(2)単刀直入に言おう!・ぱくぱく

【老人の戯言】


 ミルキーさん調べ。


 東日本大震災の翌年の話。


 満月荘の所在地は登米市であるが、その隣にある大崎市で奇妙な出来事があったらしい。


 仙台のテレビ放送局のカメラマンを交えた数名の取材班が東日本大震災の内陸部での被害状況を記録に残そうと大崎市に訪れた。


 震災から1年が経過しても震災被害と復興の報道は絶えず続いていて主に沿岸部に注目されることが多く、今回の取材では内陸部の被害状況を皆に知ってもらうための取材だったようである。


 市の主要駅、ショッピングモール、商店街、学校等を回って被災者達の声を聞いていたそうなのだが、老人ホーム「めろり」を取材した際にある老人が変わった話をしたそうだ。


 ボイスレコーダーを片手に取材班は老人達の話を記録し、大半は恐ろしかった、死ぬかと思ったと似たり寄ったりなことを言っていた。


 車椅子に座るある老人の前にきた時のこと。女性の介護スタッフに呼び止められたそうだ。その時の様子がボイスレコーダーに記録されている。


『こんにちは、仙台放送局の〇〇という者なんですが、あなたのお話も記録させてもらえませんか?』


『あの、すいません』


『はい?』


『その方なんですけど認知が酷くて……あまりいい話が聞けないと思いますよ』


『そうだったんですか』


『なんぞ、それは』


 スピーカーからしわがれた声が響く。


『ボイスレコーダーです。去年発生した東日本大震災の被害を記録するために皆さんからお話を聞いていたんですよ』


『記録? 記録……』


 老人が同じ言葉をブツブツと繰り返して言うので、取材班の苦笑が漏れ、その場から離れるそぶりを見せるような服を擦る音がスピーカーから聞こえてきた。


『ふえるでさん懐かしいの。なあ、わしらの村には昔、ハントウさまという人達がおってな』


『はい?』


 取材班はどうやら立ち止まったようだ。


『わしらの村にはハントウさまという人達がおってな。身寄りのない人や家族を失った人の心を埋め合わせるように寄り添ってくれる者がいたんじゃ。病で死んだわしの母の代わりになってくれた。ハントウさまは。ハントウさまは』


 無音が続き、しばらくして再び老人は一言呟いた。


『ある日突然、わしらの前からいなくなってしもうたんじゃ』



          ○



     『佳雨音、君はいったい』



          ○



 満月の夜、民宿「満月荘」にて晴れ雨現象発生。


 雨音がするのに外は雨が降っていない。これは佳雨音が毎日を不安がっていた僕の心を落ち着かせるために鳴らしている雨音だ。


 満月荘に住む星川家の人々は偽座敷童子である佳雨音かうねの出現を予感させる吉兆として心弾ませる。だが、今日ばかりは地面を濡らさない雨音を聞いて喜んでいるのは星川家の人々だけではないのである。


「佳雨音ちゃんにもう少しで会えるぞ。メロンちゃん楽しみだろう?」


「うんー」


 民宿「満月荘」の宿泊客専用休憩スペースから声が聞こえてきて、通路の曲がり角から覗いてみると風呂上がり浴衣姿のミルキーさんがマッサージチェアに座って身体を震わせていた。


 その膝の上に半透明の姿をしている本物の座敷童子のメロンちゃんが座っていて、パリパリとポテトチップスを口に運んでいた。


「やあやあ、大吉君」


 ミルキーさんが僕に気付いて手を上げた。この人は……佳雨音に会いたいがためにこの満月荘に一ヶ月近く宿泊していたのだから驚かされる。


「思えばだいぶ長い期間ここにいましたよね。他の宿泊先でもこのくらい長く宿泊することあるんですか?」


「いや、今のところ最高記録だと思うよ。メロンちゃんのために色んな所に宿泊していたんだが、その地に纏わる奇妙な伝承に興味を持てば長いことそこに留まることは何度かあった。けれども、この満月荘みたいに実際に目に触れて体感できる怪異は初めてだ」


「ふむ……」


「そして今夜、その怪異の正体が判明できるのかもしれないのだよ。唆られるじゃないか。ナア、大吉君。創作意欲が掻き立てられるぞ」


 佳雨音が今夜現れれば、の話であるが、もし今夜何一つ判明することがなかったら次の満月の夜までこの民宿に留まるじゃないかと、そういう予感を持ってしまった。


 ──カチ、カチ、カチ。


 壁掛け時計の針の音が妙に大きく聞こえてくる。佳雨音はいつ現れるのだ。雨音だけ鳴らしてもったいぶって、なんだか緊張してきたではないか。いっそ前みたいに天井から「ばあっ」と逆さまになって突然現れてくれればいいのに。


 そう思っていると、天井からズルリと何かが垂れてきて僕の視界を覆った。目の前に爛々と輝く二つのまなこがあった。


「ばああああああああっ!」


「うひゃあ!!」


 驚きのあまり僕は情けない声を上げながら床に尻餅をついてしまった。


「佳雨音ぇ!」


 満を持して久しぶりの登場である。


 天井から降りてきた佳雨音は床にふわりと着地するとクスクスと可愛げのある笑みを溢した。


「ただいま、ビビリの大吉」


「お、おかえり。佳雨音」


 不意に佳雨音が振り返ってギョッとした。背後に人影を感じたからだろう。そのすぐ後ろにはマッサージチェアから降りたミルキーさんがでんと立ち尽くしていたのであった。


「うっわ! 怖い! まだいたの!」


 一ヶ月前と同じように佳雨音がミルキーさんにおののいてしまった。


「単刀直入に言おう!」


 ミルキーさんの人差し指が佳雨音に向けられた。


「君の正体は『魚』だな!」


 まさか、いやいやまさかこんな早く答え合わせをするとは思わなかった。あまりの展開の速さに僕はついていけず尻餅をついたまま床から立ち上がることを忘れていた。


 佳雨音の正体は魚。これが僕とミルキーさんが寛木町を回って手にした解なのである。この発言にどういった反応を見せるか気になってはいたのだが……。


 僕から見て佳雨音が後ろを向いていたので、床を這って回り込んでみると、彼女は驚きのあまり硬直したまま小魚のように目を丸くして口をぱくぱくさせていた。


「せーかいだよ。こっわー」


 ミルキーさんがしてやったりという顔でニヤリと笑みを浮かべた。


「正体が魚であることは判明したのだが……1つだけ解けない疑問点がある。なぜ君は満月の夜にしか現れないのだ」


 佳雨音が「しーっ」と口元に人差し指を当てた。


「お願い、先生にバラさないで! お姉ちゃんと妹達の命が危ないから!」


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