ララ・ファーンの魔法使い
KAE
第一章 星屑集め
第1話
ステラクレードの岬に、流星群が降りはじめた。
ぽつりぽつりと小さな星粒が南の空から落ちてくる。
それは次第に数を増し、ときおり、ぱっと弾けるように瞬いた。
夜空に光の雨が降り注ぐ。
それはとても静かで、寝入った小鳥たちを起こすことすらなく、星たちは夜空を通り抜けていく。
夢の中へ挨拶でもするように。
岬のふもとには数年前から廃墟になっている屋敷があった。
そのすっかり草木で覆われた裏庭の一角に、コデマリの白い花が季節はずれの雪のように咲いている。
その雪の花がふわりと揺れたかと思うと、その中から小さな影が這い出してきた。
栗色の髪には葉っぱや小枝が絡みつき、青色のマントは土で汚れている。その背中にはハリエニシダで作られた箒を背負っていた。
その身なりは魔法学校の魔女に違いない。
そして彼女は夜空を見上げるなり驚いて声を上げた。
「大変! 急がないと」
リシュカは慌てて立ち上がった。
彼女は鳥の巣のようになった髪を気にする様子もなく箒にまたがると、地面を強く蹴って空に舞い上がった。
「急いで」
箒に囁きかけると、柄がしなやかに曲がり勢いよく飛び出した。
夜風の間を縫うように鳥のように猛スピードで飛んでいく。
庭木をかき分け、錆びた鉄の門をあっという間にすり抜けると、箒は岬の先端まで一直線に進んでいった。
リシュカは落とされないように身を屈めてしっかりとしがみついていた。髪に絡みついた葉っぱや小枝は風にさらわれ、マントも飛ばされてしまいそうだった。
耳元で風が笑うようにうなり声をあげる。
晩春の夜風はまだ身を切るように冷たく、箒を握る手がかじかんでしまう。
――手袋をちゃんとはめてこればよかった。
そう後悔したとき、ふわりと体が浮いた。
箒が岬の先端に到着したようだ。
箒はぐるりと宙返りをして停止する。リシュカは慣れた様子でひらりと地面に飛び降りた。
そして、空を見上げる。
すでに星々はシャワーのように降り注いでいた。
白や黄色、時々、赤い光りが弧を描いて落ちてくる。
季節外れの流星群なのに、いつもよりも輝きが増しているように見えるのは気のせいだろうか?
まもなく夏が来ようというこの季節にこんなにも星のきらめきが明るいなんて珍しい。それに今夜は一段と流れ星の数も多いようだ。
しかし、その美しい光景に見とれている暇はなかった。
リシュカは箒を逆さまに持つと頭上高くにかかげた。そして、
「アステライット!」
と叫んで、夜空を箒で掃いたのだ。
流星群のきらめきはビックリしたように瞬いた。
そして、次の瞬間、ぱらぱらと地上に落ちてきた。まるで光り輝く雹のようだ。
リシュカは青色のマントの下から黒いコウモリ傘を取り出して、それを広げた。ところが、傘は逆さまになっている。しかし、気にすることもなくそのまま傘をさす。すると、逆さまになった傘のなかに星の光が次々と落ちてきた。それは、金や銀色に輝く岩塩のような星の欠片、星屑だった。
「今日の星屑は良い値で売れそう」
リシュカは星屑を腰に提げていた革袋の中に入れると、満足げに微笑んだ。
彼女が使ったのは、星屑集めの魔法だ。
祖母から教えてもらった魔法で、祖母はそれを「古くさい魔法」と呼んでいた。魔法学校でも教わらない秘密の魔法だ。彼女は星屑を集めるアルバイトをしているのだった。
「今日はもっと頑張らないと」
しかし、これだけではまだまだ足りない。
次の流星群はしばらく間が空くので、今日はできるだけ袋をいっぱいにして帰らなければならないのだ。
リシュカはふたたび箒をかかげて呪文を唱えようとした。
ところが、「あっ」と彼女は叫んだ。
リシュカは目を丸くする。
流星群の中に、紫色に輝く星を見つけたのだ。
しかもそれは、流れ星とは思えないようなゆっくりとした速度で夜空を流れていた。
尾ひれがあるかのように細い残光がゆらゆらと輝いている。
まるで天の川を泳ぐ魚のようだ。
リシュカはぽかんと口を開けたまま紫色の流れ星に見入っていた。
不思議で神秘的な輝きは美しくて、どこか悲しい感じがした。
紫の流れ星は迷子になった鳥のようにも見えた。どこか何かを探しているかのようにも見えるのは気のせいだろうか?
しかし、リシュカははっと我に返った。
「あの星屑は高く売れそう!」
見とれている場合ではない。彼女はそうつぶやくと、箒をめいっぱい高くかかげた。
「アステライット!」
一瞬、紫の流れ星が強く瞬いたような気がした。
光の雨がどっと降り注ぐ。
慌てて傘を差しだす。待つ時間がもどかしい。
ところが、待ちきれずに早めに中をのぞきこんだリシュカは眉をひそめた。
「あれ?」
入っていたのはいつもと同じ金や銀の星屑だけだった。かき混ぜてみるが、紫の星屑なんてどこにも見当たらない。あたりを見回してもそんなものは落ちていなかった。
リシュカは首をかしげる。
空を見上げると、すでに紫色の流れ星は消えていた。
――見間違い?
と考えてすぐに首を振った。
あんなにも不思議な動きをした紫色の流れ星を見間違えるはずがない。けれど、未練がましく何度も袋の中の星屑を確認してみたが、いくら探しても紫色の星屑なんて入っていなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます