第62話怨霊編その15

 最初に動いたのは智奈……いや、生霊だった。その姿を初めてこの目で確認することができた。

 透き通っている巨大な魂で、ポルターガイストを発生させた騒霊を巨大化させたかのような姿をしていた。その巨大な魂が俺に向かって襲いかかってきた。


「生霊だろうがなんだろうが所詮幽霊だろ!」


 俺は右手を伸ばし生霊に触れる。そしていつものように吸収した。したのだが……


「なっ……なんだこいつ!」


 吸収してもしきれない。途中で途切れてしまう。しかも途切れたあと、すぐに元の姿へと再生してしまう。


「一回じゃ吸収しきれないってことかよ……!」


 こんな経験は今までにないことだ。それほどまでに強力な幽霊だということになる。


「おいアンタ! 本体だ! 本体を狙え! 全てはアイツから発生してるんだ! 本体をなんとか吸収しろ!」


「本体、か。そこまでにたどり着ければいいんだけどな」


 智奈の身体からは未だに生霊が現れている。


「姫蓮先輩を救ってくれないなら……魁斗先輩も……私も……もう何もいらない……」


 智奈はその場から動かずにただ俯いている。


「おい。いつまでうじうじしてんだよ。そんなんで俺を倒せると思ってるのか?」


 俺は智奈に向かって言葉を投げかける。


「なんで、ですか……」


 生霊が再び俺を襲う。


「なんで、姫蓮先輩を救ってくれないんですか! 確かにこれは私が起こした問題です! でも……それを解決するには私の気持ちが……満たされないとダメなんです!」


 生霊は次々と俺に襲いかかる。俺は少しずつ生霊を吸収、あるいは避ける等を繰り返した。


「私だって……こんな告白のしかたなんて嫌でしたよ! でも、他に方法がないじゃないですか……! ほんとは、もっと……もっと……しっかりと……気持ちを伝えたかった……!」


 生霊の勢いが増していく。智奈の感情によって力が増大しているのだろう。


「私の……勘違いでこんなことに……私のせいですよ……それでも! 私は姫蓮先輩を助けたい! なのに……なんで救ってくれないんですか!」


 一斉に生霊が攻めてきた。俺は吸収が間に合わずに吹き飛ばされる。


「アンタ! しっかりしろ!」


 ヘッドホンが情けない声を出す。全く。幽霊に吹き飛ばされるなんておかしな話だよな。


「もう一度だけ、言います……」


 智奈は再び俺に視線を向けた。


「私と……付き合ってください……そうすれば姫蓮先輩は……」



「……え?」


 俺はゆっくりと立ち上がった。体が重い。それにこの感覚。どうやら俺にも生霊が取り憑いてしまったみたいだ。


「何度も言わせるな」


 そんな状態の中。俺は必死に言葉を繋げた。あまり使いたくない……いや、智奈に向かって絶対に使いたくない言葉を。


「俺は、お前とは付き合わない」


 まずい。体が言うことを聞かなくなってきた。このままだと富士見と同じく気を失ってしまう。


「え、あ……なんで……私、そんな……」


 だから、その前に。


「なんでかわかるか?」


 俺は倒れそうになる体を動かして智奈に向かって歩き出す。


「そんな、そんな魁斗先輩は……」


「俺はな……!」


 ここで、終わらせる!



 心臓が張り裂けそうだ。それでもはっきりと智奈を拒絶した。


「そんな魁斗先輩は……私は……!」


 智奈は震えている。それに合わせて生霊が。



 パッと。智奈の身体を纏っていた生霊はあっさりと消えてしまった。


「え……」


 それは俺も同じだった。俺に取り憑いていた生霊もあっさりと消えていた。


「おい、アンタ。これは一体どういう……」


 ヘッドホンは理解できていないようだった。おそらくそれは智奈も一緒だろう。


「わからないのか? これは智奈が俺のことを好きっていう前提から始まってるんだろ? だったら、 問題は解決するんじゃないのか?」


 だから俺はあえて智奈を罵倒するような言葉を使い、嫌われるような言動を行なったのだ。これが3つ目の解決法だと信じて。


「あ……私……」


 今ここで智奈に優しい言葉をかけてしまったらまた同じことの繰り返しになってしまうかもしれない。だから気持ちを抑えて、無視をして俺は帰ろうとした。



 ゾワっと悪寒がした。俺は声の主を再び確認する。


「智……奈?」


 そこには智奈しかいない。しかしその声は智奈のものではない。これは、智奈の中からだ。つまり。


「おいおい。あれやばいぞ。地味子のやろう、


 あれは智奈ではない。智奈の身体を乗っ取った生霊だ。


「だけど、なんで……生霊はもう完全に消滅したはず……」


「おそらくこの長い時間であの生霊は急成長したんだろ。それで地味子とは別に独立しちまったんだろうな……本来ならありえねぇよな? でも、この街なら……あとはわかるだろ?」


 ヘッドホンの推測通りだろう。本来なら生霊は生きてる人間の念が具現化して生まれるものだ。つまりその生きてる人間がいなければ存在することもできないのだ。

 だがこの生霊は独立した存在となってしまった。だから智奈の問題を解決したところで消えるはずもなかったんだ。


「くそ……まさかあの怨霊のやつ……これを狙ってたのか? だからわざと生霊の真実にたどり着かせないように……!」


 その可能性も十分にある。あの怨霊は生霊のことについては理解していた。それを利用してもおかしくはない。


「あれは……はっきり言ってやばい……アンタの手じゃどうにもならない! 早く逃げるんだよ!」


「そうしたいのは山々なんだけどよ……」


 俺は身体を動かそうと試みるが、金縛りにあって全く動けなかった。これも目の前の敵の影響か。


「はっ……富士見も智奈も……しっかり救いたかったな」


 ダメだ。もうどうしようもない。このままなら俺もヘッドホンもおしまいだ。それに智奈も無事では済まないだろう。富士見は大丈夫かもしれないがそうとは言い切れない。

 智奈の身体から再び生霊が現れる。今度は先ほどよりも大きい。俺はそれをただ見てるしか出来なかった。


「アンタ!」


 生霊が俺に向かって襲いかかる。避けようにも避けられない。このまま取り憑かれておしまいだろう。

 クソ。なんだってこんなことになる。結局、俺は何も出来なかったじゃないか。



 特徴的な言葉を繋げる声がした。それと同時に生霊の動きが止まった。

 俺は思い出した。この場に助っ人を呼んでいたことを。もちろんそれは智奈ではなく、別の人物。


「ごめんねー遅れちゃって。でも、その方が展開的には燃えるよね?」


 俺は意識が途切れそうになっていた。それでも目の前に現れた人物は誰かはわかった。

 俺と同じ高校の制服。すらっとした体型に長い髪。目の前の少女はいつものハイテンションで俺に向かって言った。


「ま、ここは頼れる可愛い先輩に任せちゃってよ」


 少女は再び先ほどと同じ言葉を放った。意識が途絶える。だけど俺はしっかりと、目撃した。

 生霊の最後を。智奈が救われる場面を。そして、俺は気を失った。

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