偽教授接球杯Story-2

 これは、我々一行のような、半吸血鬼だけを狙う罠に違いない。

 部屋の大半を占める室内プールを満たす大量の血液から立ち上る、理性を蝕む濃密な血液の匂いを耐えながら、わたしは直感的に理解した。


 もしただの人間であれば、すぐ隣のガラス張りの暖かなバス待合室で朝を待てば済む話で、真なる吸血鬼であれば、ただ偶然開いただけの扉から、招かれもせず建物の中に入ることはできない。

 さりとてこの建物から逃げ出す選択肢もまた、我々には残されていない。もはや夜明けは近く、折からの風雨で道路を覆う流水が行く手を遮るだろう。日の出の光は、雨雲越しでも吸血鬼を殺す。


 しかしなぜ半吸血鬼だけを狙う?


 そこがまるで解せなかった。狙われているというのが、自分の妄想であってほしいと祈りさえした。

 そもそも、この状況を狙って作り出したのだとすれば、外の嵐すら黒幕たる何者かの掌の上にあるということになる。

 それほどの力を持つ存在が、これほど回りくどい方法で、これほど手間をかけて、どうしてたかが半吸血鬼ごときを罠に嵌めなければならないのだろう。


 隊員たちも、同じようなことを考えているのだろう。

「ここ、ヤバいですよ隊長!!」

 年若い隊員の中には、血の匂いに当てられ正気を失い、血液のプールに飛び込もうとする者もいる。得体の知れない血液を口にさせるわけにもいかない。ベテランの隊員に命じて彼らを羽交い絞めさせ、プールから遠ざける。


 この建物を見つけたときは九死に一生を得た思いだったが、危機を脱することができたとは到底思えない状況だ。


 とはいえ退路の無い我々は、罠を承知で歩を進める他に生き残る術を持たない。

 さっきも言ったように、いつまでも今のこの一階部分に居続けるわけにはいかないのだ。

 塞ぐことができないほど、窓が多いからだ。ここで夜明かしをするなど、言うまでもなく自殺するのと同義だ。

 隊員の命を預かる立場として、迂闊な行動をとるわけにはいかないが、生き残るためには得体の知れない何かの待つ上階へ向かわねばならないことも明らかだ。


(しかし、これは一体なんの血液なのだ?)


 天井の穴から注ぐおびただしい量の血液が、何らかの生物の生き血であることは間違いない。でなければ、血液を目の前にした吸血鬼特有のこの感覚を、わたしが覚えるはずもない。

 だが、今まで目にしたことのある如何なる動物の血液とも、目の前の血液は異なっていた。


「どんな生物が、こんな奇妙な血液をしているというのだ……!!」

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