第26話 東屋にて

「大丈夫か?苦しそうな顔している。」


「なんだか、貴族の思いみたいなものにあてられた感じ?

 なんていうか…押しつぶされそうな?」


「ああ、わかる。どす黒いような重いようなやつな。

 俺もあれが嫌いなんだ。」


ノエルさんも同じ気持ちでいると知って、少し気が楽になった。

バルコニーにはあちこちに座る場所が用意されていて、

そこから中庭に出ると東屋がいくつか見えた。



「中庭に出て少し歩くか?広間に戻るのは嫌だろう?」


「うん。中庭に出ることなんて無いから歩いてみたい。

 東屋にも行ってみたい。」


「わかった。少し暗いから転ばないように腕にちゃんとしがみついてて。」


確かに少し暗いし、慣れない靴とドレスで歩きにくい。

ノエルさんの腕に両手を絡め、しっかりとしがみつくようにした。

少しだけノエルさんがビクッとした気がしてどうしたのかと思ったけど、

顔を見ても特に何も言われなかった。


そのまま二人とも黙って中庭の芝生の上を歩く。

まだ夜会は始まったばかりだから中庭に出ている人は無い。

誰もいない中、二人で歩くと別世界に来ているような気持ちになった。


「任命も終わったから、後はもういいんだよね?」


「ああ。俺たちの役目はここまで。後は好きにしていいそうだ。」


「良かった。緊張したから、終わってほっとする。

 このドレスも装飾品も綺麗だけど、汚さないか心配だし。

 ノエルさん、素敵な装飾品を貸してくれてありがとう。」


そういえばまだお礼言ってなかったと思ってノエルさんに伝える。

こんなに素敵なネックレスとイヤリング。

もう一生つけることはないだろうから、いい思い出になったな。

そう思ってお礼を言ったのに、ノエルさんが困った顔をしている。


「え?私、何か変なこと言った?」


「あー。とりあえず東屋に行って座ろうか?」


「うん?」


近くの東屋に入ると、ランプが灯してあり、

テーブルにはワインセットが籠に入れられて置いてあった。

ソファはゆったりと座れる大きなものが並べられている。

ドレスを広げ過ぎないように気を付けて座ると、すぐ隣にノエルさんが座った。

余裕をもって座れるはずなのに、ぴったりと座ってくるノエルさんに少し驚いた。

ノエルさんは私の首元に手を伸ばし、ネックレスの石を少し持ち上げた。


「なぁ、ルーラ。この石は気に入ったか?」


「うん。とっても綺麗。こんなに綺麗な石は初めて見た。」


「これはお前のために用意した。」


「え?」


「貸したんじゃない。ルーラへの贈り物なんだ。」


「ええ!?だって、これって高価なものなんじゃないの?」


「お金はそんなにかけてない。

 この石は剣技大会で優勝した時の褒賞でもらったものだ。

 誰にあげるでもなく持っていたんだが、

 この夜会のためにネックレスとイヤリングに加工してもらった。

 何度か剣技大会で優勝してるから、貴石はいくつか持ってるんだ。

 この石が一番お前に似合うと思ったんだけど、気に入らなかったか?」


「え?いや?気に入ってるよ!もちろん!

 だけど、こんな綺麗なのを私がもらっていいの?」


「お前のために用意したんだ。いらないなら捨てるぞ?」


「やだ!捨てちゃダメ!」


綺麗なだけじゃない、剣技大会の優勝した記念のものなのに捨てちゃうなんて!

そんなのはダメに決まってる!


「じゃあ、お前が持っててくれるな?」


「いいの?」


「俺がそう望んでるんだから良いに決まってるだろ。」


「わかった…大事にするね。ずっとずっと大事にする。

 ありがとう、ノエルさん。」


「ああ。喜んでくれて良かった。」


ほっとした顔になったノエルさんだけど、ネックレスを持つ手は放してくれなくて。

どうするのかと思ってたら、ネックレスの石にキスをした。


…え?石にキスした?

ノエルさんの顔が近くて、石にキスした時にちゅって音がして。

一瞬で顔が真っ赤になった私は、しばらく落ち着かなくて、

そのまま東屋で長い時間を過ごした。






初めての夜会で疲れていたのか、

いつものように腕の中に入るとすぐに寝息が聞こえてきた。

眠る前にネックレスとイヤリングを綺麗に磨いて、

木でできた宝石箱の中に嬉しそうにしまっていたのを見た。

宝石箱はミラさんたちが王宮薬師の任命祝いに贈ったようだ。

フォンディ伯爵家当主の指輪はつけていくのが難しかったので、

部屋に置いていくために宝石箱を必要としたらしい。



青のドレスだけでなく青貴石の装飾品にしたのは、

もちろん似合うと思ったからでもあるが、

一番は陛下を威嚇したかったからだ。

この前の魔剣騎士任命の時に何となく気が付いてしまった。

妃にしたくて担いでさらってきたのは魔力酔いだったかもしれないけど、

魔力酔いが治った今もまだその気持ちが残っているようだ。


ユキ様が王宮薬師の修業をさせたのは、

あふれてる魔力を消費させるためだったと言っていた。

王宮薬師になるのは無理だと思っていたと。


では、ミラさんたちを女官として付けた理由は?

妃の教育係のミラさんと近衛騎士と陛下付きの女官の娘をつける理由は?

ただの王宮薬師や王宮薬師見習いにつける女官じゃない。

あの時にはまだフォンディ家のものだとはわかっていなかったのだから。

そう思ったら、王宮の意向がわかってきた。


おそらくあの時のルーラは妃になることを拒否したけど、

落ち着いた後でもう一度妃になるように説得するつもりだったんだろう。

陛下が本当の意味での寵妃を探しているのは、王宮内部にいるものなら知ってる。

ルーラはその候補だったんだろう。

だけど、途中でフォンディ家のものだということがわかり、

妃の話はなくなったんだと思う。


他国の貴族が来た時だって、陛下の側妃にしておけば済む話だ。

俺と魔力の共生の儀式をさせたのは、陛下の妃にできない理由があるんだろう。

それが王宮薬師長の話につながってくるんだろうか。


今はもうルーラが側妃として召し上げられることは無いとわかってる。

だけど、陛下のあの目が気に入らない。

俺の自己満足でしかないけど、これでもかと青の騎士のものだと飾り付けた。

…ルーラは俺のものじゃないけど。

夜会の間、陛下や周りの貴族を牽制できればそれで良かった。


思った以上にルーラが綺麗で、抱き着いてくる胸の感触が気持ち良くて。

うれしそうにするルーラが可愛くて、一瞬やばかった。

思わず本気でくちづけしそうになって、ネックレスの貴石にくちづけた。

真っ赤になったルーラを見て失敗したと思ったけど、

俺まであわてたらこの気持ちが知られてしまう。

平気なふりをしてエスコートして塔に戻ったけど、全然平気じゃなかった。

戻ってきた時にミラさんにニヤニヤされたから、色々とバレてそうだな…。



でも、まぁ、寝る時にはルーラはいつも通りだったし、

この可愛い寝顔を見てたらもうどうでもいいかと思う。


だけど、王宮薬師長には何があるっていうんだろう。

その疑問だけは消えそうになかった。



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