第44話 妃たち

「妃が二人、王子が三人もいる上で、私が嫁ぐ意味があったのですか?」


そうまっすぐ陛下を見つめたまま問いかけるレミーア様の目は、

どこか怒りを含んでいるように見えた。


「…。」


「私は辺境近くの侯爵家の出です。王都には来たこともありませんでした。

 一度もお会いしたことも無い10も年上の陛下に嫁げと言われ、

 どうしていいのかわかりませんでした。

 私が王宮にいる意味が少しもわからなかったのです。

 寵妃でいる間は陛下は部屋に訪ねてきてくださいます。

 ですが、おそらく子を産んでしまえばそれきりです。

 現に正妃様やリンジェラ様はそれきりで放っておかれているではないですか。

 私はそんなふうに忘れられてしまうのが怖かった。

 一人きりで後宮に置いて行かれるのが嫌だったのです。

 子がいなければ、その間は陛下がそばにいてくださる。

 それだけが心の支えだったのです。

 避妊薬が危険なものだなんて知りませんでした…。」


避妊薬が危険なものだと知らなかった。

その言葉ですべてが分かった気がした。レミーア様は本当に知らなかったんだ。

だから私とのお茶会の時に避妊薬を処方できないかと尋ねられた。

避妊薬が、連玉草が危険なものだと知っていたなら、

あんな風に簡単に尋ねることはできないだろう。

思わずため息をつくとユキ様と目が合った。

きっとユキ様も同じ結論になったのだろう。


レミーア様が陛下の側妃にならなければ。

レミーア様が避妊薬を欲しがらなければ。

侯爵が避妊薬の危険性に気が付いていたならば。

そのどれか一つでも、

誰か気が付いて止めていたなら眠り病も魔獣も発生しなかった。


「…私にも原因の一端があるようだな…レミーア。

 すまなかった。

 私が色付きの夢を見なければ良かったんだ。

 愛されたいと、誰かに愛してほしいと願ってしまっていた。

 すまない、レミーア。」


「…私は陛下を愛しております。

 何度もそう申しましたが、聞き届けられたことはありませんでした…。」


「…あぁ、そうだったな。すまない…。」


正妃様と側妃様から産まれた三人の王子は金髪碧眼の魔力欠乏症だった。

愛されていないことを王子の色で突き付けられた陛下は、

もう言葉では信じられなくなっていたのだろう。

そう思うと陛下も可哀そうだし、

何度伝えても信じてもらえなかったレミーア様も可哀そうだった。


…処刑か幽閉か。

嫁いでいる以上は王族だし、おそらく連玉草のことは公表できない。

生涯幽閉の可能性が高かった。


「ルーラ、処罰について希望は無いか。

 王宮薬師としてではない、母親をレミーアのせいで亡くした者として。」


陛下のその言葉にレミーア様が顔をあげた。驚いた目でこちらを見ている。

そうか。母様のことを知らされていなかったんだ。

母様の仇…傷つけられたノエルさん、眠るように亡くなった街の人。

…以前の私なら処刑を願っていただろうな。


「お願いがあります。」


「聞けるかどうかは保証できないが、できるだけ意見は聞こう。」


「レミーア様ともう一度向き合ってもらえませんか?」



「は?」


「レミーア様と陛下は、お互いの理解が足りていなかったように思います。

 一度でも娶ったなら、きちんと向き合うことが大事だったのではないですか?

 それを怠って、次の妃を探していた陛下が悪いのです。

 今回のことはレミーア様のせいだけではありません。

 もちろん、連玉草の栽培や魔獣の飼育などはきちんと処罰するべきだと思います。

 ですが、レミーア様を幽閉するだけでは陛下の罰がありません。

 レミーア様を幽閉した上で、陛下だけはレミーア様を訪ねて話し合うべきです。」


誰が悪い、処罰すればいい、ではきっとまた同じようなことがおきる。

陛下がきちんと妃たちと向き合わない限り、魔女の呪いは続く。

呪いは運命の相手と巡り合えればいいというのではなく、

娶った妃を大事にしろとそう言っている気がする。


「それには私も賛成だな。」


「ユキ姉様…。」


「会ってすぐに国王であるお前自身を愛する者など、どこを探してもいないだろう。

 いたとすればお前の外見だけ気に入ってるという話だ。

 子をなすということはそれなりに長い間一緒に過ごすということだ。

 その間に理解しよう、わかりあおうとしないものを、

 どうやって好きになれというんだ。

 お前が大事にしなければ、妃からも大事にされん。

 …ルーラの言うとおりだ。

 処罰の前に、きちんとレミーアと向き合ってみろ。

 侯爵家のほうの処罰は騎士団に任せればいいだろう。」


「…わかりました。」



結果として、寵妃レミーア様は王城内の離宮に幽閉され、

陛下は毎週訪ねていくことになる。

侯爵領は隣の辺境伯領に組み込まれ、侯爵家の者は身分をはく奪された。

何も知らされていなかった侯爵家の養子だった嫡男は辺境伯の養子とされた。

跡取りがいなかった白の騎士の後継として育てられ、

辺境の森を含む領地を継いでいくことになる。


連玉草の群生地は辺境伯のもとで管理され、

魔獣の血で穢れぬように騎士が見張りにつくことになった。

全てを焼き払うには連玉草の効能が惜しかったからである。

もし別の原因で眠り病が発生することになれば役に立つことだろう。






「あれで良かったのか?」


「うん…怒りが無いわけじゃない。だけど、ハンスさんの時に思ったんだ。

 処刑されて終わりじゃ違う気がする。

 母様もそんな終わりは望んでいないと思うから…。」


「そうか…。」


寝台の上で髪をなでられながら、ノエルさんと話をする時間が好きだ。

後ろから抱きしめられているとほっとするし、

耳元で聞こえるノエルさんの声が低く響いて心地いい。


「ノエルさんを傷つけた原因でもあるのに、ごめんね。」


「いや、俺は別に側妃のことを恨んでいない。

 あれが無かったら、今こうしてルーラの隣にはいないだろうし。」


「そしたらノエルさんは公爵になっていたんだね。」


「そうだな。リリアンが16歳になる頃には結婚していただろう。

 そうならなくて良かったよ。

 …まぁ、魔獣から受けた傷はかなり痛かったし、

 その後もずっとつらかったからお礼を言う気にはならないけどな。」


「…それはそうだよ。」


あの傷がひどかったのも、ずっと痛がっていたのも知ってる。

今が幸せだからと言って許せというのは違う。


「ノエルさんは怒っていいんだよ?」


「ああ。そうだな。

 …ルーラは、悲しんで良いんだぞ?」


「え?」


「多分、気が付いていないだろうけど、

 辺境の森から帰ってきて、ずっと泣くのを我慢しているだろう。

 もう終わったんだ。好きなだけ泣いていいんだよ。

 こっち向いて、ルーラ。」


ころんと向きを変えられて、ノエルさんの腕の中に閉じ込められた。

暖かい腕の中で顔を隠されるように包みこまれて、

涙腺が緩んだと思ったら止まらなかった。

涙も嗚咽もすべて隠してくれるようなノエルさんの腕の中で、

いつまでも泣き続けた。

ノエルさんはそんな私に何も言わないで、ただずっと強く抱きしめてくれていた。





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