第四章 紡がれるもの
第29話 これは友達の話なんだけど
「『これは友達の話なんだけど』大会しよう!」
ミライが高らかにそう宣言した。
「……えっと、ごめん、それは何?」
また何かミライが変なことを言い出したぞ、と若干呆れているコウとマヨに、余裕の笑みを崩さないハル。そんなみんなを前にして、俺は戸惑いを隠さずにそう尋ねる。
「つまり、『これは友達の話なんだけど』からスタートしてそれぞれここだけの話をするの」
ミライはさも面白いことを思いついたかのようにうきうきと説明をする。
俺たちは今、軽井沢に来ている。ハルの壮行会を兼ねた旅行は、諸々相談の結果、コテージを1棟丸々貸切る形で開催された。今流行りの民泊というやつで、リーズナブルにも関わらず、かなり立派な別荘を貸切ることができた。2階建ての別荘で、部屋は人数分あり、居間には大型のTV、全員で調理しても困らない広さのキッチン、トイレも風呂も2個あって、風呂の片方はジャグジー付きだ。こんな立派な別荘を持っている人は普段何をしている人のなのだろうか。
「それはつまり暴露大会をしようってこと?」
マヨが冷静にそう尋ねる。
「別に本当に友達の話をしなくてもいいんだよ? 誰の話なのか分からないから普段言えないことが言えそうでしょ?」
ニヒヒと笑いながらミライが答える。旅行の夜などというのは解放感から自然とぶっちゃけ話などになりがちだが、あえてそういうルールを設けるから、ガッツリやりましょう、ということだろう。
「いいじゃん、面白そう」
ハルがより一層笑みを深くして答えた。
「ま、いいんじゃない」
そしてコウもあっさりと同意する。
「そうねぇ……」
マヨは少し曖昧な返事をしたが、既にどんな話をしようかと思案している様子だ。で、あれば俺が反対するわけにもいかないだろう。
「よし、やろう」
すると、ミライはとても満足そうな顔を見せた。
「じゃあ、これから少し作成タイムにしよう。なぜなら私がちょっとトイレに行きたいから! 絶対に先に始めたらダメだからね!」
そう言って、ミライが席を立とうとする。
「あ、なら自分コンビニ行きたい。コウ、ついてきて」
ハルはハルでそう言って席を立ち、コウが続く。残されたマヨは物思いにふけっている様子だったので、俺も少し外の空気を吸おうと立ち上がった。
念のため持ってきていた上着を羽織り、外に出る。街灯一つないそこには暗闇が広がっていた。さわやかな夜風が木々の間を吹き抜けて、ざわざわと音を立てる。東京のうだるような暑さも、ここ軽井沢には届かない。むしろ少し肌寒いここは、ミライたちとドタバタと過ごした、あの冬の日々に戻ったかのようだった。
この一年間は本当に濃厚で、あっという間のようでもあり、とても長かったようにも思う。
ポリアモリーだというミライのカミングアウトから始まって、ハルやコウやマヨと出会って、たくさんのことを学んだ。自分が当たり前と思っていたことが全然そうではなくて、はじめは自分という人間が良くわからなくなった。地面と思っていたものが地面じゃなかったことに気づいて、まともに立つことすらできなくなったような、そんな感覚。それが単純に怖くて目を背けたくなった時もあった。実際ヤマトが言ったように、目を背けることだって、きっとできた。ミライと別れて、なかったことにすることが。
そんなことを考えていたら、ちょうどハルとコウがコンビニから戻ってくるのが見えた。俺がここだけの話として、話すべきこと、話したいこと。頭の片隅に置いて蓋をしていたものを、取り出すときがきたのかもしれない。
「じゃあじゃあ、誰から話す?」
ミライはとても待ちきれないといった感じで前のめりになっている。だいたいこういう時はミライが口火を切ることが多いから、当然そうなるだろうと思っていた。
「じゃ、トップバッターは自分で」
しかし、ここで番狂わせが起きる。なんとハルが立候補したのだ。それにマヨも少し意外そうな顔をした。
「オッケー! じゃあ一番はハルね」
一方ミライはというと、そんなハルの申し出を平然と受け入れているし、コウも無反応だ。もしかしたら、ハルがコウを誘ってコンビニに行ったのは、何か口裏合わせのようなことをするためだったのかもしれない。
「では。これは友達の話なんだけど」
その一言から、ハルの長い"友達の話"が始まった。
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