第17話 定まる照準



翌日。


「あ、勇二さん!こんちわっす!昨日はありがとうございました!」


今まで潔は早い時間帯にジムで練習していた。だから、勇二とも顔を合わすとしても入れ違いだった。


けれど、あの日以来、潔は勇二の居る時間帯に合わせるかのようにジムに練習に来ていた。


「潔、ちょっとマスでもやるか?」


「お願いします!」


藤木会長も嬉しそうに勇二たちを見ていた。


「いいか潔、お前の今度の相手は叩き上げのファイターや。俺もファイターだから、やられて嫌なことがよくわかる。ファイターは相手の懐に入ろうと多少の被弾も覚悟で距離を詰めてくる。縦や横のパンチ。つまりストレートやフック系のパンチはウィービングしながら距離を詰められる得意パンチなんや。でも、アッパーは打たれると中に入れなくなるんや。だから時折、アッパーを入れる。そうするとファイタータイプのボクサーの距離感を殺すことができる。あ、俺にはきかんからな。」


笑いながら潔に釘を刺した。潔も笑っていた。







「勇二!対戦相手が決まったぞ!」


その日の晩、山本会長からの電話。


相手は桑田剛22歳。戦績6勝(6KO)1敗。昨年の東日本新人王。全日本新人王決勝戦で破れての再起戦。


奇しくもかつての勇二と同じ境遇。そして勇二が引退したのも22歳。


何の因果かな・・・


勇二は桑田に奇妙なシンパシーを感じていた。


今までしてきた試合と同じように、これから2ヶ月の間、この男の事だけを考えることになる。


別に相手が憎いわけではないけれど、ゆっくりと殺意を熟成させていく。


たかがボクシングの試合と普通の人は思うかもしれない。しかし、それくらいの気持ちでないとプロのリングには上がれない。


と、勇二は毎試合思っていた。


会長から桑田の試合映像のデータをもらい見ていた。


我慢比べの勝負になるな・・・


映像の中の桑田は勇二に似て好戦的なスタイル。手数もあり、相打ち覚悟のインファイトで相手を倒していた。


首も太く相当打たれ強かった。唯一の敗北も引き分けでもおかしくない僅差の判定負け。


かつての勇二のようだった。


今回の勇二との再起戦は並々ならぬ決意で臨んでくるだろう。かつての自分のように・・・


これ以上ない相手。


桑田となら俺の7年前の落とし前がつけられる。


戦争もない平和な日本で、何の因果か命を懸けて拳を交える。殺意と同時に、相手をリスペクトする相反する感情を桑田に抱いた。


これで照準は定まった。


これから2ヶ月の間、桑田の事だけを考えて過ごすことになる。それはゆっくりと相手への殺意を熟成させる期間でありながら、“死”への覚悟を決める時間でもあった。


それは死へのあこがれともいうべき感情・・・・



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