第14話 彼女を守れる男になりたい~ノア視点~

海に着くと、僕を岩場に残し、1人海に潜ってしまったステファニー嬢。結構時間が経っているのに、まだ上がってこない。普通の人間なら、こんなにも長く潜っていられないはず。やっぱり彼女は人魚なんだ、そう確信した瞬間、ステファニー嬢が上がって来た。後ろには、昨日見たイルカの他に、クジラやタコなど、海の生き物が沢山いる。


どうやらステファニー嬢は、人魚ではなく人魚の末裔で、海の中で呼吸が出来たり海の生き物と話しが出来るらしい。なるほど、そういう事だったのか。でも、まさかエディソン伯爵家に人魚の血が混ざっていたなんて!


全てが理解できたところで、海の生き物を紹介してくれたステファニー嬢。本当に海の生き物たちと会話をしている様で、物凄い不思議な光景だ。そして親切なクジラが僕を背中に乗せてくれるとの事。早速クジラに乗って海の上から、海を観察する。


初めて見る海は、僕が思っていたよりも美しかった。そんな中ステファニー嬢が


「海の中は海面から見るよりも、ずっと奇麗なのですよ。殿下にも見せてあげたいくらい」


そうポツリと呟いた。すると次の瞬間、クジラが急に海の中へと潜ったのだ。海に突き落とされた記憶が蘇り、パニックになる。苦しい…息が出来ない…


どうする事も出来ず、海の底に沈んでいく。意識を飛ばす瞬間、美しい青色の髪をした人魚が、僕の方を泳いでくる姿が目に入った。あれは人魚ではなく、ステファニー嬢か…そう思った瞬間、唇に温かく柔らかい感触が。えっ…


なんと、ステファニー嬢が僕に口付けをしたのだ!初めての経験に完全にパニックになった僕は


「おい、君は何をしているんだ。このふしだら娘が!」


ついそう叫んでしまったのだ。まさかステファニー嬢から口付けをしてくれるなんて、もちろん嬉しいが、僕達はまだ付き合っていない。そもそも、ステファニー嬢にとって口付けは、誰にでも出来るものなのか?クソ、他の男にも口付けをしているのかもしれない!そう考えたら、言いようのない怒りが込み上げて来た。そんな僕に


「殿下、海の中でも話が出来るのですか?」


目を丸くしてそう言ったステファニー嬢。そう言えばここは、海の中だ。一体どういう事だ、それに海の生き物の言葉も分かるぞ!どうやら、人魚の末裔にあたるステファニー嬢に口付けをされたことで、僕にも時間制限付きではあるが、人魚の力が宿った様だ。


さらに、ステファニー嬢も今回が初めての口付けだったらしい。よかった、僕以外とまだしていなかったそうだ。そう思ったら、嬉しくてたまらない。


その後、クジラのリンリンに乗せてもらい、海の中を見て回る。海の中の世界はこんなにも美しいものなのか…自分がいかに小さな世界で生きて来たのか思い知らされるほど、海の中の世界は今まで僕が見て来た世界とは全く違った。


さらにリンリンとキキが難破船を見せてくれるとの事。なんだか面白そうだな、そう思ったのだが、そろそろ効果が切れる時間との事。海に上がろうとするステファニー嬢を捕まえ、そのまま唇を塞いだ。


本当は令嬢にこんな事をするのは良くない。そう思ったのだが、さっき僕もステファニー嬢に口付けをされたのだからおあいこだ。それに、ステファニー嬢に口付けをされた瞬間から、僕はもう彼女をお嫁さんにすると心に決めた。


幸い彼女は伯爵令嬢だ。さっさと廃嫡にしてもらい、海が近くにある領地を父上に貰って、そこで2人で暮らそう。きっとステファニー嬢は王妃になんて興味がないだろう。それなら、命の危険に晒されながら無理に国王になるより、家臣に降りて平和に暮らした方がいい。そう考えたのだ。


その為にはまず、ステファニー嬢にも僕の事を好きになってもらわないとね。きっと彼女の性格上、立場とかあまり気にせず嫌なものは嫌だとはっきり言いそうだ。よし、頑張らないと!


そんな僕の思いとは裏腹に、まだプリプリ怒っているステファニー嬢。でも、きっとそれだけ男性に対する免疫がないのだろう。そう考える事にした。


その後皆で難破船を見学した後、一旦屋敷に戻り食事を済ます。いつもの様に毒見をしてくれたステファニー嬢のフォークを拭かずにそのまま使う。不思議に思ったのかステファニー嬢が


「殿下、あれだけ入念にフォークを拭いていらしたのに、拭かなくてよろしいのですか?」


首をコテンと傾けて聞いて来たのだ。あぁ、この姿もたまらなく可愛いな。そうだ!周りから攻めていくのもいいな。そう思った僕は素直に


「ああ、君とは口付けをした仲だからね。そんな小さな事、もう気にならないよ」


と、答えておいた。案の定、ステファニー嬢のメイドが彼女に詰め寄っている。これで僕達が口付けをした仲だと、使用人にも伝わったかな。


その後も、毎日ステファニー嬢と一緒に海に出掛ける。そのたびに口付けをするのだ。そしてそのたびにオクトの様に顔を真っ赤にするステファニー嬢。そんなステファニー嬢が可愛くて、ついもっと、もっとと思ってしまい、時間が長くなってしまう。


ちなみにキキやリンリン、オクトは僕がステファニー嬢の事が好きという事も知っている。


“ノア、きっとステファニーもあなたの事を好きだと思うわ。でもあの子、ちょっと鈍いから…だから頑張ってね。全力で応援するわ”


そう言ってくれている。こんなにも心強い事はない。


もちろん海以外でも基本的にずっとステファニー嬢と一緒だ。ステファニー嬢は、僕と一緒に勉強も受けているのだ。彼女はああ見えてかなり頭が良く、僕なんかとは比べ物にならない程、物凄い勢いで吸収していく。


正直それが悔しくて、僕も負けじと必死に勉強をする。それでもうまく行かない時は、少しだけ抜け出し、いつも海を見に行くのだ。大っ嫌いだった場所が、いつの間にか大好きな場所になった。


そんなある日、今日も教育係に怒られ海に向かう。そうだ、今日は岩場まで行ってみよう。そう思い、いつも通り護衛騎士を待機させ岩場へと向かった。岩場に座り、海を見る。本当に穏やかな海だな。


しばらく海を見ていると、なんだか足やお尻のあたりが冷たい。よく見ると、海水が僕のいる所までやって来ていた。そして見る見るうちに海面が上がり、海に飲み込まれていく。


どうしよう…とにかく逃げないと。そう思ったが、怖くて足がすくむ。そう、実は泳げない。いつもはステファニー嬢の力で泳げていただけなのだ。


必死に岩にしがみつくが、波の流れは思ったよりも早く、飲み込まれるのも時間の問題だ。クソ、こんなところで死にたくない。もっとステファニー嬢と一緒に過ごしたい。そんな思いが溢れ出す。もう駄目だ…その時だった。


何とステファニー嬢が助けに来てくれたのだ。嬉しくてつい抱き着き、そのまま唇を塞ぐ。彼女の能力が欲しかったわけではない。彼女に触れたかった、ただそれだけの理由で唇を塞いだのだ。あぁ、柔らかくて温かい…


僕の手を握って必死に泳ぐ彼女を見ていたら、いつしか彼女は僕が守りたい。そんな思いが溢れ出す。そして岸に上がった時、無意識に彼女を抱きかかえていた。せめて陸では、僕が彼女を守りたい!そう思ったのだ。


初めて抱きかかえたステファニーは、思ったよりも小さく、そして柔らかくて温かかった。今まではずっと誰かに守ってもらって生きて来た。でもこれからは、彼女を守れる様な男になりたい。大切なステファニーに認めてもらえる様に…

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