偽教授接球杯Story-4

 扉を開け閉めする度に、新しいご馳走メニューが長テーブルに並ぶ。それは一度たりと同じ国の料理だったことは無かった。


 EU諸国、アジア、ロシア、中東、アフリカ、オセアニア、北南米。

 世界中のありとあらゆる地域の美食が食卓を賑わせた。

 それを、片っ端から賞味し、堪能し、夢中で貪る。それでも満腹はやってこない。

 生理現象だけが、自分を正気付かせてくれる。


 この建物は一体何なのか?

 次々と沸いてくるご馳走は、食べても良い物だったのか?

 嵐はいつ止むのか?

 自分はいつまで食べ続ければ良いのか?


 手洗いに立っている間は、まともに思考する事が出来るのに。

 洗面台で鏡をみると、そこには疲れた表情の自分が映っていた。



 一週間が過ぎた。


 嵐はとうに過ぎ去っているはずなのに。


 窓はあるのに外の景色は解らない。ただぼんやりと明るければ昼、暗ければ夜。

 それを七回繰り返した。


 それでも、一向にこの屋敷から出て行こうとする気分にはならなかった。


 初めのうちは、少し楽しかったのは事実だ。

 なんと言ってもご馳走は美味で、扉を使えば新しい料理が現れる。種類は豊富で飽きが来ることも無かった。


 日がな一日、食堂とおぼしきご馳走の部屋で飯を食っては、生理現象を催した。


 不思議なことに、ご馳走を食べ続けているというのに、腹周りが出てきたと言うこともない。


 美味に満たされている間は、確かに生きている実感が湧いているのに、席を立つ度に疲労が増して行く。


 日に何度か手洗いに立つと、夜になる。終いに睡魔が瞼に眠りの砂を振り掛けて、立っていることもままならなくなる。


 仕方なく、屋敷の中に数え切れぬほどある部屋の扉を開けて、ベッドを見つけては眠った。


 この建物がどこにあるのか、今は何日目なのか。考えることが億劫になって、食堂の壁に傷を付け始める。

 この部屋と手洗い以外は、扉を開閉する度に内装も家具も何もかもが違う様式に変わってしまうからだ。


 寝乱れたベッドは、扉を閉めれば完璧に整えられた状態になっている。毎晩清潔なベッドで眠れる。


 ただひとつ問題があるとすれば、扉を閉めるとその部屋に置いてあった物の全てが変わってしまうと言うことだ。


 一度うっかり、時計と上着を部屋に置いたまま扉を閉めた。

 慌てて部屋にもどったが、すでに腕時計は懐中時計に変わり、上着はタキシードに変わっていた。



 一度眠る度に付けた壁の傷は、三十を超えた。


 その間、誰にも出会わなかった。


 食事を用意している存在も、部屋を整えている存在も、この屋敷の本来の住人たちも。

 ただの一人も気配すら感じない。


 次第に、そんな些細なことは気にならなくなって来る。

 窓が明るくなれば目覚め、食堂でご馳走を食らい、催しては出し、また眠る。


 繰り返し、繰り返し。今日も食堂で、満たされることを知らず食を詰め込む。


 この頃は、ご馳走と言う概念のネタがマニアックになってきた。

 眼に鮮やかで凝った料理ばかりでなく、手のひらほどもある巨大な芋虫の丸焼きや、なんの肉だか解らないがただ美味い肉、怪魚、おかしな形の果物などがそのまま長テーブルに上り始めた。


 虫などは流石に食べ始めるまで抵抗があった。それでも食べずには居られない。何より最近は、ご馳走を食べれば食べるほど腹が減るのだ。


 食う、出す、寝る。

 それだけが一日の全て。


 もしかしたら、自分はもう発狂しているのかも知れない。

 手洗いに立つ数分だけ、正気に返る。

 その時に、玄関を出て行こうと試みはするのだが、足は自然と食堂に向かってしまう。


 いつからか。鏡を正視できない。

 そこに映っている自分が、まともな状態である自信がない。



 そんな日々が、数え切れぬほど経った。

 食堂の壁は、何度目の朝を迎えたかを示す傷でいっぱいになった。


 食堂は、世界中のご馳走を網羅してしまったのだろうか。とうとう、ご馳走の質が根本的に変わってきた。


 近頃、食堂に並ぶのは、キラキラと輝く鉱石だったり、地球上の生き物とは思えない奇妙な形の動物だったり、ガス状の何か、金属のネジ、燃え盛る溶岩、捻くれた鳥らしきもの、名状しがたい魚介かも知れないもの、彗星のかけら、空飛ぶスパゲティ、腐葉土としか言えない塊、魂の天ぷら、尻子玉……

 どう食して良いものか、食べても良いものかと首を傾げるものやら。


 きっとどれもが、誰かのご馳走なのであろう。だが、それが何者なのかは理解しがたかった。


 つづく

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