第72話怨霊編・裏その7
万邦が語った事実。爆弾の起爆条件は私だけではなかった。嘘という可能性もあるが、真実であることも考えられる。
「わかるだろ? これでもうお前は自由に行動できない。ここで大人しく捕まってくれ」
万邦は表情を変えずに私の目を見て言った。
「ええ、私は動かない。そして捕まるのはあなたよ。万邦」
この会話は風香さんが聞いてるはずだ。爆弾の方は風香さんに頼むしかない。だから私が万邦をなんとかせねばならない。
「あなたは怨霊になんて言われたの? 私を捕まえること? 殺すこと? そうすれば妹さんを解放してくれるって?」
「その通りだよ。お前を殺せないのは十分伝わった。だからお前を捕まえる。そしてアイツに差し出す。そうすりゃ妹は助かるんだ……」
このままじゃ埒があかない。ここは仕掛けてみるしかない。
「本当に妹さんが解放されると思ってるの?」
「……」
否定はしない、か。やはり万邦も怨霊を疑っているのだろう。
「相手は何を考えているかわからない怨霊よ? あなたを利用するだけして後は切り捨てるかもしれない。それでもあなたは怨霊を信用するというの?」
万邦はゆっくりと口を開いた。
「だからなんだよ」
万邦の表情が徐々に変わっていく。
「他に方法がねぇんだよ……除霊師だかなんだかに頼ったらその時点で妹は殺されるんだよ! だったらもう従うしかないだろ!」
万邦は近くにあった機材を蹴り飛ばした。
「お前に何がわかる!? あいつはな……俺のたった1人の家族なんだよ……夜美奈を助けるためなら俺はなんだってする……例えお前がどうなろうが……誰かが傷つこうとな!!」
そう言って万邦は懐からナイフを取り出した。
「お前、死なないんだったよな……だったらどれだけ刺しても大丈夫なんだよなぁ……やらせろよ……これで刺させてくれよ!!」
万邦の表情に余裕がなくなってくる。私を確実に確保したいのだろう。
「家族のためならなんだってする……か。あなたも私と同じね」
「あ?」
「私もあなたと同じ立場なら同じことをしたと思う。私は何より自分の命より家族の方が大切だから」
「何言ってんだ……俺とお前が同じ……? バカにするなよ。仮に同じだっていうならお前も俺の気持ちがわかるだろ? だったらなんで止める? 同類なんだろ? だったらむしろ協力しろよ!!!」
「そうね。私だけだったらそうしたかもしれない。それにあなたがしようとしていること、別におかしなことだとは思わない。家族を助けるために仕方なくやってるんだものね。なんらおかしくないと私は思う」
自分で言っていて再度理解したことが1つだけあった。こればかりは自分でも認めるしかない。
「でもね。それでも私はあなたを止めるし、その行動を認めないわ」
今にも襲いかかってきそうな敵を見据えて、はっきりと告げる。
「なぜかって? 私のよく知る彼ならきっとこうするからよ」
それだけ。それだけははっきりとわかった。私にはおかしいことだとは思えなくても。きっと。
どこかの誰かさんはこうしているはずだと。
「同族嫌悪か……なんでもいい……お前にはじっとしててもらわないと困るんだよ……だから……」
万邦は私に向けて、ナイフを突き刺そうと突進してきた。
「ここでじっとしてろぉぉぉぉぉぉ!!!!」
ナイフは当然私の腹部に刺さる。しかし痛みはない。
「かかったわね」
私はそう呟くとポケットから刃物を取り出して万邦の腕に思いっきり刺しこんだ。
「う、うがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
万邦の悲鳴が室内に響く。彼の細く白い腕からは血がじわりと滲み出てきていた。
「それはあなたに返すわ。大人しくしてるのはあなたね」
こんなやり方は彼はしないだろう。これだけは私のやり方だ。それは断言する。
「それに今頃私の仲間が爆弾を処理しているはず。だからあなたにもう先はない」
これはただの希望だった。そもそも今も風香さんと電話が繋がっているのか確信がない。それに風香さんが動いてくれているかもわからない。
だからこれはただの希望であり、脅しでもあった。
「諦めなさい……万邦!」
地面に崩れ落ちる万邦。私は彼を机に縛り付けようと思い、一歩を踏み出そうとした。
その瞬間だった。一瞬、視界が眩んだ。
「え、な、なに……」
明らかにおかしい。世界はぼやけ、体がふらつく。視界だけでなく、頭痛もする。何が、何がどうなって……
「は、はっ……はははは……不死身、か……それって死なないだけで……
しまった……! さっきのナイフに仕掛けがあったことに気づき、腹部に刺さったままの凶器を抜いた。視界が霞んでよく見えないが何かがナイフの刃の部分に塗ってある。
「毒……っ……!」
まずい。このまま眠ってしまったら私は怨霊に差し出されてしまう。
「終わりだ。富士見姫蓮。ここで俺の……俺たちのために犠牲になれ」
視界が完全に眩み、意識が途絶える。その直前だった。
「おっと。それはこっちのセリフだぞ」
奇跡が起きた。目の前に現れた人物は万邦に1発蹴りを入れ、倒れたところを馬乗りで抑え込んだ。突然の攻撃に万邦は反応することができなかったようだ。
「あれ? 腕怪我してるの? これ姫蓮ちゃんがやったのか!? ごめんよー。でも君には大人しくしててもらわないとね」
「ッ……! て、テメェ!!」
「ふ、風香……さん……」
どうしてここに? 爆弾はどうしたのだろう? 聞きたいことは山ほどあった。しかし意識がもたない。
「さてと。君にも眠ってもらわないとね。あー安心して。私はそんな毒なんて使わないから」
万邦の体を足で押さえつける風香さんは、スカートのポケットから怪しげな香水を取り出した。その口ぶりから中身は香水ではないだろう。
「な、なんでだよ……あんただってわかるだろ……俺の何が間違ってる? 他に方法がないからこうしてんだよ! 俺だってやりたくてやってるわけじゃねぇんだよ! なあ……頼むよ……俺は、間違ってない……」
風香さんは香水を持って万邦の顔に近づける。
「いやぁ、そんなの
もう持たない。それでも風香さんが伝えようとした言葉、それだけははっきりと頭に残っていた。
「恨むんなら私じゃなくて、人間として生まれた自分の運命を恨みなさい」
彼女が万邦に伝えた、最後の言葉を聞いて私は意識を失った。
ふと、目が覚めた。体がまだ少しふらつくが、随分長く眠っていた気がする。
とりあえずここはどこだろう? そもそも私はどれぐらい意識を失っていたのだろうか?
「やあ! 姫蓮ちゃん!」
などと考えていたが全て知っていそうな人が顔を覗かせてきた。
「やっと目が覚めたんだね。もー私心配しちゃったよー。
「はい?」
今、この人は6日と言った? 聞き間違いではないよね?
「うん。姫蓮ちゃん、今日は8月13日だよ」
あの毒で私はそんなに長いこと意識を失っていたのか。
「……っ! そ、それより万邦は!? 爆弾は!? 怨霊は!?」
「あははー元気になったなー」
「いいから説明してください!!」
風香さんはわかったわかったと腰かけた。ってそもそもここはどこなんだろう? と、再び疑問を抱いた。
「ここは私のうちだよ」
私がキョロキョロしていたら教えてくれた。ここは風香さんの家なんだ。随分と狭いアパートだなーと、さすがに失礼かな。
「まずそうだね……爆弾のこと。あの時電話繋がってたでしょ? 万邦が場所を教えてくれたのが良かったね。師匠に連絡して処理してもらったよ。だから安心して」
そうだったんだ。だから風香さんはあの時駆けつけてくれたんだ。
「それに被害者はいないよ。もし幽霊に取り憑かれている人がいたら危なかったね……実際ほんとに危なかったけど……よりよって繁華街のバスなんてピンポイントな……」
「……?」
何か都合の悪いことでもあったのだろうか?
「次に万邦だね。私が通報したから、結論として万邦は爆弾魔として捕まったよ。最初にテレビ局に連絡したのが良かったみたい。すぐにニュースになってたし。だけど信じてくれない人たちもいてね。例えばバス会社だね。あそこは全然信じてくれなかったもん」
万邦は捕まった。それは万邦が正しくないことをしたからだ。意識が途切れる直前に風香さんが言っていた。あれは、私にも刺さる言葉だった。
「そして怨霊。これも結論から言うとどうにもならなかったね。おそらく今も万邦夜美奈に怨霊αは取り憑いたままだと思う」
万邦夜美奈には接触することすらできなかった。これでは万邦が報われない。彼は自らを犠牲にしたというのに結局助けられないなんて。
「でも悪いことばっかりじゃないよ。別の情報を入手したんだ」
「別の情報?」
「そ。別の怨霊に取り憑かれた人間がわかったの。名前は音夜斎賀。今度は名前もわかるし、性別もわかるよ。あ、ちなみに男ね」
別の怨霊。万邦夜美奈とは別の人間に取り憑いた幽霊か。
「この音夜斎賀はちょっと手強いと思う……だから確実に抑えたいんだ。だからさっそくで悪いんだけど協力してもらっていい?」
「ははは。6日間も眠っていて久しぶりに起きたらまたそれですか。これじゃあ私完全に助手ですね」
「まあまあそんなに嫌そうな顔しないで。今回は姫蓮ちゃんにとっても嫌なことだらけじゃないはずだから」
……? どういうことだろう?
「ズバリ言うとね。明日、姫蓮ちゃんは魁斗君とデートしてもらいます!」
「はぁ、私が怪奇谷君とデート、ですか」
「あれ? 驚かないの? えぇ!? 私が怪奇谷君とデートォ!! そ、そんなまだ心準備が!! ってなるの期待してたのに」
「いやだって。どう考えても風香さんが仕組んだことじゃないですか。ただのデートじゃなくて何か理由があるんでしょう?」
それぐらいさすがの私でもわかる。
「むう……まあそうだよ。姫蓮ちゃんと魁斗君には普通にデートをしてもらう。そうすることで音夜斎賀をおびきだす。その隙をついて私が音夜に取り憑いてる怨霊を祓う。そういう作戦だからね」
「ちょちょちょっと待ってください。わからない点がいくつか。怪奇谷君を巻き込まないんじゃなかったんですか? それからなぜデートすることでその音夜という男がおびきだされるんですか!」
この持論はさすがに理解が出来ない。これは決して私じゃなくても理解出来ないと思う。
「魁斗君にはデートしてもらうだけだよ。音夜が現れたらすぐに離れてもらうから。そうだね。遭遇したら私に連絡をすることにしよう。最悪それを魁斗君にお願いしてもいいよ」
普通にデートするだけ。そんなんでいいの?
「音夜はまあちょっと変わってるんだよ……深いことは気にしなくていいから。あ、特徴はね……」
風香さんは音夜という男の特徴を説明した。本当にデートなんていう内容で大丈夫なのだろうか?
「……」
「心配? 大丈夫だよ。私も近くで見てるから」
「そうじゃなくて……」
次の話も大変だとは思う。しかし私の頭には万邦のことが離れなかった。
「怨霊の狙いは私。私のせいで万邦や妹さん。それに作業員の方々や他にも……今回もまたそんな風に誰かを不幸にしてしまうんじゃないかって……」
いっそのこと。私の身を差し出せば全て解決してしまうのでは……
「そう思うならさっさと怨霊なんてやっつけちゃおうよ。今回うまくいけば怨霊αにも近づけると思うよ。それはつまり万邦の妹を救えるとも言えないかな?」
いつもふざけている風香さんの、意外にも真面目な回答に驚かされた。私の身を差し出しても救われない人がいる。なら私が責任を持って救わなければならない。
「姫蓮ちゃんだけじゃないよ。救えなかったのは私も同じ。私も万邦に偉そうなこと言っちゃったからね」
私の手で、いや。私達の手で救ってみせよう。万邦達兄妹を。
「さあ、正しいことをしようか」
風香さんは私に手を差し伸べた。これから先に起こる出来事は予想外の事かもしれない。それでも恐れることはない。
なぜなら私は、不死身なのだから。
「と、言うことだったんだけど」
「ツッコミどころ満載なんだが大丈夫か?」
「その顔で言われてもね」
「どんな顔だよ!! とにかくあんまり無茶するなよ」
「はいはい」
そして。お節介などこかの誰かさんがいるから大丈夫。
怨霊編・裏 完
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