六章 誘う手

1

 御神さんと私は市の図書館に向かった。


 私達は自殺した中学生について情報を集める事にした。この付近にある中学校は猪下北、南、東、西と東西南北で分けられた四つの中学校がある。当時からずっと残っているのであれば、彼はいずれかの中学に進学している可能性がある。ならば地元の情報について何かしら探れるはずだ。全国紙では大きく取り上げられてはいないようだが、地方紙であれば何か分かるかもしれない。




 日常で図書館という場所に来ることなど全くと言っていい程なかったが、こんなにも静かな場所なのかと驚く。普通の声量すら憚れる神聖さすらある空間に正直居心地の悪さを感じていた。




「最近の図書館は本当に便利になったね」




 そう言いながら御神さんは備え付けられた機械の前に立った。どうやら検索機のようで、様々なキーワードから図書館内に保管されている資料を瞬間的に探し出せるようだ。どれだけの書物が収められているか分からないが、歩いて探し回るより遥かに効率的で確かに便利だ。


 御神さんはそこに、猪下、小学校、中学生、自殺、といったキーワードを入力していった。するといくつかの検索結果が表示された。そこでヒットしたのは過去の新聞で、カウンターに該当のバックナンバーの各社の新聞をいくつか伝えた。しばらくして職員が新聞を私達のもとに持ってきてくれた。




「さてさて、何が書いてあるかな」




 私と御神さんはお互いにぺらぺらと新聞紙をめくり、内容を確認していく。新聞をまともに読んだことなど思えば一度もなかったのではないか。というか活字を読む事自体が苦手なので手を出そうとも思わなかった。よくもまあそんな人間が今こんな事をしているな、なんて他人事のように思った。




「あ」




 そうやって新聞紙を真面目に見ていると、一つの記事を見つけた。




【中学生、母校で自殺か?】




「御神さん、これ!」


「見つけたかい?」


「多分」




 ようやく見つけたその記事は思いのほか小さなものだった。しかし淡々と事実だけを無機質に記したその内容は私にとって衝撃的なものだった。




【猪下小学校で男子中学生の死体が発見された。学生は小学生のシンボルでもある大木に繋いだロープで首を吊っていた所を、朝出勤してきた教師が発見し通報。警察の調べで学生は市内に住む猪下南中の一年、武市昌彦君である事が判明した。状況から見て自殺と思われるが警察は事件の可能性も考慮し捜査を進めていく方針であると説明している】




 ――なんだこれ。




 寒気がした。ここまで偶然が続くわけがない。まるで導かれるかのように過去と現在の全てが繋がっていくようだった。


 自殺した少年は武市君だった。次沢、内原、畑中、神山、そして武市君。猪下小学校にいた人間が、あまりにも死に過ぎている。


 気持ちが悪くなってきた。これはただの事件じゃない。とんでもないオカルトに巻き込まれている。まるで悪霊達に弄ばれているかのように、事件を追えば追う程死の連鎖に飲み込まれていく。




「大丈夫かい?」


「は、はい……」




 ダメだ。しっかりしないと。ゆっくりと深呼吸をして、心と身体を整える。よし。


 記事の内容に改めて向き合う。内容はだいたい小料理屋のおじさんから聞いたものとほぼ同じだが、手首を切り取られたといった記述はやはりない。事件がメディアで騒がれるのを避けたのか、事件の可能性もあるという書き方で濁されている。先に手首の件を聞いていたせいか、この書き方が逆に手首の件が事実であり、表に出せないものといったニュアンスを感じた。




「何なんだろうね、この事件は」




 御神さんは私と違って全く感情の揺らぎが見られなかった。ある程度予想していたのか、さすがオカルトじみた事件ばかり扱ってきたおかげで耐性がついているのか。




「全員の死には確実に意味がある。一つの死が分かれば、おそらく全ては紐解ける。そんな気がする」




 御神さんの言っている事は、なんとなく私も同意出来た。




「武市君はどうして死んだのかな」




 彼は何故自殺したのか。


 神山君の一件があった後、彼はひきこもりになった。しかし猪下南中に進んだという事は、もしかするとこの時点で彼自身も一つ決心をしたのかもしれない。このままではダメだ。そんな思いで。


 だが、彼は自殺している。彼を自殺に追いやったものは何か。ここまで様々な事が繋がっている事を見せつけられると、どうしてもそこにまた繋がりを見出そうと考えてしまう。


 神山君。彼への自責の念が、武市君を死に追いやったのだろうか。




 まだ全ては推測の域にある。繋がりから犯人を割り出す事まで出来ていない。だがいずれは行き着く。そう感じられた。


 ただ、この時御神さんが呟いた言葉が、その時の私にはよく分からなかった。独り言だったのだろうか。聞こえるか聞こえないかぐらいの微かな声。でも、確かに御神さんは言った。




「これは僕らの罪かもしれないな…」

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