最終話 わたくしは知っています


 小林さんちにやてきて、もう10年が経とうとしています。わたくしは最近では少し背中も曲がってしまいましたが、まだまだ昼中は田んぼのネズミを狩っておやつに食べたり椋鳥をとって食べたりと俊敏な動きをすることもできます。まだまだ現役でこうして健康でいれるのも小林さんちが、とてもわたくしあってるのだと思っています。


 ある秋の日、ママさんが四角い音の出る小さなものを手に取って眺めながら泣き出してしまいました。私はそんなママさんはあまり見たことがないので、どうしたのかしらとママさんを見つめました。


 ママさんはわたくしの知っている『人間』の名前を何度も言って泣いています。ママさんはおいおい泣きながら、ありがとうありがとうと言って泣いています。


 わたくしもその人間、いいえ、その人を知っています。


 その人は、ママさんがお仕事で家にいれない時、家の仕事をお願いするために頼んだママさんの友達のお母さんです。その人はすぐ近くに住んでいて、わたくしもおうちまで一緒に散歩したことがございます。忙しいママさんの代わりに家の中の掃除や洗濯、子ども達のおやつに至るまでお世話をしてくれた人です。その人がどうしたというのでしょう。


 眠たくなるような暖かい光差し込むリビングで、その人が洗濯物を畳む時に私はいつもその人の座っている膝に乗り、ふくちゃん今日はあったかくっていい日だねと言って優しく撫でてくれたことを思い出します。


 わたくしはその人が大好きでした。優しくて働き者のその人が大好きでした。その人にいったい何があったのでしょう。そういえばここ一年くらいその人にあってない気がします。


 その夜のことです。ママさんはパパさんが出張で家にはいないのでひとりお酒を飲んでいました。でもいつもとは違い、お酒を飲みながら仲良しの友人に電話して盛り上がって話などはしていません。ひとりリビングのテーブルでお酒を飲んでいます。わたくしはカウンターに添えてある寝心地の良い椅子でそれを見ていました。


 その時わたくしには見えたのでございます。わたくしの大好きなその人が。


 わたくしの名前をいつも優しく呼んで膝に乗せて撫でてくれたその人が。わたくしが最初にあった時のようにふくよかで髪の毛もふさふさしていて、ラジオを聴きながら音楽が流れるとつい踊って洗濯を干している大好きなその人が。


 わたくしはその人を見つめました。お久しぶりですね心配していましたよとその人に言いました。その人はそれに気づき私に向かってにっこりと微笑みました。


 「ふくちゃん、私はもうこの世にいないけれど、名前を呼ぶ声が聞こえればいつでもすぐやってくるよ。どこにでも行けるようになったんだよ。もう痛くないし苦しくもないよ。だから心配しなくて良いいよふくちゃん。今日はね、たくさんの知り合いの子ども達が会いにきてくれて嬉しかったの、こんなにも孫が私にはいるのかと思って、笑っちゃって、ふふふ、娘に感謝したんだよ。にぎやかに送り出してくれてありがとうねと。ふくちゃんまたね。ママさんよろしくね、」


 わたくしに大好きなその人はそう言ってカウンターで寝てしまったママさんの頭を撫でふっと消えてきました。


 でもわたくしは知っています。

 

 その人の名前を呼び、私頑張りますと洗濯を干すママさんの後ろで、頑張ってね、大丈夫適当に干しても乾くからと言っているその人や、わたくしの家に遊びにきたその人の娘さんの後ろで優しい顔で微笑んでいるのが、わたくしには見えているのでございます。


 お話しできなかったような日常も多々ございますがここらでわたくしの小林さんちの話はおしまいとしたいとおもいます。





 

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