デイリーボーナス報酬でサクサクレベルアップする冒険譚

なすび

ダンジョンの管理者

第1話 ロリエルフとの邂逅

「おい、早くしろよ」


 パーティメンバーのハッチが、急かすように俺の背中を爪先で小突く。

 その衝撃で手元が狂いかけ、思わず息を飲んだ。


「ちょっと、それやめてくださいよ……」


「うるせーな。お前が遅いから悪いんだろうが」


 ダンジョン20層。

 突き当りとなっている広い玄室の最奥に設置されている宝箱の錠穴に、俺は針金を差しこんで開錠を試みていた。

 俺はこのパーティで盗賊の役割についている……と言えば聞こえはいいが、実際は戦闘には参加しておらず、荷物持ち兼宝箱の罠外し係である。


「まだかかんのかよ? こんなに時間かかってたら日が暮れちまうぜ」


「ハッチ、あんま苛めんのやめてやれよ。エドワードの手震えてるじゃねーか」


「そうだよ。泣きそうじゃん」


 リーダーのハッチの後ろにいる二人の冒険者、ジルとアリエルの二人がハッチを咎めるが、その声は俺を嘲笑するようなニュアンスが含まれている。

 それがまた惨めで、本当に泣きそうだった。


「おら、とっととしろ!」


 俺は最底辺冒険者。

 盗賊として宝箱の罠外しと開錠スキルを持っているが、戦闘能力は殆どない。

 なので唯一ある盗賊スキルを用いて、荷物持ちと罠外し要因として働いている。


 俺一人で生活するだけなら、俺のステータスでも戦えるダンジョン一層の魔物を倒してその魔石を売ることで生計を立てることも出来る。

 でも両親が他界し病気の妹の薬代を稼がなければならない俺は、こうして命の危険は少ないけれども、パーティ内での地位がはるかに低い荷物持ちとして他のパーティに雇って貰ってでも、沢山のお金を稼ぐ必要があった。


 俺は戦闘では貢献出来ず、代わりなどいくらでもいる雑魚盗賊なので、ダンジョン内での戦利品の山分けはない。

 最初に取り決めた定額の報酬が払われるだけだ。それでも俺が一人で魔物を倒すより高額なのだが……。


「くっそぉ……どうして山分けされない宝箱の罠を俺が外さないといけないんだ……」


「あ? なんか言ったか?」


「あ、いえ……なんでもないです……」


 錠穴の中にはピンと張った糸が伸びており、それに触れると罠が作動する仕掛けになっている。

 糸に触れないように針金でそっと開錠作業を続けると、ガチャリという音が鳴る。


「よし」


 無事罠を作動させずに開錠出来たことに安堵し、宝箱の蓋を開ける……と。


 ――プツン。


 嫌な音がした。


「まずっ!?」


 二重トラップだ!

 鍵穴のみではなく、宝箱の縁の部分にも蓋と箱を繋ぐように糸が張っており、それを外さずに蓋を開けてしまうと、糸が切れて罠が発動してしまう仕組みになっている。

 ハッチに背中を小突かれ急いでいた俺は、二重トラップの確認を怠ってしまっていた。


「うおっ!?」


 俺の足元に魔法陣が広がる。

 ハッチは罠に巻き込まれないよう、慌てて魔法陣から飛び退いた。


「これは転移トラップ!?」


 ダンジョン内のランダムな場所に飛ばされる罠。

 別の階層に飛ばされる可能性もあるし、何より壁の中に転移させられそのまま窒息して死亡する危険もある非常に恐ろしい罠だ。


「なんだ、転移トラップか。これならお前が転移しても宝箱は残るから安心だ。お前に払う報酬も浮いてラッキーだぜ」


「なっ!? なんだよそれ!? 助け――」


 ハッチは最後、厭らし笑みを浮かべ「精々壁の中に転移しないことを祈るんだな」と言葉を残し、俺は魔法陣によって強制転移させられたのだった。



■■■



「うう……生きてる……?」


 目が覚めると見知らぬ空間にいた。

 さっきまでいた20層よりもはるかに薄暗く、壁や床に貼りついている苔のようなものが淡い赤色に光っており、それが唯一の光源になっていた。

 更に床は湿っており、赤色の光源に照らされテラテラと光っている様はまるで血だまりを連想させた。


 20層は天井に等間隔に魔力光が灯っていて非常に明るかったので、それと比べれば非常に薄気味悪い空間だった。


「ここは何層だろう……?」


 座標把握魔法があれば分かるのだが、生憎そんな便利なものは持っていない。

 だが確実に20層より下層。つまり俺一人ではここの魔物に敵わないということだけは理解出来た。


「くそっ! なんとかダンジョン攻略中のパーティに保護して貰わないと、魔物とエンカウントした瞬間死ぬ!」


『ヴォォ!」


「うおっっ!?」


 背後から魔物の鳴き声が聞こえ、俺は慌てて振り返る。


「ミ、ミノタウロスか……?」


 そこにいたのは二足歩行の牛型の魔物だった。

 実物を見るのは初めてだが、魔物図鑑によればレベル50の高レベルモンスターである。

 ちなみに俺のレベルは6。到底敵う相手ではない。

 しかも図鑑では2メートル程とのことだが、今目の前にいるコイツはどう見ても5メートルを超している。


「に、逃げなきゃ……!」


 立ち上がって逃げ出そうとするも、何故か足が動かない。

 よく見れば、足首から下が地面に埋まっていた。

 強制転移の際に片足と地面が重なるように転移してしまったのだろう。

 足を切り落とさないと! いや! 切り落としても片足ではどうせ逃げられないし、自分で自分の四肢を切断している間にミノタウロスに殺されてしまう!


『ヴォォ!』


 ミノタウロスはムキムキの腕を持ち上げると、握った斧を俺目掛けて振り下ろす。


「うおおおおおおおっ!?」


 ――ドゴオオオン!!


 地面に叩きつけられた斧の衝撃波で床が爆ぜ、俺も吹き飛ばされる。


「さっきの勢いで足が自由になった! これで逃げれ――いづっ!?」


 立ち上がろうとするもバランスを崩して倒れてしまう。

 そして左足に強烈な痛みが走る。


「俺の足が……!?」


 大地が抉れて自由になったと勘違いしていたが、どうやらミノタウロスの斧は俺の足を切断していたらしい。

 大声で叫びたい程の痛みに襲われ、流れる血が床に薄く張られた水溜りに溶けていく様が、赤い光源に照らされながら視界に広がる。


 ――俺はここで死ぬのか?


 両親が死んで妹と二人で王都へ来て冒険者になったはいいが、やることと言えば荷物持ち。

 最後はパーティメンバーに嘲笑われながら強制転移トラップで下層に飛ばされ、格上のモンスターに殺される……。

 俺が死んだら病気の妹も死んでしまう……!


「くそ! くそ! こんなのってアリかよ……!」


 片足を失い這うように逃げるも、ミノタウロスとの距離は縮まっていく一方。


 ズシン、ズシン。

 魔物の足音がどんどん大きくなり、凶悪な二本角のシルエットが床に落ちる。


「……珍しい。こんな所に冒険者がおるとはの」


「……?」


 頭上から少女の声が響く。

 顔をあげる。

 そこには齢二桁に届くかどうか、といった年頃の幼女が、俺の顔を覗きこんでいた。

 ダンジョンに似つかわしくない、可憐な少女だ。

 金色の長い髪に、黄金い瞳。そして白い肌。その耳はピンと尖っており、エルフだと思われる。


「ここはランダムジャンプでも到達出来ない結界内の空間のはずなのだが……また間違えて上位のランダムジャンプトラップを設置してしまったかの……ワシも流石にボケてきたか……」


 幼女が何か言っているが、背後に迫るミノタウロスの脅威にさらされ全く耳に入ってこない。

 一つ分かることは、幼女もまた俺と同じようい強制転移でここに飛ばされてしまったのだろうということ。


「危ない!!」


 ミノタウロスの斧が振りかざされる。

 俺は幼女を庇うように、火事場のクソ力でもって片足で起き上がると、幼女を抱きかかえて飛んだ。

 ミノタウロスの斧が床を叩き、衝撃波が俺を吹き飛ばす。

 ゴロゴロと湿った床を転がる。


「だ、大丈夫か……? 早く、逃げろ……」


「お主……もしやワシを庇ったのかえ?」


 腕の中にいる幼女は驚いたように俺の顔を見る。

 至近距離で見るエルフ幼女の顔は、美形揃いのエルフの例に漏れずとても綺麗だった。


「そうだよ……早く……逃げ……」


「お主、レベルたったの6か!? ランダムジャンプで無理やり下層に飛ばされ、片足を失った状態で見ず知らずのワシを助けるとは……今時おらんぞそんなお人よし!!」


「いや、そう言うの良いから……早く……」


 血を失い過ぎて意識が朦朧としてきた。

 丁度いい。

 このまま気を失ってしまえば、痛みを感じずに死ねるかもしれない……。


「面白い少年じゃ。気に入った。ここで会ったのも何かの縁じゃ。丁度助手が欲しかった所だし、どれ、助けてやろう。ミノタウロス・ウル、消えろ」


 朦朧とする意識の中、ミノタウロスの攻撃を待つ。

 けれど、待てどもミノタウロスの斧は落ちてこないし、どういう訳か足の痛みもなくなり、意識もはっきりとしてくる。


「……あれ? もしかして既に死んでる?」


「たわけ。生きとるわい。脚の損傷も治しておいた。一人で立てるはずじゃからそろそろといてくれ」


 本当だ。

 幼女の言う通り足が治っている。

 更にミノタウロスなど最初からいなかったかのように、綺麗さっぱりその姿を消している。

 取りあえず危機は去ったということは辛うじて理解できた。


「どういうことだ?」


「なに、お主が気に入ってのう。ワシの管理者権限の一部を譲渡してやろう」


 幼女もまた立ち上がると、黄金の瞳が俺の目を射抜く。

 そして、目に流れ込んでくる何かの波動!


 なんだこれ!?

 目が変だ……!?

 幼女の目から俺の目に何かが入ってくる感覚!?


「うっ……何だ……これ……!?」


「鑑定眼をくれてやった。これを使って強くなれ。暫くしたら連絡をよこすゆえ、それまでその眼を使いこなせるようになっておけ、少年」


「どういうことだ……!? 状況が、理解出来ないんだが!?」


「いずれ分かる」


 幼女は手をかざすと俺の足元に魔法陣を展開させた。


「地上まで送ってやる。じゃあの」


 俺は再び転移魔法の光に包まれ、そして気付くと、ダンジョンの外にいた。


「はっ!? なにがどうなって!?」


 辺りを見渡す。

 いつもと同じ王都の街並み。


「夢でも見ていたのか?」


 そう信じたかったが、目の奥はまだチリチリとした痛みが残っていたし何より、ズボンの左裾が千切れており、そこから先の左足は素足の状態で地面を踏んでいた。


 ミノタウロスに切り落とされ、そして再生した足。

 それが夢ではないと雄弁に語っていた。

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