第12話「圧倒」
狼のような黒い魔獣達は、
速度を衰えず村の元まで距離を近づく。
対する村の男達は迫る絶望に生唾を飲む。
手には震える武器を構えていた。
その黒い波に向かって1人の影が向かう。
アルタイルだ。
「―――アルタイル君!危ないぞ!下がれ!」
1人の村人が大声で叫ぶ。
が、その声は魔獣の波の中に掻き消される。
アルタイルは群れの波へ飲み込まれそうになっていた。
だが、サウロだけは腕を組んでアルタイルがしようとしている事を冷静に見届けようとしていた。
これから何が起こるのかを予期しているのだろう。
「な…何をしてるんだ!!アルタイル君が死んだらシリウスにどう顔向けすればっ!」
その悲痛な叫びはアルタイルの元に届かない。
しかし、その憂虜は次の瞬間、
――
この言葉と共に半数以上の魔獣が、
雷の渦に吹き飛ばされ、宙に舞った。
村人達は余りの眩しさに目を掌で覆う。
村人達はやがて目から掌を離した。
と前方には焦土と化した光景が広がっていた。
130匹は
雷の渦に触れ、宙に舞うのと同時に魔獣は焼かれたのだ。
サウロと居た時よりも魔力を最大効率で変換した。
それにより、威力は膨れ上がっている。
「ふぅ。一仕事完了。やっぱりこの範囲魔法は集団戦に最適だわ」
生き残った魔獣は先程の惨劇を目の当たりにし、この人間に近付くのに躊躇している様子だ。
先程までの威勢は顰める。
だが、村人はこの光景に言葉を失っていた。
――絶句だ。
(あれを喰らったんだから、そう簡単には近づかないだろうな)
「アルタイル君…。君…いつの間にこんなに魔法が上達していたんだ…。そりゃ村の周りの地面がダメになる訳だ…」
村人達の瞳には英雄を見るかの様な眼差しをアルタイルに向ける。
そこには畏怖すら感じられる。
しかし、予想と反して残る魔獣達はすぐに攻撃を再開する。
だが、村人達の気配から恐怖の色が消えていた。
士気が高まっていたのだ。
「よし、アルタイル君が道を開いた!大人の俺達が何も出来ないでどうする!行くぞ!」
アルタイルの勇姿に感化されたのか。
村人達の瞳には闘志が
その掛け声が村人達に届くと魔獣の残党との戦闘状態に入った。
アルタイルも加勢する。
しかし、先程のような範囲魔法は魔力の関係上、まだ連続で放つ事が出来ないため剣で応戦だ。
(しばらく、魔力を回復しないとダメだな。それまでに剣で何とか…)
しばらくして、村人の方で被害が出始める。
多勢に無勢。
気合だけで問題を解決出来ないのは、どこの世界に行っても同じなのだろう。
だが、残りは村人も伊達に狩人をして来た訳ではない。
洗練された連携で一匹ずつ確実に葬って行く。
――残り40匹という所か。
「よし。あともう一息だ」
飛び掛かる魔獣達の喉に剣を突き刺し、肉を裂く鈍い感覚を感じながら片っ端に切りつけていく。
しかし、隙をついて一匹の飛び掛かって来た魔獣に腕を噛まれた。
鋭い牙が皮膚を食い込む。
血が腕から流れた。
だが、地面に振り払おうとするもなかなか離れない。
そこにもう一匹が首に鋭い牙を突き立てる。
(――――やばい!)
咄嗟に魔獣の頬に拳を喰らわせてなんとか退けた。
しかし、この状態は流石に無視できない。
体が不自由な状態では、剣を意志通りに振る事は叶わない。
――腕に噛み付いている魔獣を離さなければ。
「くそ…体から雷を放電するしか!」
そして、体内の魔力を電気に変換する。
心臓の鼓動が早くなり血脈の流れが加速する。
やがて魔獣は痙攣し始め、白目を剥き出し失神した。
その後剣で腹を人差し。
(――よし、もういいだろう。次の範囲魔法を撃てる!)
「皆さん、一度下がってください!」
それだけ言うと村人達は何かを察したのかすぐに村の方へ後退しようとする。
物分かりが良くてなによりだ。
しかし、魔獣がしぶとく後退しようとする村人を追撃した。
これでは「雷環」で村人を巻き込んでしまう可能性がある。
なら次の魔法は…
――
暗い空に発生した時空の裂け目――亀裂から突如として放たれた複数の稲妻が一匹ずつ、確実に魔獣を追尾していく。
その様子はまるで雷が意志を持って獲物を狩っているような光景だった。
紫電に捉えられた魔獣は皮膚に赤黒い亀裂模様を走らせ、体を痙攣させる。
結果、残ったのは魂の抜け殻だけだ。
やがて、最後の一匹を仕留めると、村には静寂が広がる。
一瞬の出来事だった。
だが、村人達から起きた歓声の声が静寂を払う。
「――凄い!凄いよ!アルタイル君!」
「――君はこの村の誇りだ!」
「――腕を怪我してるじゃないか!すぐ手当を!」
村人からは称賛の嵐と怪我を気遣う声で溢れた。
村の中心の建物に避難していた女子供達も、ゆっくりとした足取りで外の空気に触れる。
その中に母セレナもいた。
母はゆっくりと近づいて来ると涙を流しながら抱擁する。
先程の様子を見ていたのだろう。
「あなたは本当にすごい子ね…。私たちの宝物だわ…」
「ちょっと…。大袈裟だって。ほらみんなも見てるし」
しかし、その様子を見ていた1人の村人から拍手が生まれる。
やがて、それは大きな波となって村中に響いた。
村長が言うには今回襲来した魔獣達は付近一帯を支配する魔獣だったらしく、もう襲ってくる事は無いだろうとの事だ。
それを聞き、ある一つの事を決意した。
この場を利用してそれをセレナに伝えようとする。
「―――母さん。俺、グレイス聖王国王都に向かっていいかな?父さんとルーナが心配なんだ」
「――もちろんよ。あなた程の子ならきっと何かの役に立つ筈。それにもう17歳。1人の大人よ。あなたが決めた事なら私は止めはしないわ」
セレナは薄らと考えに勘づいていたのか。
グレイス聖王国王都に向かう事を快諾してくれた。
しかし、その瞳には僅かに困惑の色が見える。
村人からも惜しむ様な雰囲気が漂い始めた。
「そうか…。アルタイル君も、聖王国王都に行ってしまうのか。ルーナに続いて寂しくなるな。」
「いえいえ、何も無かったら直ぐに帰って来ると思いますよ」
「ははっ。そうか。ならその時は今回の件も含めて盛大にパーティーを開こうじゃないか」
「そうですね。ありがとうございます」
もう日付が変わろうとする時間に差し掛かっていた。
だが、村人達は魔獣の死体を片付ける作業をする班、村役場で負傷者の治療する班、周辺を引き続き警戒する班に分かれて行動を開始した。
残った人はアルタイルが聖王国へ向かう準備をする班を組織してくれた。
一方先の戦いで大戦果を挙げたアルタイルは魔獣に浴びた腕の怪我を治療するため村役場で治療を受けていた。
――そこにサウロが訪ねてくる。
「もう明日には、出発するのか?」
「――えぇ。出来るだけ早く聖王国王都へ向かいたいので。それと出発する支度を手伝ってくれてありがとうございます」
「お礼を言うのはこっちだよ。君が居なければ私たちは全滅していたかもしれない。準備は早朝までには終わらせるよ。それまでアルタイル君はゆっくりと休んでくれ」
サウロはそのまま作業場所に姿を消す。
◆
やがて長い夜が明けようとしていた。
地平線からは太陽が神々しい光を放ちながら顔を出し始める。
闇夜は太陽を拒む様に地平線の彼方へ逃げて行く。
小鳥達の鳴き声も聞こえ始める爽やかな朝だ。
その時間は村役場で時を過ごしていた。
「――アルタイル君?起きてるかい?」
「ええ。起きてますよ。準備が終わったのですか?」
「あぁ、村から品質の良い食糧、その他、旅に便利な物を集めてかばんに詰め込んだ。聖王国王都までの旅で食糧には困らないだろう。馬の引き方はわかるかい?」
サウロが訊ねてくるが、父から馬の引き方を教わっていたため、問題ないと返事をした。
「馬の名前はなんて言うんですか?」
「あぁ、ラピドゥスだ。可愛がってくれ」
入口の前で馬の姿を確認する。
ラピドゥスの茶色く黒光りしている体毛は波打つかの様に滑らかだ。
そして、村の休憩所から出ると大勢の村人達が送り出そうと集まっており、そこにはもちろん母の姿もある。
そこで村長が口を開いた。
「アルタイル。聖王国王都はここから少し長い旅になるじゃろうから気を付けて行きなさい。腕は大丈夫か?」
「ありがとうございます。大丈夫ですよ、村長さん。」
「本当に1人でいいのかい?誰か連れていってくれてもいいだぞ?」
「いえ、1人で大丈夫ですよ」
「―――アルタイル」
村人の質問の中から弱々しい声が他の声を避けながら聞こえてきた。
母だ。
セレナが不安そうな瞳で顔を見つめていた。
母としては1人で王都に行くことに不安があるのだろう。
もしくは違う思いもあったのかもしれない。
「――母さん。不安なのは分かるけど王都までの旅だよ。そんなに心配することじゃ無い。」
「そうね。あなたも立派な大人だったわね。きっと無事に帰ってきなさいね…」
最後にもう一度抱擁し、柔らかい腕が包み込んでくる。
「よしっ!それじゃあ、出発の時間だ!アルタイル君、無事に帰って来いよ」
村人達から激励の言葉をその身に浴びる。
旅人の衣装を纏い、背中には父から貰った剣と、大きなかばんを背負った。
「それじゃあ、行ってきます」
――時が来たようだ。
一方でセレナは、ある一つの事が、胸の奥に突き刺さる。
しかし、馬に
やがて、淡い朝日を受けながら手を振り、村の皆が小さくなっていく。セレナは溢れた涙を頬に流しながらその姿を最後まで見つめていた。
◆
一方、アルタイルは外の世界への旅路に気合を込める。
(――初めての1人旅か。この世界に来てからずっと村には篭ってたからな。まあ、それよりルーナと父の事が心配だ。外の世界にも興味あったし、頑張るかっ!)
未知の世界への旅立ちに心を奮起させる。
照りつける朝日を半身に浴び、駆けていく。
この時は、新たな出会い、待ち受ける試練に気付き様も無かった。
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