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「本日の朝食をお持ちしました」

 下がっていた侍女たちは、朝食をのせたカートを押して戻ってきた。


「え、わざわざ運んできてくださったのですか……!?」


 自国では食事は余りものをもらいに行くことが日課だったので、フェルリナはおどろく。

 しかも、スープからは湯気がただよっている。


 まさか出来立て……!?


 スープをぎょうしていると、侍女たちは朝食をのせたカートを残して出ていった。


(わたしが落ち着いて食べられるように一人にしてくれたのね)


 またしても、侍女たちの細かな気遣いにフェルリナは感謝する。

 実はフェルリナは、王女としての教養を身につけておらず、ガルアド帝国に嫁ぐことが決まった一年前、急ごしらえでれい作法を学んだのだ。

 間に合うようけんめいに勉強していたのだが、その中でも、最も出来が悪いのが食事だった。



 学んだ作法がきちんと身についているか、時折王族だけのばんさんかいに呼ばれることがあった。

 しかし、フェルリナのために用意される一品は、かたすぎる肉や大きく切られた食材、食材がひたるほどのソースがかけられたものなど、食べづらいものばかり。


「ガルアド帝国ではこういう食事が出ると聞いて再現させてみたの」


 どう食べればいいのかなやんでいるフェルリナに、王妃は目を細めて笑う。


「わざわざ向こうのばんな食事を用意するなんて、さすがお母様。気がきますわ」

「せっかく用意してもらったのに、まさか食べられないなんて言わないわよねぇ?」


 姉王女たちににらまれ、フェルリナはごくりと息をのんだ。

 なんとか食べ始めるも、王妃たちからの視線がさって味などしない。

 さらに少しでも音を立てればおおいやがられ、しゅくしてふるえるせいでドレスにソースが垂れてしまい、きたないとののしられる。

 国王はがっかりしたようにげんな表情で、目線すらこちらへ向けない。


 息の詰まる食事が終わると、別室で王妃からしつけとしてむちを受けるのが決まりであった。


「お前は本当にいやしい子ね」と―― 。


 自分が𠮟られるのは、きちんと食事ができないから。物覚えが悪いから。嫁ぎ先の料理への理解も足りないから。

 悪いのは自分だと、フェルリナは思い込んでいた。

 だから食事には一番自信のないフェルリナにとって、一人でゆっくり食べられることは何よりも安心する。



「おいしい……っ!」


 野菜のうまんだコンソメスープを一口飲めば、心まであたたかくなる。

 焼き立てのパンはふっくらとやわらかく、ほんのりと甘い。


「これは? ……っ!?」


 しんせんな野菜には少し酸味の利いたドレッシングがかけられていて、少し驚く。

 焼いたソーセージはジューシーで、ソーセージそのものにしっかりと味付けがされていた。

 ルビクス王国では食材そのものをかすため、そのまま食べるか、焼くだけ、むだけ、といった料理が多い。

 ソーセージのように肉をつぶして加工したものは、ガルアド帝国の食文化を学んだ時に本で読んではいたが、食べるのは初めてだ。

 食べ慣れない味ばかりだが、どれもとてもしい。

 練習で出されていた料理とは全く違い、食べづらいということもなかったのでほっとする。


「いろいろ食べてみたいのに、もうおなかいっぱいになってしまったわ……」


 テーブルには見た目がはなやかなデザートも用意されている。

 ガルアド帝国のデザートにも興味があるのに、フェルリナの小さなぶくろはこれ以上食べられないと白旗を上げていた。


(でも、このままじゃだめよね。せっかく週に一度、陛下とのお食事の機会をいただけたのだから、苦手なんて言っていないで作法を頑張らなきゃ……!)


 今日は大丈夫だっただけで、これから食べづらい料理が出るかもしれない。

 皇帝との食事で、ルビクス王国にいた時のような失敗をするわけにはいかないのだ。


「ごちそうさまです」


 あたたかい食事に感謝をささげながら、フェルリナはほどこしてもらった優しさにむくいるべく、前を向くのだった。




 そのまま数日が経過した。

 フェルリナは拷問されることも傷つけられることもなく過ごしている。

 侍女たちのおかげで、慣れないガルアド帝国での生活に不自由なんて一つもない。

 彼女たちは静かに控え、フェルリナがたずねたことにも簡潔に返事をしてくれるし、いつも一人にしてほしいタイミングで退室してくれる。

 毎日目覚めるたび、眠る度、これは夢ではないかと思う。


 人質なのに、こんなにあたたかい待遇を受けていて良いのだろうか?

 拷問の役目がないのならば、他に何をすれば……?


 皇妃としての仕事が回ってくることもなく、授業の予定も立てられていない。

 部屋に鍵はかけられていないが、外には見張りのためか騎士も控えているし、侍女たちも必要に応じてやってくる。

 外へ出るなと言われたわけではないが、人質である自分があまり勝手に出歩かない方がいいだろう。

 となると、部屋でできることを探すしかない。

 一体、自分には何ができるだろう―― とフェルリナは考え悩む。


(何か役に立つことをしたい。まずは侍女のみなさんにお礼をしたいわ。……そうだ!)


 フェルリナは、ルビクス王国から持参したさいほう道具一式を取り出した。

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