3-5


「いえ、わたしこそ……」


 フェルリナはぽふぽふと自分で埃を払っている。

 気まずい空気が流れ、ヴァルトは話題を変えようと疑問を口にした。


「そもそも、私におくものを? ずっとおびえていただろう」


 人質だと告げたけっこんしきの時も、晩餐の時も、彼女はいつもヴァルトに怯えていた。

 だから、驚いたのだ。

 フェルリナがヴァルトのために手作りの贈り物を用意するなんて。

 必要経費以外は手つかずだった皇妃の予算が初めて使われたという報告を受けて警戒していたのに、こうにゅうひんが手芸の材料ばかりだと知ってひょうけしたものだ。


「それは……えっと、最初は、陛下とお話しするためのきっかけになればと思っていました。ぬいぐるみを作ったのは、その……陛下はいつも気を張っているように見えたので、少しでもそのお心が休まれば、と……」


 けっこん以来、フェルリナと言葉をわしたのは数度しかない。

 それも会話として成立していたかはあやしいものだった。

 だから、フェルリナがこんなに長く話すのを初めて聞いた。

 しかし、その内容だとまるで、フェルリナはヴァルトと仲良くなりたいと考えていたようではないか。



「ちょっと待て。君は、ひどいことを言った私へのこうのために、晩餐の時にわざと口をきかず、食事をとらなかったわけではないのか?」

「え? そんなことは一切ありません! ずかしながら、わたしはまだガルアド帝国のテーブルマナーに自信がなくて、緊張して何も食べられなかったのです。陛下の気分を害していたようで申し訳ありません……!」


「……私をじっと観察していたのは?」

「陛下とお話ししたいと思っていたのですが、なかなか話しかけることができませんでした」


「……」

「陛下の望むような人質としてがんりたいと思っていたのに、こんなことになって……ぬいぐるみだと何もできないし、陛下にごめいわくをおかけするばかりで、本当に、申し訳ありません」



 小さな声でフェルリナが謝った。

 ヴァルトが人質だと言ったことにいかりを覚えず、それどころか人質として頑張ろうとしていたなんて。

 そのけなさに、ヴァルトの胸がめつけられる。


「いや……君が気にすることではない」


 彼女がうそをついているようには思えなかった。

 刺客に襲われたのも、ぬいぐるみに魂が入ったのも、フェルリナが望んだことではないだろう。

 フェルリナはがいしゃなのに、自分のせいで迷惑をかけていると謝っている。


(……ルビクス王国の者はみな、こちらを見下していると思っていたが)


 フェルリナからはこうまんさなんて感じないし、けんきょとおしてえんりょしすぎている。

 何より、自分に冷たくしていた人間のことを思い、贈り物ができるような優しい心を持っているのだ。

 ヴァルトが考えていると、ぬいぐるみが大きな瞳で見つめてきて、とんでもないことを口にした。


「もしかして、わたしが気分を害するようなことばかりしていたから、陛下はしゅごうもんをされなかったのでしょうか?」

「ぶふぉっ……! 趣味の拷問!?」


 可愛らしいぬいぐるみとはえんのないぶっそうな単語が聞こえてきて、思わずヴァルトはした。


「陛下の趣味は拷問だと聞いていたのですが、ちがったのですか?」

「断じて違う! というか、もし趣味だったとして、君は拷問を受けるつもりだったのか?」

「はい」


 フェルリナは迷いなくうなずいた。

 一体誰がそんな事実無根のうわさを流したというのか。

 冷酷皇帝と恐れられていることは知っているものの、趣味が拷問だなんてちょうもいいところだ。

 頭が痛くなってきたヴァルトは、額にこぶしを当てる。


「……とにかく、拷問は趣味ではないし、君にもしない」

「わ、分かりました」


 フェルリナは拷問を受け入れようとしていたという。

 拷問さえ受け入れようとしていた素直さには、驚くとともに心配になる。


「……体を乾かすためにも、庭をまわるか?」

「いいのですか!?」


 気分てんかんしようと思ってそう問うと、フェルリナは瞳をキラキラさせて喜んだ。


(もしかしたら彼女は今までの女性と違うのかもしれない。それに、今はただ手のかかるぬいぐるみだしな)


 仕方がないから守ってやろう―― と、ヴァルトはフェルリナへの警戒心を少し緩める。

 そして、再びぬいぐるみを抱き上げる時は、淑女に対するように優しく触れた。


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