静電気




(まあ、こうなるよなあ)


 合格する為に後をつけて、試験科目の一つである姿消しの術の成果を試していた。

 梨響が神路に、半分嘘で半分真の言い訳を伝えてから数日経って。

 神路が壮史とジイを家に連れて来たその夜。

 離れの一階にて。

 あとは寝るだけというところで、神路が梨響の部屋を訪れて来て、短く告げたのだ。


 修行を手伝ってやる。と。


 梨響の返事も待たずに用は済んだと、さっさと襖を閉めて警護対象者である壮史の元へと向かう神路に声をかけることなく、梨響は深くぶ厚い溜息だけ吐き出した。


 のらりくらりと。

 醜態を晒したくないが為に、仕事の手伝いを断ってきたが。

 年貢の納め時、というやつだろう。

 もう断れない、が。


(緊張して、無様な姿を見せるだけならいい。警護対象者にもしなにかあったら)


「ああああぁ。俺一人だけでありますようにぃ」


 半分本音、半分偽音。

 好いたやつと一緒の仕事をできるなんて、ご褒美もいいところだろうに。


(緊張さえしなければああああぁ)






 翌朝。

 朝食を終えたあとに仕事内容を伝えると神路に言われた、どきどきわくわくげっそりの梨響を玄関で待ち迎えていたのは、凛香と壮史、ジイだった。


「壮史さまが凛香さまのお仕事の見学をしたいと申し出たところ、神路さまが梨響さまを警護に就けると仰いまして。どうぞよろしくお願いします」

「ああ、任せろ」


 安堵と口惜しさと。

 ない交ぜになった感情を隠して悠々と答えたら凛香に名を呼ばれて、壮史とジイを玄関に残して外へと連れ出された。

 カシャンと。

 控えめに引き戸を閉めて庭を通り抜け、道まで出たところで、凛香は梨響へ振り返った。


「どうした?」

「梨響は警護ができるのか?」

「ああ、大丈夫だ。多分」

「多分か」

「ああ」


 頼りない返答に眉根を僅かに寄せた凛香はけれど、多分より大丈夫の言葉を、そして、梨響を選んだ神路を信じることにして、よしと大きく頷いた。


「じゃあ、まずは師匠のところに行くぞ」

「凛香」


 玄関まで戻ろうとした凛香を呼び止めた梨響。

 第六感というやつだろう。

 どうしてか、言わずにはいられなかった。


「もしも何かあったら逃げろよ。一人で」


 常と変わらずやる気のない態度の、その奥に隠れた緊張を微弱な静電気と共に感じ取った凛香は目を丸くして、次いで、歯を見せて笑った。


「ああ。助けを呼びに行くから、踏ん張れよ」

「………おうよ」


 反応が遅れたのは、その屈託のない笑顔に目を奪われたからだと。

 素直に思った梨響であった。












(2022.1.25)


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