全ての始まり
「君が、生田美弥子さんを殴ったんだね?」
捕まらないだなんて思っていなかったし、それはこの社会の性質上覚悟は決めていた。だから今こうして話を聞かれている事自体に、私は何も思わない。
私は、刑事さんからの問いに素直に頷いた。
「聞かせてもらっていいかな。何故そんな事をしたのか。それに至る経緯も含めて」
警察はもっと怖い所かと思っていた。恫喝されるのだろうと思っていたが、実際目の前で私に聴取を行っている男の人からそういった言動はなく、むしろ優しさすらにじみ出ていた。それもあってか、私はすらすらと全てを語ることが出来た。
*
私がみーちゃん、あ、生田美弥子さんを殺そうとした理由はと聞かれれば、イジメになります。でも最初に言っておきますが、私は殺そうだなんてひとかけらも思っていません。殺人未遂だなんて言い方をされていますが、むしろ逆です。
あ、それはまた後でいいですね。
えっと、高校に入って、初めて出来た友達がみーちゃんでした。彼女はとても綺麗で、自分と同じ年齢の女の子とは思えない何か、オーラみたいなものを持っている子でした。そんな子が私みたいな大人しい人間に話しかけてくれた時には、ひどく驚きました。最初はすごく緊張しましたが、みるみるうちに私はみーちゃんと自然に話せるようになり、友達と気軽に呼べるほどの仲になりました。
でも、二年生になってしばらくして、その関係性に歪が生じました。
私とみーちゃんは、バスケ部に入ってました。すごく楽しくていい思い出もいっぱいあるんですけど、きっかけは男子バスケ部の城野君という男の子です。
城野君は私と同学年で誰とでも分け隔てなく楽しく明るく喋ってくれる子で、それは私にも同様でした。そんな彼の事が私は自然と意識にするようになりました。あんまり男の子とちゃんと喋る事がなかったから、余計に彼の事をそう思ったんだと思います。
私は、彼を視線で追いかけ、勇気を出して喋りかけたりもしました。緊張してる私の言動は、彼から見れば不自然に見えたかもしれません。でも彼は、そんな私の心を知ってか知らずか、変わらない調子で接してくれました。嬉しかった。でもある時、知ったんです。
「私、好きなんだよね、城野君」
みーちゃんも私と同じ気持ちだったっていう事を。
本人の口からそれを告げられた時、何とも言えない気持ちになりました。応援したい気持ちと、自分の気持ちが板挟みになってどうしたらいいか分からなくなりました。その時私は結局、自分の中にある彼への気持ちを、みーちゃんに伝える事が出来ませんでした。
そんな事など知らずに、彼はいつもと変わらず私に話しかけてくれる。私もそれが嬉しくてまた話しかける。嬉しい気持ちと、みーちゃんの気持ちを知りながら自分の気持ちを抑えきれずに彼に近づこうとする醜さに苦しくなりました。
今思えば、あの時みーちゃんに正直に自分の気持ちを伝えていれば、何か変わったのかもしれません。
運命の日。
ある日、私はみーちゃんに呼び出されました。
そこは古くて、暗くて、怖い場所でした。私達の高校には、旧校舎と呼ばれる建物が残っています。ほとんど使われてないんですけど、私はそこに呼び出されました。
部屋に行くと、みーちゃんの他にも女の子がいました。皆同じバスケ部の子でした。
「みーちゃん、どうしたの?」
私の声は震えていました。悪い予感でいっぱいでした。
「あんた、美弥子の事、馬鹿にしてるでしょ」
そう言ったのは、獅童さんという背が高くて体格もある女の子でした。でも普段話している彼女はそんな見た目とは違って優しくて。でもその日の彼女はすごく怖かった。怖かったし、彼女の言っている意味が分かりませんでした。
「美弥子の気持ち知ってるくせに、裏で笑ってるんでしょ。最悪だね」
獅童さんの横にいた宮野さんも、同じように怖い顔で私を見ていました。
何がどうなってるのかわからなかった。でも宮野さんの、「美弥子の気持ち」という言葉を聞いて、何故こんな事になっているのかという事に検討がつきました。
「ねえ、みきこ」
そこでようやく初めてみーちゃんが口を開いた。怖い顔をしている皆と違って、みーちゃんだけはいつもと変わらない表情だった。
みーちゃんは私の方にゆっくりと近づき、目の前でぴたりと足をとめた。
「どうして、言ってくれなかったの?」
「……え?」
「城野君の事、みきこも好きなんでしょ」
声は出なかった。でもその沈黙は立派な肯定としてみーちゃんにも伝わりました。
「ずるいよ。自分だけ気持ち隠して、城野君と仲良くするなんて」
「ち、違う! そんなつもりじゃない!」
「私、すごく悲しい。友達だと思ってたのに」
血の気がすうっと引いていく。全部が終わってしまう。綺麗で優しい美弥子との仲が、終わってしまう。
「ねえ、みきこにとって、私は友達?」
「あ、当たり前だよ! 友達だよ。ずっと友達!」
そう言うと、みーちゃんは一瞬無表情になった。でもすぐに満足そうな笑顔に切り替わった。
「ずっと? ずぅーっと友達?」
その時、私はとても怖くなりました。
「じゃあ、また遊ぼうね」
そう言い残して部屋を出ていきました。
最後のみーちゃんの笑顔。でも、目は一つも笑っていませんでした。
それから、みーちゃん達のひどいイジメが始まりました。
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