第3話 マルミューラドを溺愛する叔父


 そしてこの数日後、結衣は二十名程度が収容できる小さなホールでアルフィードと対面をする事になった。

 城にはこういうホールの他に会議室のような部屋があるため少人数の対面はそこで行うのだが、アルフィードたった一人のためにホールを使うというのはいかに重要な人物なのかが分かる。

 結衣は皇王が使う一番高い席の一段低くなっている左側の椅子に腰かけた。

 こういった多目的ホールには必ず皇王専用の席があり、その両脇が一段低くなり椅子が二つ置かれている。ここに座る事ができるのは皇族のみということだ。


 そして少しすると侍女がアルフィードの到着を告げ扉が開かれた。

 入って来たのは二十代後半か三十代前半ばかりの男で、茶色交じりの金髪だった。マルミューラドとは全く似ておらず、北欧系の顔立ちにブルーグリーンの瞳をしている。

 皇王の親衛隊ならさぞかしいかつい男だろうと想像していた結衣は呆気にとられた。見るからに『良い人』という顔をしていて、失礼ながらとても頂点を極めるような人には見えないのだ。

 しかしアルフィードは白を基調としたスリーピースの軍服を着ていた。軽やかで上品だけれど荘厳な金の装飾に真っ赤なマントを背に纏っているが、この国で皇族を象徴する赤の着用を許されるのは皇族に認められたごく一部の数名のみだ。

 つまりそれは彼は単なる偉い人ではなく、限りなく皇族に近い人間である証だった。


 アルフィードは一段高い場所に座っている結衣に膝を付き深々と頭を下げた。


 「お声掛け頂き大変光栄です。アルフィード=グレディアースと申します」

 「初めまして、アルフィード。ごめんなさい、挨拶が遅くなってしまって」

 「アイリス様。アルフィード『様』とお呼び下さい。気安くなさってはいけませんよ」

 「あ、も、申し訳ございません。アルフィード様」

 「構いません。どうぞアルフィードとお呼び下さい」


 以前メイリンに皇女は皇王以外の人間に敬称は付けない敬語は使わないと習っていたので呼び捨てにしたのだが、例外があるなら言っといてよ、と結衣は心の中で愚痴をこぼした。

 けれどアルフィードは全く気にしていないようで優しく微笑んでいた。


 「アルフィード様も陛下の遠征にご同行なさりたかったでしょう」

 「私一人おらずとも親衛隊は優秀ですので問題ありません。それよりも皇女殿下をお一人にする方が問題です」

 「けど城からは出ないし、そうそう変な事は無いと思うけど」

 「なりません。城内でも注意は必要です。早く皇女殿下の親衛隊を揃えなくては」

 「親衛隊?私も親衛隊が付くの?」


 初めて聞く話にメイリンの顔を見上げると、にっこりと微笑んで小さく頷いていた。

 

 「精鋭を選抜しているところですが、総隊長はマルミューラドが務めさせて頂くでしょう」

 「アルフィード様とマルミューラド様はご親戚でいらっしゃるんですよね」

 「アイリス様。マルミューラド『殿』とお呼び下さい」

 「殿」


 例外があるなら言っといてよ、と結衣は再び心の中で愚痴をこぼした。


 「あれは頭の良い子です。まだ年若いが故に経験が足りない面もありますが、すぐに成長するでしょう。それに魔法についてはこの城の誰も足元にも及びません!いいえ、知識だけではありません!どんな事でもきっと皇女殿下の期待に応えます。何かあればぜひあれにお声掛け下さい!」


 何故か急にアルフィードのテンションが爆上がりした。

 マルミューラドの事を少しでも聞けたらなと思っていたけれど、格上のアルフィードに挨拶する場でそれは失礼なのだろうかと諦めていた。

 しかしアルフィードの口からはあの子は幼い頃から書物が好きで、一を教えれば百を学び……と怒涛の如くマルミューラド推しが始まった。


 「あれに魔法と勉学を教えたのはグレディアース老ですが、剣を教えたのは私なんです。けれどあれが十八になった頃にはもうすっかり敵わなくなってしまいましてね。大学の模擬戦闘試合ではいつも優勝でしたよ。皇女殿下には武器などと血生臭い物はご気分が悪いかもしれませんが、あの子は剣舞も見事なのです。あの通り整った顔をしていてあの長身。とても華のある舞ですのでぜひ一度披露させてやって下さい。あの子が皇女殿下の親衛隊総隊長となれば城内で肩を並べて歩けるので楽しみでなりません」


 口を挟む間もなく津波のように押し寄せる情報に、はは、と結衣は頬をひきつらせた。

 相当可愛いのだろう。もはや結衣が口を挟む隙など無く、マルミューラドの歴史語りが絶えない。

 どうしようかとメイリンを見ると、にこにこと何も言わずに相槌を打っている。そしてちらりと横目で結衣を見て「黙って聞くように」と目で訴えて来た。


 (これがデフォルトなのね)


 アルフィードとマルミューラドとは親子ほど歳は離れていないように見えるが、幼い我が子を自慢するようなその勢いはとても皇王の親衛隊総隊長という高い地位にいる人には見えない。


 「身内の欲目を無しにしてもあの子は逸材です。必ずや皇女殿下のお役に立つでしょう。ぜひ一度あの子の祖父でもあるグレディアース老ともお話して頂きたいものです。如何でしょう。ご要望頂ければ場を設けますが」

 「まあ、よろしいのですか!?アルフィード様直々にご紹介頂けるとは光栄です!」


 メイリンが待ってましたと言わんばかりにワントーン高い声で入って来た。

 紹介が無いと会えないほど特別な人なのかもしれないが、アルフィードの『可愛いうちの子の話を聞いてきてくれ』圧が凄すぎて、結衣にはそんな政治的背景など無いような気がしていた。


 「ではすぐ老に連絡をいたします。準備が整い次第ご報告に伺いますので少々お待ち下さい」


 そう言うとアルフィードは一礼するとホールから立ち去ってしまったが、ここで結衣は気が付いた。


 「……アルフィード様自身の情報がゼロだった……」

 「猫可愛がりしてる事で有名ですからね。何はともあれ、これでマルミューラド様にもグレディアース老にもお会いできます」

 「ああ、そうだったっけ」


 アルフィードのテンションに押されて忘れていたが、結衣の目的はマルミューラドに会う事だ。

 グレディアース老という人物にはまだピンと来ていなかったけれど、ともかくこれでマルミューラドに魔法の事を聞けるだろう。

 だが既に外は日が落ちていて、明日こそ話をしようと意気込んだ。


 が、翌日。


 「グレディアース老に会う?昨日の今日で?」

 「アルフィード様のおすすめはマルミューラド様十歳頃のお話だそうです」

 「え、別に聞きたくないんだけど」


 目的はマルミューラドに会う事だったはずなのに、いつの間にか『うちの子の話を聞きいてくれ』ツアーに参加してしまったようだった。

 まさかマルミューラド幼少期の話を聞かせるためにこんな迅速な行動を取ったのだろうかと、メイリンすらも苦笑いを浮かべている。


 「まさかグレディアース老もあの感じなの?」

 「いいえ。普通の方です」

 「別にアルフィード様が異常だとは言って無いわよ」

 「あら、誰と何を比較してどうとは言ってませんよ。陛下の相談役といっても普通の方だという意味です」

 「……メイリンそういうとこよ?」

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