢げに属性を紹介している。
正直に言うとやめて欲しい。
ハードルを上げられると落差が大きい。
『雷属性』なんて知っている人がいないのだ。
「お前達も属性魔法を使えるのか。そっちのアルタイルとやらは…うーん、そうだな。風属性を使いそうな顔をしているな」
風属性を使いそうな顔とは一体どんななのか。
しかし、勿論ハズレだ。
この世界で当てられる人はいないだろう。
「違います。なんと『雷』ですよ!」
アマリアが答えた後、沈黙が訪れた。
……予想通りの空気だ。
レイラはジトっとした目でこちらを見ている。
あれは、信じていない瞳だ。
「
「信じられませんよね。私も最初はそうでした。でも嘘ではありません。アルタイル、この人に見せてやって下さい!」
「あ、あぁ」
アマリアに急かされる形で
そして、心の中で魔法をイメージ。
今回はただの披露だけだ。
威力の弱い魔法を選択する。
「
そして紫に光る弾を雪に放ち、
チラッと横目でレイラの顔を覗いた。
彼女は目を大きくして、魔法の消えた後を見ていた。
一方、アマリアはうんうんと頷いている。
「幻術の魔法を使った…のか?」
「違います!あれはどう見ても雷ですよ!」
アマリアが反論した。
レイラは片手で頭を撫でながら、目を白黒させている。
「そ…そうなのか。驚いた。なんでだ…?」
「俺も分からないが、生まれた時から雷属性を操れたんだ」
「凄いな。属性の相補関係から外れてるなら、他の属性よりも有利に立てるんじゃないか?」
そんな会話をしていると、
雪に紛れて何かが忍び寄ってくる。
数は6。
荒い鼻息も聞こえてくる。
それは、3人の後ろから、近付いて来ていた。
白い毛皮を生やした、丸い巨躯。
赤い光点の目。
――熊の様な魔獣だ。
「お!なんだなんだ。魔獣か?」
「……」
レイラはこの状況に嬉々としている。
背中の大剣を鋭い音と共に引き抜くと、
魔獣に構えた。
アルタイルとアマリアは警戒を向ける。
「手っ取り早く私が蹴散らしてくるか!」
と、レイラは魔獣の群れの中へ突撃しようとする。
だが、上空から紫の光が爆ぜた。
アルタイルはそこで叫ぶ。
「……待て!」
その瞬間、空から稲妻が降った。
雲の無い晴天からだ。
それは魔獣の群れに直撃。
一瞬で魔獣のいた所は爆音と共に爆ぜた。
恐らく、全部即死だろう。
焦臭い匂いが風に乗って鼻腔を突く。
何が起きたのか分からない3人は空へ顔を上げた。
その視線の先にあったのは空を悠然と舞う巨大な影。
空を羽ばたく音が聞こえる。
この音に聞き馴染みがあったアルタイルは、
その正体を掴んだ。
「お、あれは!」
「何がいたんですか!」
「ほら、あそこ!一回龍に乗った話をしただろ?その龍があそこに飛んでるんだ」
「え?あの、作り話ですか?」
アマリアは目を細めて空の方へ視線を送った。
と、同時にアマリアの顔に緊張が走ったのを見た。
「え?あ、あれって第三位階以上の龍クラスじゃ無いですか?……早く逃げないとっ!」
「いや、大丈夫だから」
狼狽するアマリアを説得しようとするが、
レイラまで口を割って来た。
「おい、アルタイル!何呑気な事を言ってるんだ!あんな龍と真っ向から立ち向かったら死ぬぞ!見るからに何百年も生きている龍だ!さっきの魔獣とは比べものにならない!」
そんな慌ただしい一行を下に見ながら、
紫の龍は激しい風と共に降下してくる。
やがて、紫の龍は翼を3人の前に下ろした。
生み出された風に髪の毛を乱しながら、
アルタイルを除く2人は冷たい空気を力一杯飲み込んだ。
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