田舎娘は、魔王様とお茶をする

 お茶の準備を終えたメイドさんが退室してから、私たちは改めて向き直った。先ほどまでの勢いはなりを潜め、ここからどうしようかと悩んでしまう。

 そんな私の悩みごとなど知らないジャル様は、ほんの少しだけ困ったように微笑んだ。


「お茶の時間に突然お邪魔する形になってしまいすみません」

「いえ、気にしないでください。私も誰かと一緒にお茶を楽しめるのは嬉しいですから」


 その相手がジャル様というのはとても贅沢で緊張してしまうけど、これは本心だ。お茶の時間はいつも一人だったので、ちょっとばかし心細かった。

 私の答えにジャル様は安心したようにホッと息をつくと、湯気を立てるカップに手を伸ばした。


「そう言ってもらえてよかったです。それでは、まだ熱いうちにいただきましょう」

「そうですね。いただきます」


 私も熱々の液体が揺れるカップを手に取り、ふうふうと少しだけ冷まして早速口に含んだ。

 ほんの少しの酸味と苦みを感じさせる液体が喉を滑り落ちると、次に爽やかでありながらほのかな甘味も感じられる香りが鼻へ抜けていく。


「この味と香りは……ラモングレとカムエルをブレンドしたものみたいですね」

「おや、そこまで分かるのですか?」

「はい。村でもこの二つのハーブを使ったお茶はよく飲んでいたので」


 私が言い当てたこれらのハーブは森に自生しており、とても馴染み深いものだからすぐに分かった。だけどお城で飲むお茶の方が、村で淹れるものよりはるかに美味しい。たぶん、ハーブの育て方や加工技術が優れているところから仕入れているのだろう。あと、淹れ方も抜群に上手だ。

 夏はこれにミテアも加えてから冷やして飲みたい。もっと爽やかになって美味しいはずだ。


 ほう、と一息ついた私は、次にお菓子に視線を移す。今日はクッキーだ。このお城で出されるお菓子はなんでも美味しいからついつい食べ過ぎてしまう。だから、体重が増えていないか少し心配していた。

 しかし、出されたものは食べなければ失礼というもの。いつもならすぐにお菓子にも手を付けるのだけど、今日はジャル様がいる。魔王様よりも先に食べるのはさすがに気が引けた。


 そんな私の気持ちに気が付いたのだろう。ジャル様はふふ、と小さく笑うと、お菓子の載ったお皿を私の方へと差し出した。


「これはアイラさんのために用意されたものです。どうぞ、召し上がってください」


 ジャル様からのお墨付きをいただいたので、それでは遠慮なく、と私はクッキーに手を伸ばした。


 一つ摘まんでクッキーを口に運ぶ。サク、という食感と共に、バターの香りとほど良い甘みが口の中に広がった。うーん、バターもそうだけど、エルブ粉もとても良いものが使われていることが一口食べれば分かる。

 こんなに良い食材で料理ができればさぞ楽しいだろう。うん、つまり、私もジャル様の専属シェフになれば、この上等な食材を使い放題できるようになるのだ。


 あ、そうだった。ジャル様に私の気持ちを伝えなきゃ。


 クッキーを飲み込みハーブティーで喉を潤してから、私は居住まいを正す。一度深呼吸して顔を上げると、私の正面に座るジャル様はなぜか嬉しそうに微笑んでいた。ううん、やっぱりジャル様、サディさんとはタイプが違うけど顔がいい。


 なんとも言えない恥ずかしさを感じたけれど、すぐに気を取り直して私は口を開いた。


「ジャル様。私、ジャル様の専属シェフになりたいと思います」


 私の言葉を聞いたジャル様は一瞬ぽかんとなるものの、すぐに満面の笑みを浮かべた。


「アイラさん、それは本当ですか!」


 ジャル様のその表情と声色から、本当に心底嬉しいって気持ちが全身から滲み出ている。ここまで喜んでもらえると私も嬉しくなるし、なんならもっと早く専属シェフになるって返事をすれば良かったとさえ思う。


「ふふ、嬉しいなぁ。アイラさんが、私の……専属シェフに、ようやく」


 喜色満面とはまさにこのことを言うのだろう。ジャル様の両目はとろりと垂れ下がり、口の端はゆるゆると上がっていた。


「マロンちゃん、やりましたよ! アイラさんが私の専属シェフになってくれました!」


 ジャル様は嬉しさのあまりか、足下でおやつを食べていたマロンにまで話し掛けている。マロンはなんだなんだと顔を上げると、にゃあお、と一声鳴いた。まるで「よかったな」とでも言っているかのような声色だった。




「こほん……少々みっともないところを見せてしまいましたね」


 ジャル様の上がったテンションが落ち着くのを少し待ってから、私たちは今後の話し合いを始めた。というのも、そもそもジャル様がこの部屋を訪れた理由が理由だったからだ。

 その理由というのが、神王様が魔王国へ来訪する日時が決定したというものだった。


 神王様はマロンにオルカリムが授けられているという話を聞いて、それはそれは頭を抱えていたらしい。そうして急ぎ都合を付けた結果、明日の昼には魔王国に来られるようになったということだ。


「マロンちゃんの検査がある程度終わるまで、神王もこの国に留まることになっています。そういうわけですので、アイラさんとも顔を合わせる機会があるでしょう」


 ジャル様の言葉に、私は眩暈を覚えた。だって、いくらジャル様の専属シェフになることを決めたとはいえ、私は苗字もない一般平民なのである。そんな私が、どうしてお隣の国の王様と顔を合わせる機会を得てしまったのだろう。ああ、先々代の神王様のせいか。

 うっかり頭を抱えそうになった私を許して欲しい。


「うう……今から緊張で胃が痛くなってきました」


 さすさすと痛みを訴え始めたお腹を撫でていると、ジャル様が眉尻を下げて苦笑した。


「そんなに緊張する必要はありませんよ……と言っても、アイラさんには難しいのでしょうね」

「はい……」

「まあ、少しずつ慣れていくしかないですね。私の専属シェフになったのですから、客人にも料理を振る舞う機会があるでしょうから」

「えっ」


 ジャル様、今なんかとんでもないことを口走らなかった?


 私がはくはくと口を開閉させていることに気付いているのかいないのか、ジャル様はそうそう、と話題を神王様へと戻した。


「神王……私はリオンと呼んでいるのですが、彼とは仲良くしているんです。先代神王の頃から親交がありましたから」


 なんでも、神王様……リオン様は、神王国の制度改革や魔王国との技術協定で、よくこちらに来ていたらしい。だけど最近は『クラーガ・ゲーム』の撤去・封印作業に忙しく、ジャル様とは通信魔道具や手紙でのやり取りしかしていなかったのだそうだ。


「リオンも久し振りにこちらに来ることを喜んでいました。それで……早速なのですが、私の専属シェフになってくれたアイラさんにお願いがあります」


 ジャル様はにこりと微笑むと、私の胃にトドメを刺すような『お願い』を口にした。


「昼は厨房の者に任せますが、夜はぜひアイラさんに作ってもらいたいのです。私と、リオンの分を」


 魔王様の専属シェフとしての初仕事が、まさか神王様へのおもてなし料理になるとは。


 そんなこと普通は想像すらできませんよ、ジャル様!

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